第22話 目を疑う光景
「まったく、こんな状況で痴話喧嘩とは。君達は大物だよ」
それには、返す言葉もない。
けど、しょうがないじゃない。イチフサと一緒にいると、どうしてもこんな感じになっちゃうんだから。
そのイチフサは、気を取り直したように再び身構える。だけど、それを見た鹿王はため息をついた。
「やめておこう。何だか白けちゃったからね」
そう言った彼に、さっきまで見せていた威圧感は残って無かった。
一方、イチフサや人吉くんは、まだまだ警戒中だ。何しろ周りには、鹿王以外にも妖怪だらけ。そいつらも大人しくしてはいるけど、とても簡単には気を抜けない。
「どういうつもりだ?」
「どうもこうも、君こそ本気で僕とやり合うつもりだったのかい? 同じ里の仲間で、この虫も殺さぬ平和主義者の僕と? 悲しいねぇ」
よよよと、わざとらしく泣く仕草をする鹿王。いや、虫も殺さぬって、ついさっき私のこと殺そうとしてなかった?
いったい、この人はどこまで本気なんだろう。
「私たちを見逃すって言うの? それ、信じていいの?」
「おや、疑うのかい? 見逃してやってもいいとは、さっきも言ったじゃないか」
「それは、私がイチフサと会うのを諦めたらでしょ」
諦めるかどうか、ハッキリ答えを出す前にイチフサ自身が来たんだけど、この場合どうなるのよ。
「少なくとも、今は手出はしない。そのかわり、君たちにはこれから里まで来てもらうよ。イチフサも、それでいいかい?」
鹿王はそう言うと、なんだか含みのあるような視線をイチフサに向ける。
もちろん私には、それにどんな意味があるかなんて、さっぱりわからない。だけどイチフサは、それである程度納得したみたいだ。
「えっと、そういうわけだから、今からみんなには里まで来てもらうことになるんだけど、いい?」
「いいわよ。って言うか、この状況じゃそうする以外ないでしょ」
元々こっちは、イチフサに会うため妖怪の里まで行くつもりたんだ。今さら、そんなのかまわない。
「人吉、お煎餅。君達もそれでいい?」
「ああ。けど、妙なことをしたら思いっきり暴れてやるからな」
「ボクもいいニャ」
人吉くん達とも話がついたところで、私達は、山の中をさらに奥へと向かっていく。
先頭を歩くのは鹿王。いつの間にか、彼とイチフサ以外の妖怪は、こぞって姿を消していた。
「ねえ。妖怪の里に行くのはいいけど、あとどれくらいかかるの?」
前を歩くイチフサに聞いてみる。鹿王やイチフサと会う前に歩いたのを合わせると、けっこうな距離になりそうだ。
「もうすぐだよ。って言うか、もう里の一部に入ってるからね」
「えっ、ここが?」
普通に歩いただけだといけない場所って聞いてたけど、とてもそんな気がしない。
「意外だった? でも、闇雲に歩いただけじゃ、絶対に辿り着けないようになってるんだ」
そういうものなんだ。どういう理屈かは全然わからないけど、イチフサの言う通り、間もなくして、開けた場所へと出る。
数は多くないけど、古めかしい作りの家がいくつか並んでいて、いかにも山の中の集落って感じだ。
「ここが妖怪の里か。話には聞いていたが、こんな風になっているんだな」
「人吉くんも、来るのは初めてなのよね」
「ああ。ここまで来るのは祓い屋の中でも上の人達。それも、大事な話がある時くらいだって聞いてる。なのにわざわざ俺達を連れて来て、どうしようって言うんだ」
あの場で戦うなんてことにならなかったのはいいけど、これから私達がどうなるか、肝心なことはまだ何も聞かされてない。
そのやり取りを聞いた鹿王が、少しだけ振り返ってこっちを見る。
「簡単に言うと、見学かな。イチフサが今この里で何をしようとしているのか、君たちにも見てもらう」
「つまり、どういうこと?」
もう少し詳しく聞きたかったけど、鹿王はそれ以上話す気はないようで、すぐにまた前を向き歩き出す。
そして、一番大きな建物の前で止まった。他の建物が家なら、これだけが屋敷って感じだ。
どうやらここが目的地みたいだ。
いったいこれから何が起きるんだろう。鹿王の話からすると、イチフサが何かしようとしてるようだけど、それだけじゃさっぱりわからない。
ただ、屋敷の中に入る前、そのイチフサが一言呟いた。
「結衣達が見たら、驚くことが待ってるかもね」
なにそれ? そんなこと言われたら、よけい不安になるんだけど。
だけどそれ以上話す時間はなかった。
屋敷に入り、廊下を少し歩いた先にある、大きな扉が開かれる。そしてそこには、イチフサの言う通り、驚きの光景が広がっていた。
「な、なにこれ……?」
扉の先にあったのは、大きな広間。そしてそこには、鬼に、一つ目の大男に、牛の頭をしたやつといった、揃いも揃ってすごい見た目の者が何人もいる。
わかっちゃいたけど、さすがは妖怪の里だ。
けれど、驚いたのはそこじゃない。そこにいる妖怪達は、ポテトチップやチョコレートのようなお菓子や、コンビニに売ってあるようなおにぎりを食べ、マンガや雑誌をめくり、スマホを手にして物珍しそうに眺めていた。
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