第23話 イチフサのやりたいこと

 小さな頃から、私には妖怪が見えていた。それは人の言葉を話す動物だったり、自在に動く泥の塊だったりと、姿形は様々。

 だけど、こんなのは見たことない!


 いや、イチフサはお菓子もジャンクフードも食べれば漫画も読むし、スマホは私以上に使える

 だけどイチフサだけは、なんか例外って感じがしてたのよね。


「最近の妖怪って、みんなこうなの?」


 目を丸くしながら呟くと、それを聞いた鹿王がフッと笑う。


「そんなわけないだろ。こんなの、イチフサがいなけりゃ一生見ることも無かったかもね。これが、イチフサがやろうとしていることだよ」

「これが?」


 って言われても、ここだけじゃ何がしたいかさっぱりわからない。

 けど鹿王の言う通り、妖怪たちにとってこれらはとても珍しいようで、食べ物は恐る恐る口に運ぶし、本やスマホは真剣な顔で見ている。


 妖怪達の中には恐ろしい見た目のもいるけど、そんなのがスマホの画面を見て声をあげて驚いているんだから、なんだかおかしくなってくる。


 しかも、驚く事態はまだ終わらない。

 さっきから私と同じように目を丸くしていた人吉くんが、突然素っ頓狂な声を上げた。


「じ、爺ちゃん!? なんでここに?」


 彼が見つめる先にいたのは、一人のお爺さん。お爺さんといっても、髪の毛は白くなってるものの体つきはがっちりしていて、若々しい。

 背中に羽がはえてるとか、頭にツノがあるとかいう妖怪の特徴は一切なくて、見た目は人間そのもの。

 って言うか、人吉くんは爺ちゃんって言ってたわよね。まさか……


「あの人、人吉くんのお爺ちゃんなの?」

「ああ。俺の祓い屋の師匠でもあって、この辺一帯を管理する祓い屋支部の代表もやってる」


 祓い屋のことはよくわからないけど、要は強くてえらい人ってことでいいのかな。


 お爺さんも、人吉くんがいることにはとっくに気づいてたみたいで、こっちにやって来る。


「よう、瞬。まさか勝手にこんなところにやって来るとはな。驚いたぞ」

「驚いたのはこっちだよ。爺ちゃんこそ、ここでいったいなにやってるんだよ」

「この里と祓い屋協会は盟約を結んでいるから、たまにここまで出向くことくらいはある。と言っても、今回はかなり特殊な事情だがな。まさか妖怪達が本だのスマホだのを大量にほしがるとは、前代未聞だぞ。その分、こっちも見返りはもらったがな」


 どうやらここにある品々を用意したのは、人吉くんのお爺ちゃんらしい。見返りが何なのかはよくわからないけど、この際そんなのは二の次だ。


「それでイチフサ、あんたはいったい何がしたいの? 妖怪の世界にこういうのを流行らせたいとか?」

「いや、もっと大きくて重要なことだよ。なんだと思う?」

「なにそれ。早く教えなさいよ」


 クイズじゃないんだから、あれこれ考えるより、とっとと答えを聞いた方がいい。


「せっかちだな。まあいいや。俺はね、もっと人間と交流しようと思っているんだよ。俺一人がじゃなく、里全体でね」


 それは、実に意外な答えだった。と言うか、今まで聞いてた話を考えると、とても納得できないんだけど。


「交流って、そんなのできるの? だって、さっきあの鹿王って人言ってたわよ。あんたが役目についたら、もう人間である私とは会えないって」

「ああ。俺もそう言われた。この里には、人間とは必要以上に関わってはいけないって掟がある。今までは大目に見てたけど、俺が役目についたら、そんな勝手はもう許されないって。けど、俺は言ったんだ。その掟、今の時代に合わないからもう変えちゃおうってね」

「言い方軽っ! そんなので、じゃあ変えようってなったの?」


 里の掟ってのがどれだけ大事なものかは知らないけど、多分、そんな簡単に変えられるものじゃないでしょ。


「もちろん反対されたよ。何をバカなって。けど、元々考えていたんだよ。俺が里の中で地位を得るなら、それを活かして自分にしかできないことをやりたいって。それがこれ。この里は、人間と関わらないことで、今まで祓い屋と戦うようなこともなく、平穏にすごすことができていた。だけどそのせいで、人間と関わることで得られる楽しさに気づけてないんじゃないかってね」


 そう語るイチフサは、意外にもすごく真剣で、大真面目に言ってるんだってのがわかった。


「って言っても、何百年も続いてきた掟だからね。俺が言っても、それですぐに変わるってもんじゃない。だから、まずは知ってもらうことにしたんだ。人間と関わることで、得られる楽しさってやつをね。その第一歩がこれだよ」


 広間を見回すイチフサ。他の妖怪たちは、相変わらず珍しそうに、私に馴染みのある食べ物を食べ、雑誌やスマホをまじまじと見つめている。


「つまり、食と物で吊ろうとしてるの?」

「違う! 人間の生活や文化に興味を持ってもらおうとしてるんだよ。どうしてそうひねくれた見方しかできないかな」


 どうせ私はひねくれてますよーだ。


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