第24話 掟を変える
よく見ると広間の隅っこには、お祭りの時に会った一反木綿をはじめとする小さいサイズの妖怪もいて、色んなものを夢中で食べていた。
少なくともあの子達にとっては、興味を持ってもらう作戦は成功しているみたいだ。
「もちろん、面白そうなものがあるから交流しようって単純な話じゃないけどさ、これらだって結衣と出会えたことで知った楽しさのひとつだよ。外の世界にはこんなにワクワクするものがたくさんあるんだって、結衣がいなきゃ知ることは無かった」
イチフサがそう言ったところで、今まで黙ってこの様子を見ていた鹿王が言う。
「もっとも、人間の本なんて、字が読めなければほとんど何にもならないけどね」
「だから、この中のいくつかは俺が訳したんじゃないか。苦労したよ」
「君がやるって言い出したことだ。それにそのくらいで音を上げるようじゃ、何百年も続く里の掟を変えることなんてできるわけないだろ」
側に置いてあった本を一つ、イチフサが拾って私に見せる。そこには、印刷された文字の横に、小さく妖怪の文字が書かれていた。
「どう、結衣。これ全部俺がやったんだよ。凄くない?」
「うーん、確かに」
本一冊分でも、翻訳しようとするなら、相当な苦労になると思う。イチフサが本気で里の人達を説得しようってのは、何となくわかってきた。
「でもさ、ほとんどの人間は妖怪が見えないじゃない。交流するって言っても、どうするつもり?」
もしも里の妖怪たちが人間と関わる気になったとしても、姿も見えず声も聞こえないんじゃ、そんなの無理じゃない。
「そこは、祓い屋の人達に協力してもらう。前に、人吉も言ってたろ。祓い屋の術の中には、普通の人間にも妖怪の姿を見せるものがあるって。そんな術があるって話は、俺も聞いてたからね」
「えっ? でもそれって、簡単に使えるものじゃないんでしょ」
人吉くんを見ると、同意するようにコクリと頷く。そもそもそれが使えたら、とっくに錦さんとお煎餅を会わせているわよ。
するとそれに答えたのは、人吉くんのお爺ちゃんだった。
「ああ。色々と問題もあるし、そもそも意味のないものとして、研究が中止された術だからな。ほいほい使えるものでもない。けどな、このイチフサというやつは、それを再び研究して、使えるようにしようと言ってきた」
「そんなこと、できるんですか?」
「さて、それはやってみないとわからんし、祓い屋協会としても、協力するかどうか決めかねているというのが現状だ。ただ、それが実現したら、普通の人間も妖怪の存在を知ることになる。大事になるのは間違いないだろうな」
今度は、人吉くんが質問する。
「爺ちゃんは、協力しようと思っているのか?」
「さて、どうだろう。だか、面白そうではあるから、こうやって多少の手助けはしている。最終的にどうするかは、時間をかけてゆっくり考えていくことになるだろうな。瞬、それはお前にも言えることだぞ」
なんだかだんだん話が大きくなっていってる気がする。もしかして、イチフサがしようとしていることって、実はとんでもないことなんじゃないの?
「ねえイチフサ。私さ、あんたが急にいなくなるものだから、もう私とは会えなくなって、黙って姿を消したと思ってたの。最近、私の友達がどうこうって口うるさく言ってきたのも、自分はもう会えないから、それからのことを心配して言ってたのかって思った。けど、違うのよね」
「もちろん。だいたい、俺が結衣と会っちゃダメって言われても、そんなの守ると思う?」
「いや、そこで守らないって言うのも問題でしょうが」
実際は、掟を破るんじゃなくて、掟そのものを変えようとしているんだから、ものすごい発想だ。
「まあ、どうしてもダメなら掟を破るつもりでいたし、少しの間会えなくなるかもとは思ってたから、その間結衣が寂しい思いをしないかって心配だったのは、その通りだけどね」
おや、そっちは当たってたんだ。イチフサのやつ、色々考えていたのね。
だけどそれなら、どうしても言っておきたいことがある。
「だったら、そういう大事なことはしっかり話してよ。急にいなくなったし、お煎餅は血相変えてやってくるし、心配したんだからね」
どんな理由があっても、何も話してくれなかったことは、まだ怒ってるんだから。
「それは、ごめん。役目の任命は急に言われたことだったから、説明する暇がなかったんだ。ずっと里にいたからスマホも通じなかった。あとお煎餅も、里の大事にも関わるから、まだやって来て日が浅いこの子には秘密にしろって言われてたことが多かったんだ。ごめんな」
「ひどいニャ。イチフサくんと結衣ちゃんが会えなくなるかもって、すっごく心配してたんだニャ」
ヘソを曲げるお煎餅。だけどその後小さく、「でも、よかったニャ」と言ってくれた。
「だいたい、人間の世界のことを紹介したいなら、それこそ私に相談しなさいよ。まだまだアンタよりは詳しいんだからね」
「そうだね。もしかしたら、これから頼むこともあるかもしれないから、その時はよろしくね」
相談の内容によっては、もしかしたらまた、面倒なことになるかもしれない。だけど、今回みたいに、何も聞かされないで心配するよりずっといい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます