第13話 イチフサVS人吉くん
だけど、あれこれ考る暇はない。
次の瞬間、イチフサは私をグイッと引き寄せ、抱きかかえる。そして背中に羽を出現させると、そのまま宙へと舞い上がった。
「なんだか知らないけど、逃げるよ」
「そ、そうね」
何が何だかさっぱりわからないけど、このまま攻撃されたらまずい。
だけど、人吉くんは逃げる私たちを黙って見逃しはしなかった。勢いよくジャンプすると、なんと飛んでるイチフサの足にしがみつく。
「逃がすか!」
「うわっ、離れろ!」
ただでさえ、私を抱えながら飛んでいるイチフサ。そこにさらに一人ぶら下がるんだ。さすがに重量オーバーみたいで、フラフラしながら、まともに飛ぶことができなくなる。
それでもなんとか上昇していって、いつの間にか校舎の屋上くらいの高さにまでなる。するとようやく、人吉くんにも焦りが出てきた。
「お前、おろせ!」
「そっちがくっついてるんじゃないか。下りたければ手を離せば」
「ここで離したら死ぬだろうが!」
怒鳴りながら暴れる人吉くん。そんなことしたら余計に落ちそうになるんじゃなの?
っていうか、このままじゃ私まで落ちそうなんだけど!
イチフサもそう思ったんだろう。急遽飛ぶ方向を変え、屋上の方へと向かう。そしてそのまま、私たちを雑に下ろした。
「た、助かった」
イチフサに抱えられて飛ぶのはいつものことだけど、こんなに危なっかしいのは初めてだったかも。
これも、ぜんぶ人吉くんのせい。
さすがに腹が立ったけど、私以上に怒っているやつがいた。イチフサだ。
「……今の、下手したら結衣がケガしてたかもしれないよな。先に手を出したのはそっちなんだし、何されても文句はないよな」
静かにそう言い、目が鋭くなる。これは、本気で怒ってるやつだ。
だけど人吉くんも、それを見て怯んだりはしない。またもお札を構えて、戦う気十分だ。
ちょっと。妖怪と祓い屋の戦いって、どこの少年マンガよ!
だけどそんな私のツッコミは通じず、イチフサも人吉くんもやる気だ。
しかも、ここは普段立ち入り禁止の屋上。何かあっても人に見られる心配はないから、二人とも遠慮なしに戦える。
「はぁっ!」
まずは、人吉くんがお札を投げる。さっきイチフサは、これをくらってダメージを受けていたけど、今度は違う。
「風よ、起これ!」
イチフサが手をかざし、そう叫ぶ。するとその途端、突然突風が吹き、お札は全然違う方向に吹き飛ばされていった。
イチフサの得意とする術。だけど、人間相手に使うなんて初めて見た。
「俺、妖術で風を操ることができるんだよね。来るとわかっていたら、そんな札なんかに当たらないから」
「くっ──それで勝ったつもりかよ」
得意そうに言うイチフサだけど、人吉くんだって諦めちゃいない。
再びお札を取り出し、投げる。だけどさっきと同じように、すぐにイチフサの起こした風によって吹き飛ばされた。
それでも、人吉くんは何度もお札を投げ、イチフサがそれを吹き飛ばしていく。
このままだと、いつ決着がつくかなんてわからない。だけど、だけどね、その前に、私の我慢が先に限界に達した。
「二人とも、いい加減にしなさーい!」
怒鳴りながら二人の間に割って入る。片方の頬にお札がペシッと当たり、もう片方からイチフサの起こした風がブワッと吹き付ける。
これには、戦っていた二人も手を止め、目を丸くした。
「おい、危ないぞ!」
「だったら危なくなるようなことしないでよ。血気盛んなヤンキーじゃあるまいし、いきなりケンカするってなんなのよ!」
人吉くんを怒鳴りつける。学校の子にこんなこと言うなんて、普段の私からは考えられないけど、なんかもう色々ありすぎてどうでもよくなった。
そして、怒鳴る相手は人吉くんだけじゃない。
「イチフサも、無闇に風を起こさない!」
「えぇっ。だって、あれは仕方ないじゃないか」
不満そうに言うけど、私にとっては、人吉くん以上にそっちの方か問題なの。
だって、だってさ……
「あんなにビュンビュン風が吹いたら、スカートがめくれるでしょうが!」
「あっ…………」
実はさっきから、ずっとスカートがめくれないように押さえてたの!
言うのも恥ずかしかったけど、これは男子には効果があったらしい。イチフサも人吉くんも、気まずそうな顔で目を逸らしていた。
二人とも攻撃をやめたところで、ようやくまともに話ができそうだ。
「えっと、人吉くん。祓い屋って言ってたけど、それって妖怪を見ると問答無用でやっつけるような奴らなの?」
「い、いや、そんなことないぞ。俺たち祓い屋が倒すのは、祓い屋協会が人間に害を及ぼすと認定した妖怪か、悪事の現行犯だけだ」
祓い屋協会って、なんだか新しい言葉が出てきたわね。それはそうと、今の話だと、イチフサが攻撃される理由なんてないと思うんだけど。
「じゃあ、イチフサが悪いやつだと思ったってこと?」
「仕方ないだろ。だってこいつ、歩美のこと物陰からコソコソ見てたじゃないか。妖怪がそんなことする時は、たいてい、人にいらないちょっかいをかけてくるんだよ」
人吉くんの言うことも、わからなくもない。私も、イチフサが近くにいるからだいぶ減ったけど、妖怪に追い回されたり、ケガしたりしたことだってある。
だけど、今回は全くの濡れ衣だ。人吉くんも、さすがに早とちりが過ぎたと思ってるみたいで、バツが悪そうな顔をする。
さらに、それに追い打ちをかけるようにイチフサが言った。
「そういえば、俺の住んでる妖怪の里と祓い屋協会は、盟約を結んでるって聞いたよ。里の妖怪が人間に害をなすようなら、祓い屋協会に引き渡す。そのかわり、祓い屋協会は里の妖怪に無闇に手を出さないってね」
「な、なに?」
盟約って、そんなのあるの!?
さっきから情報量が多いんだけど。
イチフサが住んでる山の名前を出すと、人吉くんは、さらに気まずそうになる。盟約とやらのこと、人吉くんにも心当たりがあるみたい。
「どうしてそれを早く言わなかったのよ」
「だって、言う暇なんてなかっただろ。それにこういうのは里の中枢の人たちが決めてるから、俺はよく知らないの。祓い屋だって、会ったのはこれが初めてだよ」
とにかく、これで人吉くんと戦う必要はなくなったわけだ。
「け、けどな、俺にだって言い分はあるぞ。あの山の妖怪が、どうしてこんな所にいて、歩美のことをジロジロ見てたんだよ。それに、錦。こいつと知り合いみたいだけど、どういうことなんだ?」
まあ、気になるわよね。
黙っておいて、また揉めたりしても面倒そう。私のこと。イチフサのこと。それに、どうしてわざわざここにやってきたか。全部を一から説明しておいた方がよさそうね。
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