第10話 粛清
もうあの頃からだいぶ年を重ねたお父様は柔和な顔つきで僕の手を握る。
僕は男だから男から嬲られてもたいして屈辱は感じない。
僕の身体は女体だが僕としては同じ性の者に弄ばれても何の悲しみもない。
無言を貫こうと僕は席を立とうとしたが、お父様は手を強く握ったままボソボソと話す。
「小夜子はまだ真一君がいるんだね」
僕はたちまち悪寒が走ったような気がした。
毒もない、しいて言えば、娘を愛人にした、それくらいのありきたりな男が、この僕まで消し去ろうと企んでいたことに拒絶以上の汚らわしさを感じたからだ。
僕はごくりとツバをのむ。
この男も小夜子の主治医も、とにかく小夜子に群がる男どもをただちに粛清しなければいけない。
それが僕と小夜子を守るための唯一の打開策だ。
主治医とはあれから何度かあった。
なるべく主治医といる前は小夜子を起こし、僕は前面には出さないように心がけている。
あのやぶ医者は事あるごとにSSTやら薬の調節やら話すのだが、これも僕を永遠に封印するためだとはわかった。
僕は自分の存在が徐々にではあるが、意識が遠のいていくのがしっかりと感じる。
あのやぶ医者は僕を葬ろうと薬でコントロールし、鏡の表面に現れ出ないよう努めている。
僕も慎重にあの医者の前では小夜子を演じつつ、すぐ後ろで小夜子を監視している。
ナイフは小夜子のハンドバックの中に常に隠しているのだが、やぶ医者は注意深いのか、僕がコソコソと中身を探っていると強く睨んでいる。
常に僕との面談では男性看護師がいたし、時にはバックを預かれ、と促されたときもある。
僕はまだこの医者の前で、ナイフで威嚇したことはないのだが、精神科医の勘だろう、僕を見ているときの眼光は鋭い。
僕がちょっとの間だけ隠れて小夜子がこの身体をコントロールしているときは途端に優しくなる。
そこでおぞましい言葉を吐くのだ。
それをこの医者は僕が表面にはいないものだ、と安心しきってあれこれと言うのだが、僕はちゃんと聞いているのだから、包み隠さず。
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