第3話 初めての友達

「起きて!ねえ起きて!」


 涙目になりながら、何度も呼びかける。すると、今まで全く動かなかった手が突如伸びてきて、私の体を掴んだ。


「捕まえた」


 そう言ってその子はにっこりと笑った。そこでようやく、今までのはただ死んだふりをしていただけということに気づく。


「びっくりしたな。もう突き飛ばしたりしないでよ」


 こっちは本気で心配したってのに、からかうように笑う彼を見て、今までの怖さを忘れた。カッと、頭が沸騰した。

 わかりやすく言うと、キレた。


「バカーーーッ!!!」


 めちゃくちゃに腕を振り回し、彼の頭を何度もポカポカと殴る。だけど彼は、それでも笑っている。まるで会心の悪戯が成功したような顔だった。

 それがどれくらい続いただろう。殴ることに疲れた私は、そのままその場に座り込む。


「ごめんね。驚かせるつもりはなかったんだ」

「なんでそんなに笑ってるのよ」


 どんなに叩いても一向に変わることのない彼の笑顔にこれ以上怒るのもバカらしくなる。


「だって、楽しかったから」


 楽しい。そう言われて、何だかひどくくすぐったい感じがした。私と一緒にいて楽しいだなんて、誰も言ってくれた事は無かったから。


「楽しいわけないじゃない」


 だから、ついそんな悪態をつく。だけど彼はまじめな顔で言った。


「楽しいよ。同じくらいの年の子とこんなふうに話すのなんて、初めてだったんだ」

「妖怪の世界も少子化が進んでいるの?」


 最近知った言葉を使ってみる。向こうの世界の事情は知らないけど、確かに私も、自分と同じくらいの年の妖怪なんて見たことが無かった。


「ねえ。君ってもしかして、祓い屋の人?」

「祓い屋? なにそれ?」


 聞き慣れない言葉が出てきて、首を傾げる。


「君みたいに妖怪が見える人間で、悪い妖怪を退治することもあるんだってさ。あっ、言っとくけど、俺は悪い奴じゃないからね」


 本当に悪い奴だったら、どのみち自分から悪い奴なんて言わないんじゃないかな。


 とりあえずそれは置いとくとして、祓い屋なんて聞いたことない。妖怪が見える人間なんて、私以外にいるのかな。

 近くにいたら、寂しい思いをしなくてすんだかもしれないのに。そんなことを思って、ズキンと胸が痛くなる。


 そんな私の気持ちなんて知らないで、男の子はまだ話しかけてきた。


「人間は学校って所に友達がいるんだろ。ちょっと羨ましい」


 そうか、この子には人間の世界はそんな風に見えているのか。だけど、現実はそんな甘いもんじゃない。


「いないよ」


 そう言った時、また、胸の奥がズキリと痛んだ。もうすっかり慣れたと思っていたのに、どうしてこんなにも苦しいんだろう。


「友達なんていない。私はおかしな子だから、だれも友達になんてなってくれないよ」


 苦しいのは、きっとこの子のせいだ。この子と話していると、友達といることの楽しさを思い出してしまうからだ。


 なのにその子は、私の気持ちなんて知りもせず、不思議そうに言う。


「きみ、おかしな子なの?」


 その言葉に、収まっていた怒りがまた溢れてくる。ううん。今度の怒りは、前よりずっとずっと強くて、それに、辛い。


「アンタ達のせいじゃない!」


 怒鳴り声が辺りに響き、男の子は目を丸くする。だけど、一度爆発した私の思いは止まらなかった。


「私にはアンタみたいな妖怪が見えて、でも他のみんなには見えなくて、いくらいるんだって言っても信じてもらえなくて………嘘つきって言われるようになって、仲間外れにされて……」


 どうしてこんなことを話しているんだろう。この子に言ったって何にもならないのに。

 気が付くと、私はポロポロと泣いていた。怒っていたはずなのに、どうしようもなく悲しくて、顔中涙でグシャグシャだ。

 それを見られるのが嫌で、何度も涙を拭って、顔を伏せる。けど涙は、一向に止まってはくれない。

 その時だった。


 ──ポン


 撫でるように頭を叩かれ、思わず顔を上げる。


「よくわからないけど、なんかごめん。」


 よくわからないってなに? そんなふうに謝られたって、許すわけ無いじゃない。 

 だけど彼は、そんなふくれっ面の私に向かってそっと手を差し出した。


「それじゃ、俺が友達っていうのは、だめ?」


 何を……言っていんのだろう?


「俺はイチフサ。君は、何て言うの?」


 じっと、差し出された手を見つめる。相手は妖怪だ。気を許したらどんなことになるかわからない。

 だけどそれでも、にこやかに笑いながら手を差し出す彼の姿は、とても眩しく思えた。


「だめ?」


 今度は、そのにこやかな表情が少しだけ陰る。ただそれだけの事なのに、何だか私はこの子に対して、凄く悪い事をしているような気分になった。


 迷いながら、躊躇いながら、それでも私はその子に向かって少しずつ手を伸ばす。

 そして一度大きくしゃくり上げた後、私はその手を掴んだ。


「……結衣。錦結衣」

「えっ?」

「私の名前。友達なら覚えてよね」


 これが、私とイチフサとの出会いだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る