第3話 解離的少女の日常


 僕は鏡を見ながら、君の顔を観察した。


 まだ大人になりきれておらず、まだ世間知のない幼さと、忌まわしい過去の影が拭いきれない、小さい顔。


 僕はそんなアンバランスをとても愛おしく思う。


 かすかに浮かんだ笑みを鏡越しから見るたびにその稚拙なリアクションが可愛くて、僕は君の中に居座りたいと思う。


 昔から同じ空間で息を吸い、肌を撫でて、同じ風景を見ていたのに、君は僕を最近拒絶しがちだった。


 それでも、君はさみしがり屋だから、


「真一さんなんて私にはいなくていい」と恨み言を吐いた次の日には僕を求めている。


 君が泣き咽こんだとき、僕はだいたいキスをしてやりすごす。




 透明な壁に包まれたふたりなのだ、口で合わせる以外、虚ろの世界では取り繕う機会がない。


 君は君の両親、友人と関係をしばらく絶って独りきりになっていた。


 君が独りきりになるときが僕の出番だ。


 泣いている姿も僕は厭わしくて、そのくせ青い果実を齧るように食べたくなる。


 


 君は僕に絶対的に服従している。


 君は僕の思いのままだ。


 君は宙をぶらぶらと見つめながら何者でもない何かに向かって話しかけていた。僕はそこにいる。


 靄がかかれば僕は君の中に現れることができる。


 僕は君を慰めようと詰め寄った。



「小夜子、また何かあったの?」


 君は何も答えなかった。


 本当につらいときは言葉で説明するのも難しいことなのだろう。


 そのくせ、涙は意志とは関係なしに流れて、自分が泣いているのにも気づかないときだってたくさんある、と君は僕に教えてくれた。


 涙が枯れる人もいれば、血が流れるように泣き続ける人もいる。


 君は後者の方だった。



「真一さん、またみんなから大声で笑われたの」


 僕の声は彼女の声と同じだった。甲高い声は妙に心を突いた。


 僕は君を心の中で抱きしめ、ただ泣き咽ぶ君の声を聞く。



「君がいつもびくびくしているからそんなことが気になるんだね。バカなやつらのことなんて気にしない方がいいよ。君と僕はあいつらとは違う、特別な存在なんだから」


 君はヒックリと肩を持ち上げながら、僕をさらに求めた。


 可愛いね。僕は君を食べちゃいたいくらい好きだよ。


 思わず魔の言葉を言いかけそうになったが、僕はいつもの僕らしく平静を取り戻し、君を慰めた。


「君の中に僕は常にいるから君はひとりじゃない。ふたりで僕らはひとつなんだから」


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