第6話 お祭り再び

 長い回想を終え、改めて、私を抱えながら飛ぶイチフサ を見る。

 初めて出会ってからもう三年。今や私も中学一年生だ。

 出会った頃は、こんなに長い付き合いになるなんて、思ってもみなかった。


「結衣、そろそろ下りるよ」


 イチフサはそう言うと、高度をどんどん下げていき、ゆっくりと地面に降り立った。ここまで来れば、夏祭りをやってる神社まではもう少しだ。


 少し歩くと、やがて件の神社が見えてきた。


 境内には、色とりどりの電飾で施された屋台が並び、やってきた人たちが楽しそうに騒いでる。

 イチフサもその中の一人だ。


「綿菓子食べたい。あと、かき氷にリンゴ飴にイカ焼き」


「かき氷食べたい。あと、綿菓子とイカ焼きとフランクフルト」


 まるで子供のように、自分の食べたい物をあれこれ催促してくる。こんなとこは、初めて出会った頃からちっとも変わっていない気がする。


「はいはい。それじゃ買ってくるから、ここで待ってなさいよ」


 イチフサは神社に入ることができないし、人間には姿が見えないから、ものを買うこともできない。だから彼の食べたいものは、全部私が買ってくることになる。


「あっ、そうだ。支払いには、これ使って」


 そう言うとイチフサは、懐からサイフを取り出し、私に手渡した。中にはもちろんお金が、人間のお金が入ってる。


「前から思ってたけどさ、妖怪のアンタがどうして人間のお金を持ってるわけ? 落ちてるのを拾ったとかじゃないんでしょ」


 イチフサが、あれが食べたい、これが欲しいって言い出して、わたしが買いに行くってことは、今までにも何度かあった。

 その度にイチフサは、こうしてどこからかお金を持ってきている。


「妖怪には妖怪の稼ぎ口があるんだよ」


 稼ぎ口って、イチフサ以外の妖怪は、わざわざ人間のお金を稼いだって使い道があるとは思えないんだけど。


 不可解なのは、それだけじゃない。


「買ってきてほしいものは、メッセージを送っておいたから。わからないのがあったら電話して」


 イチフサはそう言うと、なんとスマホを見せる。実はこいつ、こんな文明の利器まで持ってるのよね。


 彼曰く、これも妖怪専用の裏ルートで手に入れたらしい。

 妖怪の世界、色々と謎だ。


 しかもコイツ、通話やメッセージだけでなく、ゲームや漫画サイトのアプリまでとっているのよね。


 最初は人間の字なんて読めなかったのに、自分でマンガを読めるようになりたいって言って必死に勉強して、今では完璧にマスターしている。

 スマホも私よりもはるかに使いこなしているし、実はけっこう頭いいのかも。


 とにかくイチフサからお金を受け取り、一人で境内の中に入っていって、欲しいって言ってたものを片っ端から買っていく。


「えっと、綿菓子にかき氷にフランクフルトでしょ。チーズハットグにりんご飴に、ベビーカステラもあったわよね。って、どれだけ買えばいいのよ!」


 わかってたけど、買うもの多すぎ。お金は問題ないんだけど、こんなに買ったら時間がかかるし、全部揃える頃には、両手はぶら下げた袋でいっぱいになってた。

 かなり重いんだけど!


 フラつきながらも全部買い終わって、イチフサと別れた場所に戻ってくる。

 すると私を見るなり、いや、私が持ってる食べ物たちを見るなり、イチフサは目を輝かせて駆け寄ってきた。


「おぉっ、どれもおいしそう」


 お祭りフードに大興奮のイチフサ。コイツが犬なら、シッポをパタパタとふっているところだと思う。


「いいから、持つの手伝ってよね。って言うか、全部持ちなさい!」

「ごめんごめん。重いのにごめんね。それに、ありがとう」


 袋をひょいと抱えると、早速、袋の一番上に乗ってたアメリカンドッグにかぶりつく。

 こうしていると、何だか私は、イチフサを餌付けしているような気分になってくる。


 私も自分用に買ってきたフライドポテトを袋から取り出す。祭囃子を聞きながら、それぞれ自分の分を口へと運ぶ。


「そういえば結衣。一人で並んでて、ナンパになんてあわなかった?」


 イチフサがアメリカンドッグを食べ終えたところで、急にそんな事を聞いてきた。


「はぁ? そんなことあるわけないでしょ。何言ってるのよ」

「そんなのわからないじゃないか。こういうところは浮かれたやつが多いって言うし、結衣は可愛いからね。気をつけなよ」

「んなっ!────ゲホッゲホッ!」


 なに変なこと言ってるのよ! おかげで、フライドポテトを喉につまらせちゃったじゃない!


「おかしなこと言わないでよね。私がナンパされるなんてありえないから」

「そうかな。俺がナンパするなら、絶対声かけるけど」

「まずナンパをするな。だいたい、私以外にはアンタの姿なんて見えないでしょ」


 そういう意味では、私に声をかけるってのも、ある意味納得だ。他に選択肢がないからね。

 けどそんな特殊例でもないかぎり、わざわざ私に声をかける物好きがいるなんて思えない。


 そんなの、学校での自分を思い出せば、嫌でもわかる。


 なんて思ってたら、道の先から、なんだか見覚えのある顔が歩いてくるのに気づく。

 同じ学校のクラスメイトだ。


(どうしよう)


 その子達を見て、ドキリとする。今の私は、ずいぶんとめかしこんだ浴衣姿。しかも、みんなにはイチフサの姿は見えないから、一人で無駄に気合いの入った格好をしてるってことになる。

 そんなの見られて、笑われたらどうしよう。


「どうしたの、結衣?」


 急にソワソワしたした私を見て、イチフサが不思議そうに首を傾げる。

 そうだ。こういう時こそ、こいつの出番だ。


「イチフサ、今すぐ私を抱えて飛んで」


 会うのが嫌なら、イチフサに飛んでもらって、空の上に逃げればいい。

 けど私が焦ってるってのに、イチフサは呑気なものだ。


「いいけど、なんで急に?」

「いいから、早く!」

「わかった。でも、今かき氷食べてるからちょっと待って。早く食べないと、溶けちゃうからね」

「そんなの後にして。飛んでくれたら、その間私があーんして食べさせてあげるから!」

「えっ、ほんと!?」


 そのとたん、イチフサの目がキラリと光った。そして次の瞬間、持ってたかき氷を素早く私に手渡すと、パパっと背中に羽を出現させる。そしてあっという間に体ごと抱きかかえ、大空へと舞い上がった。


「どう、結衣。飛んだよ。約束通り、あーんしてよね」


 こいつ、そこまでして私に食べさせてもらいたいの? 自分で言ったこととはいえ、ちょっと引くんだけど。

 まあ、言っちゃったものは仕方ない。渡されていたかき氷をスプーンですくって、イチフサの口元まで持っていく。


(あれ? これって、けっこう恥ずかしいかも)


 なんだか顔がカッと熱くなって、構えたスプーンがフルフルと震える。一方イチフサは、そのスプーンを何のためらいもなくパクリとくわえた。


「おいしい」


 そして、満面の笑み。こんなにも躊躇なくやられると、恥ずかしがってた私がバカみたいなんだけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る