第4話 鏡の結界、パッション


 君は僕に抱きしめられながらそこが熟しているのを感じている。


 女の本能的な反応。


 男を受け入れるために女のそこは熟れた果実のような液体に包まれる。


 それが女の業と性。


 不可思議な、自然の摂理と逃れられぬような運命。


 ほら、君は僕を求め、反応した。僕が好きでしょうがないから、身体が正直に反応するんだね。


 まだ君は僕以外の人間では男を知らないのに。


 


 いや、それはうわごとか。


 あの男との情事は僕が受け入れたのに。


 でも、君は本物の記憶では僕以外の男を知らない。


 他者を拒絶し、僕だけを必要としている。


 手で交差しながら、君の白い肌を撫でまわす。


 君の身体は赤くなり、血管が破裂するかのように逆流する。


 そこまでの強い力が君を支配する。


 君のなだらかな肩も、お椀型の乳房も、僕は撫でる。


 君は可愛らしい悲鳴をあげる。


 弄びながら、僕は君に冷淡に命令する。



「君は言っていることがコロコロと変わるんだ。昨日も僕のことを消してやりたいなんて言って、僕を拒絶した」


 鏡の表面はわずかに砕けた。


「僕を消そうとしても、僕は永遠に君を支配するよ。君がつらいときに傷を背負いこんだのは誰だと思う? 君がみんなから貶されたときに泣かないよう、我慢できたのは誰のおかげだと思うのかい? 僕がすべての穢れを引き受けたから、君はまだ生きているんだ。僕がいなかったら、君は今頃地獄で蠢いているよ。苦しみ悶えながら」


 君は不意な沈黙をした。


 また黙るんだね。君はそっと俯いたよ。



「真一さん、私ね、さびしいの」


「さびしいなんて思うことはバカなやつらが考えるパッションの定型さ。考えるだけムダだよ。いい加減、君は僕に従うべきだ。また、あの男が君をせかしただろう。あんな男、仕様もない偽善者だよ。君の存在を壊す、忌まわしい人間だ」


 あの男とは、小夜子の主治医、児童精神科医のことで、簡潔に言えば、僕の存在を消そうと企んでいる輩だった。


 あの男は僕を逐一観察し、事あるごとに僕の反応をうかがう。


 僕が君に代わって怒りを露わにすると、その男は平静を保ったまま、



「小夜子さんの病態はかなり深刻です。いいですか、小夜子さん。隠してもダメですよ。交代人格は自分自身なんですからね」と脈絡のない駄弁を繰り返す。


 何さ、僕が邪魔だって言いたいのかよ? 


 この男は何を考えて僕を消そうとしているんだよ? 


 へへえ、全くだ、この医者は最低限の常識もわきまえていないのだね。



「先生を悪く言わないで、真一さん、私は真一さんも大事なのよ」


 君はメソメソと泣く。


 僕の心と一緒に泣く。


 バカバカしいことだ、やぶ医者のことを考えるのは。


 ほら、見てごらんよ。小夜子のためにも良くないだろう。


 今日もこうやってあの男は僕らの鏡の結界を破った。


 話はこうだ。なるべく手短に話したい。


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