第2話 幼き日の出会い

 三年前。当時小学四年生だった私は、花火大会で賑わう町を背に、一人裏山を登っていた。

 両親から、せっかくのお祭りなんだから行っておいでと言われて家を出たけど、本当はそんなの行きたくなかった。


 だってお祭りには、近くから大勢の人がやってくる。もちろん同じ学校に通うやつらだって来るに違いない。

 だから行きたくなかった。学校に行かない日まで、どうしてそいつらの顔を見なきゃいけないんだろう。そう思うと、たまらなく嫌になる。

 だってそいつらは、私をおかしなことを言うやつだとバカにする。それか気味悪がって、まるで腫れものに触るように扱ってくる。

 だけどお父さんやお母さんにはそんな事は言えない。言ったらきっと、どうしてそんなことになったかと聞かれるに決まってる。そしたらまた、私の奇妙な言動を叱るだろう。


 もっとずっと昔から、私には妖怪が見えていた。それは人の言葉を話す動物だったり、自在に動く泥の塊だったりと、姿形は様々。

時には、私を見るなり攻撃してきたやつもいた。


 けれどそれは、私以外の人には見えなくて、声を聞くこともできない。

小さい頃の私は、そんなの知らなかった。誰にでも見えるものだって思っていた。


 だから、妖怪を目にするたびに騒いだし、怖くて泣きだしたこともあった。

 けれど、誰もそれを信じなかった。私がいくら見たと言っても、他の人には見えないのだから、仕方ないことだと思う。


 だけどその結果、私は周りからは変なやつ、おかしなやつと思われる羽目になった。

そんな私を友達は笑い、両親は叱った。


 それからは、たとえ妖怪の姿を見ても、見えないふりをした。怖くても、平気なふりをした。

妖怪よりも、みんなからおかしなやつって思われる方が、もっと怖かったから。


 おかげで両親はすぐに優しい二人に戻ったけど、学校では一度ついた印象を消すことはできなくて、結果、私は変な奴としてだんだんと居場所がなくなっていた。


 道の先を眺めていると、その先に見覚えのある顔を見つけた。その途端、私はサッと物陰に隠れる。そいつらは、よく私を変なやつだとバカにしてきた子達だった。


(やっぱり、お祭りなんて来るんじゃなかった)


 そう思いながら、逃げるようにその場を去る。だけど今から家に戻っても、帰るのが早すぎて変に思われるかもしれない。

 お祭りには行けないし、家にも帰れない。困った私は、仕方なく、人気のない場所に隠れて時間をつぶす事にした。

 近くの山を少し登ったところに、古びた社があったはず。こんな日に、わざわざそんなところに行く物好きはいないだろう。

 そこならきっと、誰とも会わずにすむ。一人でいられる。


 夜の山道は、暗くて怖い。実際、こういう場所には妖怪も多く出る。だけど、学校の知り合いに見つかるよりはずっとましだった。妖怪は、私が見えていることに気づくと、意地悪をしてくる奴もいる。だけど気づかないふりさえしていれば、めったに危害を加えられはしない。


 社にたどり着くと、その境内にゴロンと寝っ転がって、空を見る。


 田舎は星が綺麗だって言うけど、ずっとこの町で育った私には比べる物がないから、よそとの違いがわからない。

 だけどこうして見上げた星空は、確かに綺麗だった。どこまでも広くて、ずっと見ていると吸い込まれそうになる。もしかしたら、それは私の願いなのかもしれない。

 このまま空へと吸い込まれて、この世から消えてしまい。いつの間にかそんなことを考えていて、気づいた時には、目に涙が溢れていた。


「泣いているの?」


 急に、どこからともなくそんな声がした。

 ビックリして飛び起きると、いつの間にそこにいたのか、私と同い年くらいの男の子が立っていた。男の子だというのに中々かわいい顔をしていて、大きな目でまじまじと私を見つめている。


 彼が現れたのがあまりにも突然だったものだから、驚いて、声も出せずに固まってしまう。だけど男の子はそんな私の様子なんてお構いなしに、相変わらずあどけない顔で私を見てた。


 だけど私はそれが嫌で、気づいた時には男の子を突き飛ばしていた。


「やっ──!」

「わっ!」


 声を上げて倒れ込む男の子を背に、社を飛び出して山道を駆けだす。

 相手が誰なのかは知らない。少なくとも、学校で見たことある子じゃなかった。だけどたとえ相手が誰であっても、こんな所で一人で泣いているのを見られたなんて、たまらなく恥ずかしい。だから、逃げたんだ。


 だけど、暗い山道を全速力で走ったのがいけなかった。浮き出た木の根っこに躓いて、道の脇へと大きく体が揺れる。

 転ぶ! そう思ったその時、誰かがギュッと私の手を掴んだ。


「危ないよ」


 見ると、さっきの男の子だった。いつの間に追いついたのか、私の手を握ったまま、転ばないように支えてくれている。

 だけど私は、それよりも彼の姿に目を奪われていた。


「妖怪!」


 震える声で叫ぶ。

 さっきはよく見てなかったけど、今ならハッキリとわかる。この子は妖怪だ。

 だって、体がうっすらと透き通ってる。それに、背中から白い大きな羽が生えていた。


「あ、やっぱり俺の事見えるんだ。そんな人間初めて見たよ。よほど高い霊力を持っているんだな。俺は……」


 彼が何か言葉を続けようとした瞬間、私は再びその体を思いきり突き飛ばす。彼はその拍子に大きく後ろに倒れ──


 ゴン!


 そこにあった木に、思い切り頭をぶつけた。それもかなり派手に。そして、そのままその場に倒れ込んでしまった。


 それっきり、動かない。


「だ……大丈夫?」


 これは、もしかするとマズいかもしれない。

 恐る恐る声をかけるけど、返事はなく、ピクリとも動かない。


「ねえ、大丈夫? 返事して!」


 慌てて駆け寄り、何度も体を揺さぶる。もしかして死んじゃったの? いくら相手が妖怪でも、ここまでするつもりはなかったのに。

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