第14話 人吉くん、悩む
「なるほど、そういうことだったのか」
午前中の授業が終わって、昼休み。場所は再び屋上だ。
ここでようやく、人吉くんにこれまでの経緯を全部説明することができた。
本当はあれからすぐに話そうと思っていたんだけど、ちょうどその時、授業開始を告げるチャイムが鳴り出したのよね。
「俺も、歩美と一緒にお煎餅を探してはいたが、まさか猫又になっていたとはな」
そう言って人吉くんは、イチフサに抱っこされたお煎餅を見る。お煎餅はあれからも湯前さんに気づいてもらおうと猛アタックしてたけど、全部空振り。今は落ち込んで、シュンとしていた。
「ところで人吉くん、湯前さんのこと歩美って呼んでるけど、仲いいの?」
「ああ。あいつとは幼なじみなんだよ」
「じゃあ湯前さんも、妖怪のことや、人吉くんが祓い屋だってこと知ってるの?」
それなら、人吉くんから事情を話してもらえばいい。そう思ったけど、人吉くんは首を横に振った。
「いいや。祓い屋はうちが先祖代々やっているけど、関係ないやつには話すなって、小さいころから言われてる。無闇に話したら、おかしなやつって思われるかもしれないからな」
「うぐっ!」
わかる。
まさに、おかしなことを言う痛いやつって思われていた私にとっては、すっごく耳の痛い話だ。
「俺にとっては、錦の方が珍しい。祓い屋の力は大抵が遺伝によって受け継がれるから、お前みたいに部外者で妖怪が見えるやつなんて、滅多にいないんだぞ」
どうやら私は、祓い屋から見ても相当レアなケースみたいね。別に嬉しくはないけど。
でも、今はそれより何より、お煎餅のことだ。
「瞬くんから、ボクのことをご主人様に話してほしいニャ。そしたらご主人様も、きっとわかってくれるニャ」
お煎餅が懇願するように言う。
突拍子もない話だし、人吉くんが言っても、本当に信じてもらえるかはわからない。
けど、協力してくれるなら、すっごく心強そうだ。
なのに、次に人吉くんが言ったのは、酷く無情なものだった。
「それはできない。その……お煎餅、こんなこと言ったら悪いけど、歩美にお前のことを伝えるのは、諦めた方がいいんじゃないかって思う」
「なっ──」
あまりにも突き放した言葉。これにはお煎餅も相当ショックだったみたい。
「そ、そんニャ。瞬くん酷いニャ。どうしてそんないじわるするんだニャ。ボクのこと、嫌いになったのかニャ!」
イチフサの手から飛び降り、人吉くんに向かってポカポカと猫パンチをするお煎餅。
私も、いくらなんでもその言い方はあんまりじゃないかって思う。イチフサだってそうだ。
「君、お煎餅とも知り合いだったんだろ。いくらなんでも、少し冷たすぎるんじゃない?」
「仕方ないだろ。例え歩美が俺の話を信じてくれたとしてもだ、姿も見えないし、声も聞こない。そんなんじゃ、よけいに辛いだけなんじゃないのか」
人吉くんも、決していじわるしようと思って言ってるんじゃないだろう。
表情は弱々しく、さらには、はーっと大きくため息をついた。
「実はと言うとな、力の強い祓い屋が使える術の中には、普通の人間にも、妖怪の姿を見せるものがあるらしい」
「えっ、そうなの!?」
それじゃあ、その術ってのを使えば全部解決するじゃない。そう思ったけど、そんな甘い話でもないようだ。
「ただし、その術は、妖怪本人の力を使うことになる。そっちのイチフサってやつならともかく、お煎餅みたいに力の弱い妖怪じゃ、無理なんだ」
「そんな──」
せっかく希望が見えてきたかと思ったら、あっという間に消えてしまった。しかも、話はそれだけじゃ終わらない。
「それにこれは、意味がないものとして研究が中止になった術でもあるんだ」
「意味がないって、どうして?」
「人間と妖怪は、本来住む世界が違うものだからだ。この術は、そんな奴らを無理やり引き合わせることになるが、そんなことしても無用なトラブルを生むだけだ。ほとんどの祓い屋は、そんな風に考えている」
まるで、妖怪に対して一歩も二歩も距離をとったような考え。だからさっきみたいに、突き放した言い方できるのかな。
正直なところ、人吉くんの言うことも、少しはわかった。
私だって、まだ小さかったころは、イチフサと出会う前は、妖怪をそんな風に思ってた。理解なんてできないし、むしろ見ないですむ方法があるなら、そっちの方がほしかった。
だけど、どうしてだろう。今はそんな考えが、とても寂しく思えた。
「それって、人間と妖怪は、会わない方がいいってこと? 人吉くんもそう思ってるの?」
すると人吉くんは、少しの間申し訳なさそうに目をそらして、それから改めて、お煎餅を見る。
「ああ、そうだ。って、少し前なら答えたんだろうけどな。こんな風に、知ってるやつが妖怪になるなんて、思わなかった」
人吉くんも、本当にこれでいいなんて思ってないいんだ。少しホッとして、少し切なかった。
「ごめんな、お煎餅」
「ぐずっ。瞬く〜ん!」
人吉くんに泣きつくお煎餅。それでも決して、嫌だか、何とかしてといったことは言わなかった。たぶんお煎餅も、人吉くんの言ったことを、どこかで受け入れてるんだろうな。
これで本当に打つ手なし。お煎餅の姿を見せることはもちろん、事情を話すのだって難しい。
私たちにできることなんて、もうないのかもしれない。
けど、本当にそれでいいのかな?
「あ、あのさ……」
まだ泣きついているお煎餅に、おずおずと声をかける。
もしかしたら、余計なことをしようとしているのかもしれない。せっかく答えが出たのに、わざわざ拗らせるだけかもしれない。
それでも、言わずにはいられなかった。このまま終わりなんて、そんなのは嫌だった。
「湯前さんに、何があったか話すことはできないかもしれない。けど、お煎餅の気持ちを伝えるくらいなら、できるんじゃないかな?」
思えば私は、どうしてこんなにもこの人たちにかまっているんだろう。
湯前さんはクラスメイトと言っても、昨日までほとんど喋ったこともない相手。お煎餅にしたってそうだ。
だけど、お煎餅を必死で探す湯前さんを見て、湯前さんに気づかれなくて泣くお煎餅を見て、何もしないなんてできなかった。
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