第17話 イチフサと会えなくなる?
「ねえ、錦さん。お昼一緒に食べない?」
「えっ?──う、うん。湯前さんたちがいいのなら」
私史上、最も考えられないことが起きている。クラスメイトと一緒に昼ごはんを食べるなんて、今までそんなことがあっただろうか?
なんて、自分で言ってて悲しくなってくるけど、それくらい、私のボッチは筋金入りだった。
それが、先日の一件以来、湯前さんが何かと話しかけてくるようになった。それも、他の女子たちも一緒にだ。
今までにないことだから、距離感に戸惑う時もあるけど、悪い気はしない。
こんなことイチフサが知ったら、また「友達ができてよかったね」なんて言ってきそうだけどね。
よし。恥ずかしいから、イチフサには黙っておこう。
だけど、わざわざそんなこと考える必要なんてなかったかもしれない。
お煎餅の件が解決して以来、イチフサとは一度も会ってないし、スマホに連絡のひとつも来ていないんだから。
「んーっ」
スマホのメッセージアプリを見ても、相変わらず連絡は一切なし。
普段は特に用がなくても、どうでもいい内容を延々と送ってくるのに。
なんて思っていると、一緒にお昼を食べてる子の一人が話しかけてくる。
「錦さん、さっきからずっとスマホ見てるけど、どうしたの?」
「ああ。最近、知り合いから連絡来ないのよね。いつもなら、用がなくても電話してくるのに」
ほんと、こういうのは珍しい。
すると、なぜか周りの子たちも、興味深げにこっちを見る。
「ねえ。もしかしてその知り合いって、彼氏とか?」
「はぁっ!? ち、違うわよ!」
突然なに言ってるの! そりゃ、イチフサがふざけてそういうこと言ってくることはあったけど、そんなんじゃないんだから。
「た、ただの知り合い。友達よ。だいたい彼氏なら、急に何も言わずに連絡してこなくなるわけないでしょ」
「連絡が来なくてイライラするとか、いかにも彼氏彼女っぽいこと言ってるんだけど」
「だから違うってば!」
ただの知り合いや友達でも、今まで頻繁にあった連絡が急になくなったら、どうしたのって思うわよね。お、思うわよね?
だからこれは、決して彼氏彼女のやつじゃないの!
それに、お煎餅のことも気になるしね。
イチフサのやつ、お煎餅の面倒は自分がみるなんて言っておいて、それから全然連絡をよこさないなんて、無責任じゃない。気になるのも当然よ。
お煎餅が元気にしているか。直接会って確かめた方がいいのかも。
というわけで、次の休みの日、私はイチフサの住む山へと一人向かうのだった。
イチフサと初めて出会った、山の中の古びた社。私とイチフサが合う時は、たいていここだ。
と言っても、イチフサもいつもここにいるわけじゃない。今日だって、来たはいいけどイチフサの姿は影も形もなかった。
まあ、こうなるのはある程度わかってたけどね。
一応、ここに来る前に、スマホで会えないかってメッセージを送ったけど、反応は一切なし。
そもそもこの山の中でも、イチフサの住んでる場所って、電波が届きにくいらしいの。
それでも、ここに来たらもしかしたらって思ってたけど、そんなことはなかったみたい。
「無駄骨だったか」
イチフサと会えないなら、ここにいても仕方ない。ため息をついて帰ろうとするけど、その時遠くから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「結衣ちゃ〜ん!」
この声は、お煎餅!
声のした方を向くと、お煎餅がこっちに走ってきていた。
「やっぱり結衣ちゃんだニヤ! 会えてよかったニャ!」
「お煎餅、久しぶり──って言うほどでもないか。でも会いたかったら、イチフサに頼んで連れてきてもらったらよかったのに」
イチフサのことだから、頼めばすぐにやってきそう。
だけどお煎餅は、激しく首を横に振った。
「それが、ダメなんだニャ。イチフサくん、もう妖怪の里から出られないかもしれないんだニャ!」
「えっ、どういうこと?」
突然告げられた、思わぬ言葉。
いや、そんなことないでしょ。だってアイツ、私に会うのはもちろん、お祭りや花火大会の時は、めちゃめちゃはしゃぎながらやってくるのよ。
里から出ないなんてありえないでしょ。
笑いそうになるけど、お煎餅は真剣だ。
「イチフサくん、もうすぐ里の中で、大事なお仕事をすることになるらしいニャ。でもそしたら、もう里の外に出るのも、人間と会うのもダメって言われてたニャ。あと、なぜかボクも人間に会いに行っちゃダメって言われたニャ!」
「えつ?」
お煎餅の説明じゃ、肝心なところがよくわからない。ただ、真剣だってのはわかった。
もう、イチフサとは会えないかもしれない?
全然実感がわかないけど、最近何の連絡もないのを思うと、どうしても不安になってくる。
「ねえ。今からイチフサのいる場所に案内することってできる?」
イチフサと直接会って、詳しい話を聞けたら。そう思ったけど、お煎餅は困った顔をする。
「そ、それはムリなんだにゃ。妖怪の里って、ただ歩いていくだけじゃ入れないようになってるんだニャ。だけどボクは、まだ入る方法を知らないニャ。知らないで飛び出してきたから、帰れなくなってるニャ」
そういえばイチフサが言ってた。自分たち妖怪が住んでいるのは、この山の中でも、普通の方法じゃ行けない、ちょっとした異世界みたいなところだって。スマホの電波が届きにくいのもそのせいだって。
けどそうなると、いよいよお手上げだ。
念のため、もう一度スマホでイチフサに連絡を入れたけど、やっぱり返事はない。
「もう。なにやってるのよ!」
だんだん、苛立ちが募ってくる。
里の外に出られないとか、人間とは会えないとか、そういう大変なことになってるなら、なおさら連絡の一つくらいよこしなさいよ!
それとも、連絡することもできなくなってるとか?
まさか、本当にこのまま会えないなんてことないわよね。
しだいに不安が大きくなっていくけど、だからってどうすることもできない。
だけどそこで、お煎餅が思いついたように言った。
「そうだニャ。瞬くんに相談すればいいニャ。瞬くんなら妖怪のこと知ってるから、きっと頼りになるニャ!」
「えっ、人吉くんに?」
思わぬ提案に驚くけど、確かにこの状況では、一番いいやり方かもしれない。
人吉くんは私と同じく、妖怪の姿が見える。しかも、悪い妖怪をやっつけるっていう、祓い屋。つまり妖怪に関しては専門家だ。
今回は、妖怪をやっつけてって話じゃないけど、こういう時どうすればいいか、アドバイスくらいならもらえるかもしれない。
なら、早速連絡を──と言いたいところだけど、スマホを取り出し、人吉くんの連絡先を表示したところで、途端に躊躇する。
(湯前さんならともかく、人吉くんとはあれ以来、あんまり話してないのよね)
いきなりこんなこと相談して、迷惑じゃないかな?
そんなこと言ってる場合じゃないってわかってるけど、連絡するとなると、心の準備が必要だ。まずはゆっくり深呼吸して、心を落ち着かせよう。
「何してるニャ。早く連絡するニャ。ポチッとニャ!」
私の腕にぶら下がり、通話ボタンを押すお煎餅。
「ちょっ、なんてことするのよ!」
「なかなか連絡しないから、かわりにボタンを押してあげたニャ」
「勝手なことしないでよ!」
とっさに、通話を切ろうかとも思ったけど、人吉くんが履歴を見て連絡してきたら、余計に緊張しそうだ。
ここは、覚悟を決めるしかない。
呼び出し音が鳴ること数回。スマホの向こうから、人吉くんの声が聞こえてきた。
「錦か? 急にどうした?」
「きゅ、急にごめん。じ、実はね……」
心臓をバクバクさせながら、私は、お煎餅から聞いたことと今の状況を、一つ一つ話し始めた。
そして話を聞き終えたところで、人吉くんは大きくうなる。
「なるほど。それで、あのイチフサってやつとはまだ連絡もとれないし、お煎餅も妖怪の里に戻れなくなったってわけか」
「うん。こんな時どうすればいいかなんてわからなくて、話を聞いてもらおうと思ったんだけど、迷惑だったかな?」
いきなりこんな話をされるなんて、思ってもみなかっただろう。
そんなんで連絡してくるな、なんて言われたらどうしよう。
「わかった。今から俺もそっちに向かう。少し時間はかかるかもしれないが、いいか?」
「えっ、わざわざ来てくれるの?」
「ああ。お前には、お煎餅の時の借りがあるからな」
「あ、ありがとう……」
よかった。まだどうなるかなんてわからないけど、話を聞いてくれる人がいる。
今は、それだけでとてもありがたかった。
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