第20話 迫られる選択

「わかっていないね。僕は、イチフサに関わるなって言いに来たんだよ。なのに会わせてもらえるなんて、本気で思っているのかい?」

「む、無理を言ってるとは思います。でも……」


 私をイチフサに近づけたくない彼からすると、わざわざ会わせてやる必要なんてない。それはわかつてる。

 けど私だって、簡単には引き下がらない。下がりたくない。

 それに、たとえここで断られたとしても、イチフサを探すのをやめるつもりはない。


「イチフサがどこにいるのか教えてもらえないなら、私はこれからも探し続けます。イチフサが見つかるまで、何度でも」


 一歩間違うとストーカーみたいな発言だなって、自分で言ってて思う。

 けど、なりふりなんてかまってられないんだから!


「そう。そこまで言うなら仕方ないね」


 ポツリと、鹿王が呟く。

 もしかして、わかってもらえた? 期待しながら、次の言葉を待つ。

 だけど、急に彼の目が、鋭く険しい物へと変わった。


「ひとつ言っておくよ。僕はけっこう気が短いんだ」


 まずい!


 一瞬で体が震え、頭に警報が鳴る。

 今まで、イチフサ達とは違う、ガラの悪い妖怪に、絡まれたことが何度かある。それによって鍛えられた、危険を察知する本能が、危ないと告げてくる。


 慌てて鹿王から離れようとするけど、それよりも早く鹿王の手が伸びてきて、私の肩を掴んだ。


「ちょっと、離してよ!」


 手をどけようとするけど、力が強くて振り解けない。指が肩にくい込んで痛い!


「おい。お前、何してるんだ!」


 人吉くんが怒鳴るけど、鹿王は動じない。


「僕もできれば手荒な真似はしたくなかったんだけど、説得するのは面倒そうだからね。それより、力ずくで何とかした方が早い」

「なっ──」


 何する気!? なんて、聞く余裕もなかった。

 次の瞬間、私の体は強引に持ち上げられ、道の脇の斜面に向かって投げとばされた。


「あぁっ!」


 ゴロゴロと斜面を転がり、少し下りたところでストップする。

 幸い、生えていた草木がクッションになっていたけど、それでも痛いものは痛い。しかも、危機はまだ終わっていなかった。


「グルル……」


 辺りから、獣の唸り声のような音が聞こえてくる。私を囲むように、どこからか猿のような姿をした妖怪達が現れた。

 武器なのか、みんな手には棒きれを持っていて、威嚇するように振り回している。どう見ても、友好的って感じじゃない。


「ひっ……」


 いくら妖怪に慣れてるって言っても、怖いものは怖い。

 あんな奴らに一斉に攻撃されたらどんなことになるか、想像するだけで震えてくる。


「おいお前ら。今すぐ錦から離れろ! でなければ、祓い屋としてお前達を倒す!」


 御札を構える人吉くん。だけど、いつの間にか彼も、何体もの妖怪に取り囲まれていた。


「君一人でこの数をどうにかできると思っているのかい?」

「くっ──人に危害を加えるのは盟約違反だそ。こんなことをしたら、他の祓い屋達も黙っちゃいない」

「そうだね。こんなことをしたってバレたら大変だ。だけどここは、僕ら妖怪の里へと続く道、僕達の領分だ。君達に何かあっても、例え死んでも、隠す方法はいくらでもある」

「なっ──!?」


 死と聞いて、改めて体が震える。鹿王は、本当に私達を殺すつもりなの?


「酷いニャ! どうしてこんなことするんだニャ! 結衣ちゃんは、イチフサくんに会いたいだけだニャ──モガッ!」


 お煎餅も声を上げたけど、こっちはあっという間に他の妖怪に捕まって、口を塞がれてしまった。

 それから鹿王は、また私に話しかけてくる。


「会いに来ただけで殺される。君達には理解できないかもしれないけど、これが僕たちの里のやり方だよ。何百年も前から、外との繋がりをできるだけ避けてきた。それを、何も知らない君達にとやかく言われる筋合いはないね」


 淡々と語られる言葉に、自分がいかに危険な状況にいるか改めて思い知らされたような気がした。

 鹿王が他の妖怪達に指示を出せば、その瞬間、全て終わってしまうかもしれない。


 だけど鹿王は、そうする前に、また話し始める。


「とはいえ、祓い屋の彼の言う通り、ここで君達を始末したら、他の祓い屋達も騒ぐだろう。隠す方法はあるとしても、少し面倒なことになりそうだ。だからどうだろう。君が二度とイチフサに近づかない。そう約束するのなら、見逃してもいいよ」

「み、見逃す……」


 その言葉に、心が揺らぐ。もちろん、イチフサを諦めるなんて、そんなのは嫌だ。けどこのままじゃ、命にかかわることになりかねない。

 それなら何でもいいから目の前の危機から逃げるのが利口なのかも。


 だけど、その場しのぎの嘘やごまかしなんて通じるの?


「さあ、どうする?」


 問い詰めるように、鹿王が聞いてくる。

 彼を怒らせるようなことを言っちゃいけない。そんなのわかってる。ここで死んだら、それこそなんにもならない。


 なのに、震える声で、絞り出すように言った言葉はこれだった。


「い……嫌」


 この状況でこんなことを言うなんて、バカなことをしてるって、自分でも思う。もしかしたら、取り返しのつかないことをしているのかもしれない。


 けどそれでも、この気持ちに、イチフサに会いたいって思いに、嘘はつきたくなかった。


「それで、死ぬことになっても?」

「──っ!」


 怖くて何も喋れない。それでも、目を背けることなくじっと見つめる。これが、私の答えだ。


 もしかしたら、本当に殺されるかも。

 だけど次に鹿王が言ったのは、ある意味もっと怖いものだった。


「強情だね。けれど良く考えてみるといい。君のわがままに、彼らも巻き込むつもりかい?」


 彼の目は、人吉くんに、それにお煎餅に向けられていた。

 そうだ。ここにいるのは私だけじゃない。もしここで私に何かあったら、それを知る彼らも無事でいられるはずがない。


「ふざけるな、俺は祓い屋だ! 妖怪に脅され、怖くて何もしないなんて思うか!」


 人吉くんが再び御札を構える。この人数相手でも、戦うつもりなのかもしれない。

 けどそんなことになったら、きっと大変なことになる。私のせいで。


「やれやれ。結局こうなるのか」


 妖怪達に指示を出そうとしているのか、鹿王が右手を上げる。

 だけど、彼が次の言葉を言うよりも早く、私は叫んだ。


「や──やめて!」


 私一人なら、例えどれだけ危険でも、怖くても、イチフサと会えないなんて嫌だと言い続けるつもりでいた。


 だけど、そのせいで他の誰かを巻き込んだら。人吉くんまで大変なことになったら。

 それは、自分自身が傷つくよりも、ずっと怖いことだった。


「やめて。人吉くん達には、手を出さないで……」


 いつの間にか、目から涙が溢れ、頬を伝う。


 そんな私を、鹿王はニヤリと笑いながら見る。彼だけじゃない。その場にいる他の妖怪達も、唸り声ひとつあげず、じっと私を見ていた。


「なら、君は二度とイチフサに近づかないと違うんだね」


 ギリリと、痛いくらいに奥歯を噛み締める、

 こんな風に脅されて、何も出来ずにただ諦めるしかないのが、どうしようもなく悔しい。

 だけど、私のせいで人吉くんやお煎餅まで傷つくのも、絶対に嫌だった。


 だったらもう、やるべきことは一つしかない。


(せめて、少しだけでもイチフサと会いたかったな)


 イチフサはどう思っているんだろう。同じように、私に会いたいと思ってくれたのかな?


 頭に、イチフサの顔が浮かぶ。こんな時だってのに、思い浮かべたその顔は、呑気そうに笑ってる。飽きるほど見た笑顔だ。

 それに気のせいか、声まで聞こえてくるような気がした。


 ──結衣!


 そう、こんな風に、何度も私の名前を読んでくれたっけ。


「──結衣! 結衣! 結衣ーーーーつ!」


 ……ん?

 なんだか、気のせいとは思えないくらい、ハッキリ声が聞こえたような気がするんだけど。


 聞こえてきたのは、空の上から。

 まさかと思って、見上げたその時だった。


 いきなり、私の周りに突風が巻き起こり、取り囲んでいた妖怪達が、一斉に後ずさる。

 そして、後ろから誰かが私の肩を掴み、グイッと引き寄せた。


「な、なに!?」


 慌てて、振り返り、それが誰か確認する。そして、目を丸くする。


「イ、イチフサ……?」


 そこにいたのは、今私が一番会いたかった相手、イチフサだった。

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