第19話 ふざけるんじゃないわよ

 鹿王の態度は飄々としていて、何を考えてるか、いまひとつわからない。


「あの、私たちに何の用ですか?」

「君は、イチフサの友人だね。彼のこれからについて、君に言っておきたいことがある」


 鹿王は、人吉くんでもお煎餅でもなく、私一人を見る。

 彼がこれから何を言おうとしているかはわからない。けどお煎餅から聞いた話と、イチフサが連絡のひとつもよこさない状況を思うと、とても良いことを言われるとは思えない。

 そして、その予感は的中した。


「これ以上イチフサの心を乱すな。早い話が、こうして探しに来るのも、イチフサと関わろうとするのもやめろってことだよ」

「なっ──」


 あんまりな言葉に、一瞬、何も言えなくなる。けどそんなの、到底納得できるわけがない。


「どうしてそんな事を言われなきゃならないんですか!」


 そして納得できないのは、人吉くんも同じだった。


「それは、どういう理由でだ? あなた達が人間と関わるのをよしとしないことは知っている。けど錦とイチフサが会っているのは、もうずいぶん前からだろ。どうして今になってそんなことを言い出したんだ?」

「おや? 祓い屋の君なら、妖怪と人間は関わらないのを良しとすると思ったんだけどね。いや、それなら、わざわざ彼女と一緒にここまで来たりはしないか」


 肩をすくめる鹿王。

 けれど、やめろと言われて簡単に止めるくらいなら、わざわざこんな所まで来たりはしない。


 その気持ちは、鹿王にも伝わったんだろう。一度ため息をつくと、さっきまでのように、ゆっくりと話し始める。


「こんなことを言い出した理由ね。簡単に言うと、里の中でのイチフサの立場が今までとは違ってくるから、かな。イチフサはあれでも、かなり高位の力を持って生まれてきて、いずれは里の中でも重要な役目を担うことになっていた。そして、その役目を担う時はもう近い。君たち人間だって、大人になると仕事をしなければならないだろ。それと同じさ」

「仕事って、イチフサの歳って私と同じくらいですよね?」

「その辺は、妖怪と人間で感覚が違うんだよ。それに人間だって、昔は君くらいの歳で元服して成人扱いになる子はいたし、そっちの子は、もう祓い屋として働いているんだろ?」


 鹿王が、人吉くんを見る。

 元服なんて言われても、今は時代が違うし、仕事とか役目とかは、中学生の私じゃまだ遠い話みたいに思える。

 けど、人吉くんは少し違った。


「祓い屋は、昔と比べて数が減ってきてるからな。俺みたいな子供でも、力があれば役目を任されることがあるんだよ」

「妖怪だって同じさ。数が減り、幼くても力のあるものが役目を果たす。特にこの里は若い妖怪が少ないからね。イチフサに期待をかける者も少なくないんだよ」


 妖怪であるイチフサはもちろん、祓い屋やってる人吉くんだって、私の感覚じゃとても信じられない。けど彼らにとっては、これが普通なのかもしれない。


「イチフサが今里でどういう立場なのかは、これで理解してくれたかな。力を持つ者が役目につくというのは、里に安定をもたらす、喜ばしいこと。里の妖怪の多くが望んでいることだ。ただし、今のままのイチフサでは、ひとつ問題があるんだよ」


 なんとなく、鹿王の言いたいことが、私に、イチフサに近づくなと言った理由がわかってきた。


「今までなら、イチフサが人間と関わるのも、子どものやることと大目に見てきた。けど上に立つものが決まりを破れば、それは全体の秩序を乱す。もうこれまで通りというわけにはいかないんだよ。わかるかな?」

「それは……」


 わかる、なんて言えなかった。私にしてみれば、まず妖怪と人間が関わらないってことに納得できないし、いきなりすぎてとても受け止めきれない。


 だけど、妖怪には妖怪のルールがあるってのだけは、なんとなくわかる。

 何も知らない私が勝手にそれを破っていいかって言われると、そんなことはないんだろう。


 なら鹿王の言う通り、このままイチフサと関わらない方がいいの? イチフサ本人にも会えないまま、諦めて帰れって言うの?


「イチフサも、こうなることはわかっていたはずなんだけどね。君、今まで何も聞かされてなかったのかい?」


 ない。そんなこと、イチフサは一度だって話してくれなかった。


 だけど思い返してみると、少しだけ、ほんの少しだけ、引っかかることがある。


『そう言えば結衣、中学では、他の子たちとうまくやれてる?』


 少し前、イチフサはそう言って、やたらと私に友達がいないことを気にし出した。その挙句、学校まで来て、湯前さんと仲良くなったのを見ると、なんかホッとしていた。


 今思うと、あれは私がイチフサと会えなくなった後、一人にならないようにと思って言っていたことなのかも。


「なによ、それ……」


 思わず呟いた言葉は、自分でも驚くくらい苛立っていた。

 けど、それも当然だ。


「ふざけるんじゃないわよ。そんな大事なこと教えてくれなくて、勝手に気を使われて、最後まで何も話さないままいなくなる。それで終わりなんて、ありえないでしょ。どれだけ自分勝手なのよ」

「お、おい、錦……」

「結衣ちゃん……」


 ブツブツ言う中、人吉くんとお煎餅がちょっと引いたみたいに声をかけてくるけど、それに応える余裕なんてなかった。


 今私が考えたこと、全部当たっていたとしたら、そんな気づかい、嬉しくも何ともない。

 むしろ、だったら全部話してよって、怒りすら込み上げてくる。


「お願いします。一度でいいので、イチフサに会わせてくれませんか?」


 イチフサとは関わるなと言ってきた鹿王。それでも、頼まずにはいられない。

 彼の話を聞いて、色々考えたけど、やっぱりこのまま帰るなんてできない。


「会ってどうするつもりだい?」

「えっと、それは……と、とりあえず、何も話してくれなかったことに、文句を言います」


 わざわざ会わせてと頼んで、真っ先に言うのが文句なんて、呆れられるかもしれない。けど、今イチフサと会ったら、真っ先に言いたいのは間違いなくそれだ。

 どうして何も話してくれなかったのかって、言ってやらなきゃ気がすまない。


 じっと鹿王を見て、反応を待つ。


 すると鹿王は、さっきよりもずっと深く大きくため息をつき、困った顔をした。

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