第12話 人吉くんって何者!?

 お煎餅と出会った翌日、私は憂鬱な気持ちで学校の門を潜った。

 なんだか胃が痛い。もしも休んでいいって言われたら、間違いなく休んでいたと思う。


「へえー。ここが結衣の通っている学校かあ」

「ご主人様、いるかニャ? 早く会いたいニャ」


 胃を痛くする原因二人は、私の憂鬱なんてまったく気にしてない様子。

 特にイチフサ。あんた、ただ面白がって来たんじゃないでしょうね。


「二人とも、くれぐれも勝手なことはしないでね。大きな声で騒がない、むやみに物をいじらない。わかった?」

「大丈夫だよ結衣、お煎餅の面倒は、俺がしっかり見るからさ」

「アンタも心配なのよ」


 大きな不安を抱えながら、教室へと向かう。

 湯前さん、どうしてるかな。そう思って彼女を探すけど、その姿は見当たらない。


「まだ登校してないのかな?」

「誰か、湯前さんと仲のいい人に聞いてみたら?」

「それは嫌」


 嫌と言ったけど、本当のところは、やりにくいって言った方が正しいかも。

 クラスの子に話しかけるってのは、私にとってはハードルが高いの。


 そんな私のためらいは、イチフサにはバレバレだったみたいだ。


「結衣、俺や山の妖怪やお煎餅とは普通に話せるんだし、人間相手でも同じなんじゃないの?」

「うるさいわね。そう単純な話でもないのよ」

「あ、あの窓際の席の子なんてどうかな? なんだか人懐っこそうな顔してるし、ちょっと声をかけてみるたら?」

「アンタはナンパ相手を探しているチャラ男か。声なんてかけないんだから! っていうか、教室では話しかけないでよ。みんなの目には、私が独り言を言っているようにしか見えないんだからね」


 めいっぱい釘を刺して、イチフサもようやく大人しくなる。

 この前もそうだったけど、イチフサ、私に友達がいないことを気にしてるみたいなのよね。余計なお世話よ。


 それはそうと、一応、湯前さんと仲のいい人はいないか教室の中を探してみる。

 真っ先に浮かんだのは、人吉くん。昨日湯前さんが彼のことを下の名前で呼んでたし、間違いなく仲はよさそう。


 そんなことを考えながら、人吉くんを見つける。するとそのとたん、なぜか彼と目が合った。

 どういうわけか、人吉くんは驚いたように目を見開いて、まっすぐにこっちを見つめていた。


(な、なに? 私、なにかした?)


 思わず身構える。

 けどその時、それまでイチフサが抱っこしていたお煎餅が、突然その手から下りて叫んだ。


「あーっ! これ、ご主人様のリュックだニャ。ご主人様、もう来てるニャ。きっとボクのこと探してるニャ!」


 お煎餅はそう言って、教室の後ろにある荷物棚を指す。

 昨日湯前さんには、お煎餅っぽい子を学校近くで見かけたって話しているから、今も探していても不思議はないかも。


 するとお煎餅。今度は、あっという間に教室を飛び出していく。


「ご主人様、今いくニャ!」


 ああ、もう。勝手なことしないでって言ってたのに!

 イチフサもイチフサよ。お煎餅を抱っこしてたんなら、そう簡単に離さないでよね。


 こうなったら、放っておくわけにはいかない。私達も教室を飛び出し、お煎餅を追いかける。


 幸い、湯前さんはすぐに見つかった。人気のない中庭で、思った通り、お煎餅を探しているようだった。


「ご主人様ーっ!」


 お煎餅がすぐさま駆け寄ってじゃれつくけど、相変わらず、湯前さんはそれに気づかない。

 すぐそばにいるってのに、お煎餅を探し続けている。


 そして私は、少し離れた場所からそれを見ているしかなかった。

 放っておけないって思っても、何て声をかけていいかなんてわからない。


「ねえ、どうすればいいと思う?」

「うーん。お煎餅は妖怪になったなんて言っても、信じてもらえそうにないからね」


 イチフサに聞いてみるけど、いい考えなんてなくて、ため息をつく。

 するとその時、そんな私たちの後ろから、不意に声がした。


「────おい」

「えっ──!? ひ、人吉くん?」


 振り向くと、そこにいたのはさっき教室で見かけた人吉くん。

 どうしてここに? なんて思ったけど、それからすぐに、まずいことに気づく。

 今のイチフサとの会話、聞かれたかもしれない。妖怪の姿が見えない人から見たら、やたら独り言を言う変なやつって思われるかも。

 つーっと、嫌な汗が背中を流れる。


 だけど次に人吉くんが言った言葉は、もっとずっと衝撃的なものだった。


「どうして妖怪がこんなところにいるんだ。歩美のことを見てるが、何をするつもりだ」

「へっ?」


 険しい目で睨みつける人吉くん。その視線の先にいるのは、イチフサだ。

 まさか人吉くん、イチフサのこと見えてるの!?


 さらに人吉くんは、少しだけ私に顔を向けて、言う。


「おい、お前。ええと……な、名前、なんだっけ?」

「あっ、私? 錦結衣って言うんだけど……」


 人吉くん。私の名前知らなかったのね。まあいいけど。


「錦、お前もその男が見えるんだよな。だったら離れろ。そいつは人間じゃない、妖怪だ」


 やっぱり。人吉くんにはイチフサが、つまりは妖怪が見えている。

 それは、私にとって信じられないこと。だって今まで、私以外に妖怪が見える人間なんて見たことなかった。


「へぇ。俺のことが見える人間なんて、結衣以外に初めて見たよ」


 驚いたのはイチフサも同じだ。と言っても、この時点では警戒してるって雰囲気じゃなくて、むしろ興味津々って感じ。だけど、人吉くんは違った。


「近寄るな。お前いったい何者だ? いや、さっさと退治すればどうでもいいか」


 そう言ったかと思うと、人吉くんは、懐からなにやら紙の束を取り出した。あれは、お札だ。

 そしてそのお札を、イチフサめがけて投げつける。


 するとどうだろう。お札は紙を投げたとは思えないスピードで飛んでいって、イチフサに命中する。そのとたん、イチフサの体が弾かれたように仰け反った。


「痛っ! これって、妖怪退治用の札じゃないか。何するんだよ!」


 妖怪退治の札!? そんなのあるの?

 初めて見るけど、妖怪や幽霊が出てくるマンガでも、お札を使って攻撃するのはたくさんあるし、どういうものかはだいたいわかる。でも、なんでそんなの持ってるの?


「人吉くんって何者?」

「俺か? 俺は祓い屋だ!」


 祓い屋?

 聞き慣れない言葉だけど、昔イチフサが言ってた気がする。たしか、私みたいに妖怪が見える人たちで、悪い妖怪をやっつけることもあるんだっけ。

 もしかして、イチフサを悪い妖怪だと思ってるの!?

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