第7話 蛍を見に行こう

 そんなこんなでかき氷を食べ終えて、ご満悦のイチフサ。

 それから、こんなことを言い出した。


「近くに蛍の綺麗な場所があるけど、見に行く?」

「行く」


 するとイチフサ、大きく羽を羽ばたかせ、夜空を一気に進んでいく。向かう先は、私たちが待ち合わせしていた山のすぐ近く。そこに、小さな小川が流れていた。


 イチフサが地面に降り立ち、抱えていた私を下ろす。小川を眺めると、イチフサの言ってた通り、何匹もの蛍が瞬いていた。


「きれい──」


 蛍なんて昔はどこでも見ることが出来たらしいけど、こんな田舎でも、最近ではだんだん見なくなってるって聞く。

 私は屈みこむと、蛍に向かってそっと手を伸ばす。近寄ってきた蛍の光で、手の平が緑色に照らされた。


「気にいった?」

「まあ、イチフサにしては悪くないじゃない。まるで……」


 そこで私は口にしかけた言葉を呑み込む。まるでデートみたい。そう言いそうになっていた。


 だけどそんなの言ったら、何だかイチフサのことを異性として意識しているみたいになる。そんなの恥ずかしくて、絶対言えない。


 そんなことを思っていると、近くの茂みがガサガサと音を立てて動く。

 なに? 目を向けると、そこからおかしな姿をし奴らが現れた。


「あっ、いたいた。イチフサ様〜、結衣さん〜」


 それは、小さいサイズの妖怪たちだった。一反木綿に、豆狸に、カワウソ。

 そいつらは私たちを見かけたとたん、わらわらとこっちにやってくる。目当ては、イチフサの持っている、袋に入った食べ物だ。


「おぉっ、これがお祭りグルメ!」

「どれもおいしそう」

「食べたい食べたい!」


 この子たちは、イチフサと同じく、あの山に住んでいる妖怪だ。


 そしてイチフサがあんなに大量の食べ物を買ったのは、この子たちに食べさせるためでもあったんだ。


 なのにイチフサは、この子たちを見たとたん、ちょっぴり残念そうに言う。


「みんな、山で待ってろって言ってただろ。せっかくのデートを邪魔するなんて、野暮なことしない」

「な、何がデートよ! そんなんじゃないでしよ!」


 こいつ、私が恥ずかしくて口に出せなかったこと、あっさり言った!

 もう。そんなこと言われたら、どうすればいいかわからなくなるじゃない!


 動揺を隠すように、イチフサから袋のひとつを引ったくり、その子たちに差し出す。

 イチフサも本気で気を悪くしてたわけじゃないみたいで、他の袋を開けては、食べ物を取り出していた。


「わ、我々も、食べ物のためだけに来たわけではないのですよ。イチフサ様が山を離れるのが心配で、大丈夫かと様子を見に来たのです。それはそうと、これ、食べていいですか?」

「いいよ」

「やった!」


 そのとたん、一反木綿たちは我先にと掴み取り、すごい勢いで食べ始める。


「相変わらず、凄い食べっぷりね」


 この子たちに食べ物をあげたことは何度かあるけど、いつもいつもものすごくおいしそうに食べている。


「どれもこれも、妖怪の世界にはない食べ物ばかりだからね。みんなにとってはご馳走だよ。もちろん、俺にもね」


 イチフサはそう言うと、自分もベビーカステラをひとつつまんで口に入れた。


「イチフサ様、結衣さん、買ってきてくれてありがとうございます!」


 一反木綿が、食べながらお礼を言う。ちなみにこの子たちがイチフサのことを様なんてつけて呼んでいるのは、イチフサがあの山の中では、かなり上の立場にいる妖怪だかららしい。


 けどそのおかげか、この子たちもイチフサの知り合いである私のことは慕っていて、こうして懐かれている。


 ふと右手にはめた腕輪に目をやった。以前、イチフサにもらった、木のツタで作った妖怪除けの腕輪の、バージョンアップ版だ。

 最初私がダサいって言ったのが嫌だったらしく、何度も作り直した結果、最近じゃ葉っぱや木の実で飾り付けられていて、それなりに見栄えのするものになっているんだけど、最近じゃ、わざわざ妖怪よけをする必要もあまりないかも。


 もちろん、妖怪の中には相変わらず怖いやつもいて、簡単に気を許しちゃいけないって、今でも思ってる。

 けどイチフサやこの子たちのように、そうじゃないやつもいる。


 妖怪とこんな風に楽しくすごすなんて、昔は考えもしなかったな。


 自分用に買ったりんご飴を食べながら、そんなことを思う。

 だけどその時、それまで食べるのに夢中になってたイチフサが、不意にこんなことを言ってきた。


「そう言えば結衣、中学では、他の子たちとうまくやれてる?」


 その瞬間、凍りついたように、私の表情が固まった。

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