第11話 お煎餅、ショック!

「お煎餅、お前はもう死んでいる」


 イチフサの言葉に、お煎餅の表情が凍り付く。

お煎餅が妖怪になった原因を探るため会いに来たんだけど、今までの事情を説明したところ、彼が言ったのがこれだった。


「ちょっとイチフサ。いきなり何を言い出すのよ?」


どういうことかさっぱりわかんないけど、そんなこと言われたらお煎餅だってショックだ。

今にも『ガーン』って効果音が聞こえてきそうなくらい、驚いたまま固まってる。


「死んでるって、じゃあここにいるお煎餅は幽霊なの?」

「いいや。幽霊じゃなくて妖怪だよ」

「似たようなものでしょ」


幽霊も妖怪も、同じオカルトの仲間じゃない。そう思ったけど、イチフサにとってはこの二つは、全然違うみたい。


「幽霊っていうのは、この世に未練や恨みがあって成仏できない死者が、実態を持たずに現れること。妖怪は、妖力っていう力を持った存在のこと。例えば、俺の先祖は色が白いだけの普通のカラスだったけど、それが妖力を得たことで妖怪になったらしい。生き物以外にも、物が妖力を得て妖怪になったり、この世に漂う人の思念と妖力が結びつくなんてこともあるんだよ」


うーん。よくわからないけど、つまりその妖力ってのを持てば、いろんなものが妖怪になるのよね。


「じゃあ、このお煎餅も、その妖力ってのを授かって妖怪になったのよね。どうしてそんなことになったのよ」

「そうだね。そもそも妖力っていうのは、この世界に漂うエネルギーみたいなものなんだけど、それは人や物が持ってる念や意思みたいなのに引き寄せられるって言われてるんだ。そして生き物は、命を落とす時、強い念を発することがある。この子が死んだ時に出した念が妖力を引き寄せ、妖怪になった。猫又みたいな動物の妖怪は、たいていそんな風に生まれるんだよ」


 ええと、つまりお煎餅は、死んで幽霊になったんじゃなくて、死んだ時に妖力を得て妖怪になったってこと?

何だかあんまり変わらないような気がするけど。


お煎餅にしても、自分が幽霊か妖怪かなんてのは、どうでもよくて、それより自分が死んだってことの方がよっぽどショックだったみたい。


「そ、そんな。ボクはちゃんと生きてるニャ。心臓だって、しっかり動いてるニャ」

「一度死んで、妖怪に生まれ変わった状態でね。こうなる前に、死ぬような心当たりってなかった?」

「そ、それはだニャ……」


そういえばお煎餅って、こう見えてけっこうな高齢なんだっけ。しかもさっき聞いた話じゃ、こんなことになる前に、ぐったりしていた時があったって言ってた。もしかすると、その時に命を落としたのかも。


どうやらお煎餅にもその自覚はあったみたいで、目に涙を浮かべながら、力無く崩れ落ちていた。


「元気出しなって。そりゃ猫としてのお前は死んじゃったかもしれないけど、記憶も心も引き継いでるだろ。だったら、ただ死ぬよりも、猫又になれてラッキーくらいに思えばいいじゃないか」


イチフサがそういって慰めるけど、それもそうかって切り替えられるほど、お煎餅のショックは軽くない。


「ちっともラッキーじゃないニャ!これじゃ、もうご主人様には気づかれないままだニャ!」


 そうよね。

悲しいのはお煎餅だけじゃなくて、湯前さんだってそう。あんなに心配していたのに、すぐ近くにいるお煎餅に気づくこともできない。きっと、今もどこかを探してるんだろうな


「ねえイチフサ、何とかならないの?」

「そう言われてもね。実はこういうこと、結構よくあるんだよ。猫は死ぬとき、自分の姿を見せないって話、聞いたこと無い? あれは姿を隠すんじゃなくて、妖怪になって人間からは見えなくなったってことが多いんだ。普通の人間は妖怪が見えないってのは、結衣もよく知ってるだろ」


確かに。それじゃ、本当にどうしようもないのかな。


「さっき湯前さんに、お煎餅のこと見たって言っちゃったけど、それも見間違いだったって言った方がいいかな。湯前さん、あの様子だといつまでも探し続けそう」


 もっとも、それで探すのを止めるかどうかはわからないけど。だけどいくら必死になって探しても、絶対に見つかることはない。


なんとかして諦めさせるべきか、それとも、ムダだとわかっていて、気のすむまで探させるべきか、どっちがいいかなんてわからなかった。


すると悩む私を見ていたイチフサが、とんでもないことを言い出した。


「よし。それじゃあ、とりあえず俺もその湯前さんって人を見て、何かできることないか考えてみるか」

「へっ?」


まさかの発言に、思わず目が点になる。


「湯前さんを見にって、学校に来る気!?」

「ああ。ここまで話聞いたら、知らん顔なんてできないからね」

「ダメ! あんたが来たら、何か騒ぎを起こしそう!」


慌てて止めるけど、それで、じゃあやめようって言うイチフサじゃない。


「ひどいなあ。俺がそんなヘマをするように見える? だいたい、人間には俺の姿が見えないんだから、騒ぎなんて起きようがないじゃないか」

「そ、そりゃそうだけどさ……」


それでも何か嫌な予感がするのは、私の思い過ごしだろうか。

さらに、お煎餅もそれに乗っかってくる。


「もちろんボクも行くニャ。たとえボクの姿はご主人様に見えなくても、そばにいたいニャ」

「よーし。それじゃ、二人で会いに行こうか」


本当に大丈夫?

やる気を出す二人を見れば見るほど、嫌な予感が増してくる。


さらにさらに、それからイチフサは、聞き捨てならないことを付け加えた。


「それに、結衣が普段学校でどんなことしてるか見たいしね」

「ダメーーーーっ!」


そういうところが不安にさせるの! だいたい、ボッチで陰キャな私の学校生活なんて、絶対に見せたくない。


 けどいくら私が抗議しても、こうなったらイチフサは止まらない。この自由奔放さに、何度振り回されたかわからないんだから。

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