第9話 クラスのリア充組
イチフサと一緒に夏祭りに行った翌日。私は、通っている中学の教室で、一人席についていた。
教室には他の生徒もたくさんいて、授業開始前の今は、たいていの人が仲のいい友達とお喋りしてるけど、私は何をするでもなく、本当にただ、席についているだけだ。
イチフサに言ったように、小学生の頃から続くボッチのベテランである私にとって、これが基本のスタイル。たまに本を読むこともあるけど、今日はどうにもそんな気分にはなれなかった。
その理由は、昨日のイチフサと話したことが、どうにも心に引っかかってるから。
友達はできたかって聞かれて、とっさに嘘をついて、そのせいで本当は寂しいんだってのを、思い知らされたような気がした。
せめて、私から何か話しかけることができたら、少しは変わるのかな?
ふと、そんな考えが頭をよぎる。
けれど、長年のコミュ障を舐めてはいけない。なにしろどんな話をすればいいかなんて、全くわからない。
イチフサとならゲームやマンガの話をすることもあるけど、そういうのって同じ趣味でないと話が合わない気もする。
あと、イチフサと話すことといえば、妖怪の話とか、私を抱きかかえて空の散歩をした時の感想とかかな。うん、なんの役にも立たないわね。
やっぱり、話しかけるなんてないわ。
なんて思っていると、教室の一角で、一際大きな声が上がった。
見るとそこでは、数人が寄り集まって、何やら話に夢中になっている。そしてその中の何人かは、知ってる人だった。
いや、同じクラスの人なんだから、知ってて当然、なんて言わないでよね。この中学校に入って数ヶ月。ほとんど会話のない毎日を送っていた私には、顔と名前がすぐに思い出せないって子も結構いるの。
なのにすぐに思い出せたのは、その子たちが普段から何かと目についていたからだ。
(湯前さんに、人吉くん。このクラスの、男女それぞれのリア充枠ね)
湯前歩美さんと、人吉瞬くん。
どこの学校、どこのクラスにも、目立つポジションの人はいるけど、この二人はまさにそれ。
それぞれ美少女やイケメンと言っていい容姿で、たしか湯前さんは成績優秀、人吉くんはスポーツ万能で、騒がれていたことがある。本人が意識してるかどうかに関わらず、自然と中心になっている、そんな人たち。
要するに、私とはまるで住む世界が違う人たちだ。
ああいう人たちには、私みたいな一人寂しくすごすやつの悩みなんて、わからないだろうな。
なんて思うのは、さすがに卑屈すぎるかな。
だけど、よくよく見ると気づく。みんなの中心にいた湯前さんが、浮かない表情をしていることに。何か悩んでるような、不安がってるような、そんな顔だ。
それに周りの人を観察しても、決して明るい雰囲気って感じじゃないよな気がした。
(なに……?)
なんとなく、何を話しているのか気になって、思わず耳をすませる。けど、すぐにやめた。
(私には関係ない話だし、そもそも盗み聞きなんてするもんじゃないわよね)
私とは住む世界が違うような人たちのことなんて、知ってもどうにかできるなんて思えない。それに、聞き耳立ててるなんてことがバレたら引かれるかもしれない。
いくらボッチで友達ゼロでも、引かれて平気なんてことはないんだからね。むしろ、相当ダメージを受けそう。
そんなことを考えていると、授業開始のチャイムが鳴り出し、教室に先生が入ってくる。
当然、湯前さんたちのお喋りも自然と終わりになって、授業を受けているうちに、さっきの出来事も、だんだんと忘れていくのだった。
そうして時は流れ、その日の放課後。
ちなみに今日、学校に来てから、喋った回数はほぼゼロだ。
誰かに声をかけることでもできたら、少しは変わるか。今朝、そんなことをチラリと考えていたけど、声をかけるどころか喋るのでさえゼロなんだから、やっぱりこんなの、考える意味すらないわよね。
自分がコミュ障だってこと、再認識しただけじゃない。
なんだかムダにショックを受けたところで、いい加減家に帰ろうと、そそくさと教室を後にする。
それから学校を出て、近くの道を歩いている時だった。そこで、おかしなものを見つけたのは。
道の脇に、バスの停留所がある。バスが来るまではまだ時間があるみたいで、人はほとんどいない。
ただ、そのそばにあるベンチに、身を屈ませながら、下を覗き込んでいる誰かがいた。
(あの人、何やってるの?)
丸まってモゾモゾと動いてるもんだから、一瞬妖怪かと思った。
けどよく見たら、どうやら人間っぽい。しかも、顔は見えないけど、着ている制服からして、私と同じ中学の女子生徒っぽい。
けど、いったい全体、何をやってるの? 財布でも落として、探しているのかな?
そんな風に思っていると、その人は何やら奇妙なことを言い始めた。
「お煎餅、お煎餅~」
な、何なの!?
わけがわからずギョッとする私に気づきもせず、その子は彼女は相変わらず、奇妙な言葉を繰り返してる。
「お煎餅、お煎餅~」
お煎餅って、お菓子のお煎餅だよね? 財布じゃなくて、お煎餅を探してる?
けど、例えお煎餅を落としたとしても、普通こうまで必死になって探したりはしないわよね。
これは、関わらない方がいいのかも。
そう思って立ち去ろうとするけど、そんな私に、また彼女の声が届く。
「お煎餅、お煎餅~」
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