第18話 いざ、妖怪の里へ

 人吉くんが来るまで、私とお煎餅は、社でじっと待つ。


 それからどれくらいたっただろう。山道の向こうから、人吉くんがやって来るのが見えた。


「瞬くんニャ!」

「よう、お煎餅。今更だけど、お前とこんな風に話しをするのも変な感じだな」


 人吉くんにとってお煎餅は、小さい頃から知ってる、幼なじみの飼い猫。それとお喋りするなんて、どんな気持ちなんだろう。


 それから人吉くんは、改めて私を見る。


「それにしても、まさかあのイチフサって奴がそんなことになってるとはな。いや、妖怪側の事情を考えると、無理もないか」

「どういうこと?」

「前にも少し話しただろ。この山の妖怪の里は、特に人間と距離があるって言われてる」


 そういえば、そんなこと言ってたっけ。だけど私は、どうにもそれに実感がわかない。

 イチフサはもちろん、他の妖怪も、たまに私に話しかけてくるやつらがいるのに。


「そういえば、あなた達祓い屋とここの妖怪の里だって、盟約ってのを結んでるんでしょ。それって、仲がいいってことじゃないの?」

「全然違う。確かに盟約ってのはあって、この里の妖怪が人間に害をなしたら、祓い屋協会に引き渡すことになってる。けどそのかわり、祓い屋協会は里の妖怪に無闇に手を出さない。どうしてこんな取り決めをしたかと言うとだな、この里の妖怪は、自分達は人間とは関わらないから、お前達もこっちに手を出すなって思ってるからだ。敵対はしないが関わりもしないってことだ」

「そんな……」


 関わりたくないって気持ち、実は私もちょっとわかる。まだイチフサと出会う前、妖怪なんて怖くて悪さをする奴らしかいないと思っていた頃は、関わりたくない、見えなくなってしまえばいいと思っていた。


 だけど今は、それが酷く寂しく思える。


「俺も、妖怪達のことをどうこう言えないけどな。お煎餅が、歩美も話がしたいって言ってた時も言ったよな。人間と妖怪は、本来住む世界が違うって。必要以上に関わらないですむなら、それでいいって思ってた。けどな……」


 人吉くんはそこで一度言葉を切って、私とお煎餅を交互に見る。


「お前がお煎餅の言葉を歩美に話したのを見て、そうとも限らなかもしないって思うようになった。お煎餅、歩美に気持ちを伝えられて、よかったか?」

「もちろんだニャ。だから結衣ちゃんとイチフサくんも、何も言わずにお別れするなんて嫌だニャ」

「だよな。それで、錦。お前はどうしたい?」


 どうしたい、か。

 正直、あまりに急なことでわけわかんなくて、どうしようとしか思えなかった。どうしたいかなんて、考える余裕なんてなかった。


 けど人吉くんに聞かれて、少しだけ落ち着けた気がする。

 その上で、思う。


「とりあえず、イチフサに会いたい。会って、どういうことになってるか、全部聞きたい」


 私には妖怪の事情も、イチフサが今どんなことになっているかも、全然わかんない。

 だからこそ、なおさら会って話がしたかった。何が起きてるか、直接イチフサの口から聞かなけりゃ、何もはじまらない気がした。


 けど、そもそもそのイチフサに会えないから困ってる。いったいどうしたらいいんだろう。


「なら、会いに行ってみるか」

「えっ?」


 驚く私の返事も聞かず、人吉くんはズカズカと山の奥に入っていく。


「ちょっ、ちょっと待って。行くって言っても、妖怪の里って普通に歩いていくだけじゃ行けないのよ」

「それくらいわかってるよ。俺は祓い屋だぞ。普通じゃない方法くらい、ある程度知ってる」

「そうなの?」

「って言っても、俺も祓い屋としてはまだまだ未熟だからな。本当に行けるかは責任持てない。けどお前達だけで探すよりはマシだろ」


 マシどころじゃない。人吉くんがいなきゃ、どうすることもできなかったかもしれないんだから。


「あ、ありがとう……」

「別に。お煎餅の時の借りがあるし、そのお煎餅も、このまま里に入れないようなら困るだろ」


 人吉くんは素っ気なく答えるけど、それでもやっぱり、力を貸してもらえて嬉しかった。

 彼が祓い屋だからってことだけじゃない。イチフサのことをちゃんと話せて、その上で協力してくれる人がいるってのが嬉しかった。


 それから、私と人吉くんと、それにお煎餅は、揃って山の中を歩いていく。

 それも、人が通るために作られた道とは違う、草木の中をだ。


 人吉くんは、わざわざそんな場所を選んで進んでは、途中、何度か立ち止まる。そしてその度に、御札を取り出し、何かゴニョゴニョ言っては前にかざす。それからまた歩いていくの繰り返しだ。


「さっきからやってるそれ、何なの?」

「妖怪の放つ気、妖気を調べる術だ。里に続く道がどうなっているかは知らないが、そこを妖怪が通っている以上、妖気の痕跡はある。それを辿っていく」

「そんなことができるの? 凄いのね、祓い屋って」


 私だって妖怪の姿を見ることはできるけど、もちろんそんな術なんて使えない。

 イチフサのおかげで不思議なことには慣れてるつもりでいたけど、人間の、しかもクラスメイトにこんなことができる人がいるなんて、驚くしかない。


「祓い屋でもないのに妖怪が見えるお前も、相当珍しいぞ。それに、あのイチフサって奴もな」

「イチフサが?」

「ああ。この山の妖怪と祓い屋は、必要以上には関わらない。けど時々、ちょっとした頼み事をすることはある。で、これは祓い屋の先輩から聞いた話なんだが、数年前から妙なものを頼まれることが増えたんだそうだ」

「妙なもの?」

「金とスマホが欲しいだそうだ。金はそこまで高額じゃないらしいが、妖怪はそんなの使わないし、スマホなんて論外だ。そう思ってたんだが、それをほしがった妖怪って、多分あいつだよな?」

「多分じゃなくて、まちがいなくそうでしょうね」


 イチフサのやつ、どうやってお金やスマホを手に入れてたのかずっと不思議だったけど、長年の謎が今解けた。


「それだけ人間に寄せてくる妖怪なんて、聞いたこともなかったよ。あいつ、どういうやつなんだよ」

「どうって、それがイチフサよ」

「なんだそれ?」


 人吉くんが呆れるけど、そんなこと言われたって、やっぱりそれがイチフサだとしか言いようがない。

 妖怪のイメージからはけっこうズレてて、たまにわけのわからないことをする。それが、私がずっと前から知ってるイチフサだ。


「イチフサがおかしなことするなんて、いつものことだからね。初めて会った時はいきなり友達宣言するし、スマホでどうでもいいメッセージを延々送ってくるし、少女漫画見た後はそれのまねして甘いセリフ言ってくるし、お祭り行く時は絶対浴衣着てこいって言うし、わけわかんないわよ」


 こうして振り返ってみると、イチフサに会ってから今まで、ずっと振り回されっぱなしな気がする。


「お前、それって惚気か?」

「はぁっ!? どうしてそうなるのよ?」


 なに? なんだか、人吉くんまでわけわんないこと言い出したんだけど。


 だけど、この話はそれ以上続かなかった。

 急に、人吉くんが声をあげる。


「どうやらこれ以上無駄話してる場合じゃなさそうだ。妖怪の里に行く前に、向こうから訪ねてきたみたいだぞ」


 その時、ガサガサ草をかき分ける音がした。

 全員で身構え、音のする方を見る。


 するとそこには、紺色の着物を着た、若い風貌の男の人が立っていた。


「やあ。この前里に加わった猫又に、祓い屋。それに、君が結衣って子かい?」


 私たちを見回しながら、その人が言う。

 いきなり現れて、私たちのことを知っている、この人はだれ?


「あ、あの、あなたは……?」

「僕かい? そうだな、まず話すよりも先に、これを見せた方がいいかな」


 男の人が、自分の頭に手をかざす。

 するとそのとたん、その人の頭に、鹿のような二本の角が出現した。

 もちろん、普通の人間に角なんてあるわけがない。


「見ての通り、僕は妖怪さ。名前は鹿王。君たち、妖怪の里に行こうとしているんだよね。そこの住人だよ」


 突然現れた妖怪、鹿王は、そう言って私たちを静かに見つめた。

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