第4話 イチフサからの贈り物
薄暗い山の中を、私は全力で走っていた。
その理由はただ一つ。背後から迫ってくる、猿のような姿の妖怪から逃げるためだ。
「ええい、しつこい!」
妖怪の中には、私が見える奴だと分かると、何かと興味を持って騒ぎ出すやつらが何人もいた。目が合った時、声を上げた時、奴らは珍しそうに私を眺め、時に手を出してくる。血気盛んなヤンキーじゃあるまいし、暇なの?
チラリと後ろを振り返ると、猿の姿をした妖怪はもうすぐそこまで迫っていた。
どう見てもあいつらの方が早い上に、背中に背負ったリュックが重くて、これ以上走るのは相当キツい。
おまけに、いつの間にか猿の妖怪の数は、三体に増えていた。
「嘘でしょ!」
絶体絶命。
もしこのまま奴らに掴まったらどうなるか。そう思うと、さすがにあせる。だけどそんな追いかけっこも、間もなく終わりを迎えた。
「離れろ!」
そんな声と共に、突如現れた人影が私と猿たちの間に割って入った。
「イチフサ!」
思わず彼の名前を呼ぶ。ついこの前、この山で出会い、私に友達になろうと言ってきた、変な妖怪。イチフサだ。
イチフサは、私を庇うように前に立ち、追ってきた猿達を睨む。
「引いてくれるか。この子は俺の友達なんだ」
それを聞いて、驚く猿達。それぞれ顔を見合わせながら、なにやらザワザワと話している。
だけどそれだけじゃ終わらない。
その時、急に突風が起こったと思ったら、猿達だけをピンポイントに狙って吹き付ける。
「もう一度言うぞ。引いてくれるか」
イチフサが、今度はさっきよりも言葉を強めて言う。
この風は、イチフサがおこしたものだ。カラスの妖怪であるイチフサは、風を自在に操るっていう、人では決して持つことのできない力を持っていた。
するとそれに驚いたのか、猿達は一斉にその場からいなくなってしまった。
(助かった)
ホッと胸を撫で下ろすと、今まで背中を向けていたイチフサが、こっちに向き直る。
「結衣、大丈夫だった? 怖かっただろう」
私を安心させようとしてるのか、笑顔で寄ってくるイチフサ。だけど私は、そんな木葉彼の頭に向かって軽く手を振り下ろしてやった。
「痛っ!いきなり何するんだよ!」
「うるさい。そもそもあいつらに追っかけられたのは、イチフサがなかなか来なかったせいなんだからね」
私が今日ここに来たのは、元々イチフサと会う約束をしていたからだ。場所は私達が初めて出会ったあの社。時間はお昼過ぎという約束だった。
なのにイチフサはなかなか来なかった。しかも、一人で待っていて退屈しているところにさっきの猿の妖怪が通りかかって、ふとしたことから私が見える奴だと気づかれ、追いかけられ、今に至ったというわけだ。
「あんたが遅れずに来たら、こんな事にはならなかったんだから」
「待ってよ。約束したのは昼過ぎで、細かい時間なんて決めてなかったじゃないか。だいたい、俺達は人間と違って大まかな時間しか分からないんだからさ」
「女の子と待ち合わせしたんだから、早く来るのが常識でしょ!」
イチフサの頭を、もう一度殴る。とは言っても何も本気で殴っているわけじゃない。
イチフサが遅刻したりふざけたりしたら、私がギャーギャー騒ぐ。初めて会ってから今までの短い間に、なんどそんなやり取りがあっただろう。
これは私達にとって、一種のじゃれ合いのようなものだった。
「それにしてもさっきのアイツら、よく引いてくれたわね」
イチフサの登場で、逃げていった猿型の妖怪達。だけどもしケンカになったら、人数差もあるし、イチフサが勝てたとは思えないんだけど。
「俺はこの山の妖怪の中でも、歴史と権威のある家系の生まれだからね。他の妖怪もあまり手出しはできないんだ」
イチフサがそう言って胸を張る。妖怪の世界のことなんて知らないけど、要は偉いってことみたい。
「だったらその偉い立場を使って、妖怪達が私に絡んでこれないようにしてくれない?」
これは、冗談半分で言ったこと。たけど、意外にもイチフサはそれに頷いた。
「ああ。今日結衣を呼んだのも、半分はそのためだったんだ。これを見て」
そう言って木葉が見せたのは、木のツタを編み込んで作った腕輪のようなものだった。何だか造りが雑でみすぼらしい。
「なにこれ? つけてると幸運が舞い込むとかの霊感商法的なグッズ?」
最近テレビでそういうニュースを見た。ご利益を信じてお金をつぎ込んでいた人が騙されたと言っていて、かわいそうだった。
「違う、最近覚えた妖術で作った腕輪だよ!ちゃんとご利益あるよ! いい。これには俺の力が込められているから、この山の妖怪ならそれに気づいて、迂闊に近寄ってくることは無くなるはずだ。それに、これを付けていていると、もし結衣に何かあったら、俺にもそれがわかるようになる」
「そうなんだ」
こんなものを付けたからってどうしてそんな事になるのか、理屈はさっぱり分からない。
けどさっきの風を起こす力みたいに、妖怪は魔法みたいなことができるし、本当なのかも。
それなら、確かに持っていて損はない。
「これ、もらっていいの?」
「もちろん。そのために作ったんだから」
そう言われて、早速その腕輪を付けてみる。少しサイズが大きいと思いながら腕を通すと、その途端ツタはキュッと引き締まり、ピッタリと腕に装着された。
「どう?」
イチフサが期待を込めためで私の言葉を待ってるけど、妖怪パワーを感じるわけでもないし、どうって言われてもよくわからない。
感想といえば、見た目についてくらいだけど……
「ダサい」
ご利益はあるかもしれないけど、見た目はただ腕にツタを巻き付けただけ。可愛くもカッコよくもない。
「ダサい……そんなに……」
あ、イチフサが落ち込んでる。せっかくくれたのに、悪いこと言ったかな。
「ねえ、木葉。本当にこれをつけていれば妖怪に襲われることは無いのよね?」
「うん。それは保証する」
「私がつけてるのを見て、まんまと騙されて、あんなダサいのつけてるって笑ったりはしないわよね?」
「しないよ!って言うかそんなに言うほどダサい?」
「ダサい」
悪いけど、ダサいのだけはどうしようもない。だけどこれで妖怪に絡まれることが減るなら、つけててもいい。
それに何より、イチフサが私のためにわざわざ作ってくれたというのが嬉しかった。
「まあ、本当に効果があるって言うんならもらっておくわ。ありがとう」
それを聞いたイチフサは、とたんに顔を明るくさせる。
そしてそれから、思い出したように言った。
「そうだ。ところで結衣、あれは持って来てくれた?」
イチフサは、私が背負っているリュックに、ワクワクしたような視線をそそいでいる。
「心配しなくても、ちゃんとあるわよ」
実は今日会う約束をした時、イチフサからあるものを持ってきてほしいと頼まれてたのよね。
リュックからそのあるものを取り出して、イチフサに見せる。
そのあるものとは……
「はい、マンガ」
「おぉーっ!」
そう。イチフサが持ってきてほしいって頼んだのは、マンガ本だった。
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