名もなき命
梅林 冬実
名もなき命
窓から温い風が吹いてきて
やはりエアコンをつけようとむくり起き上がる
電気代のことも考えてと言われるけれど
暑さに耐えることができない僕を許してほしい
セミが鳴く
そこに命を感じるかと問われれば
答えはNOだ
夏になればセミは鳴く
昼になれば腹が減るのと同じに
違う?
生きているから腹が減るのだ
だから空腹を覚えるのも
セミの鳴き声も
命が宿っている証拠だと
僕に説教してくれる奇特な人がいるのなら
そんなものかと納得するだろうけれど
リモコンを手に取り冷房のスイッチをいれる
壁に張り付いた白い長方形の生き物は
口をぱっくり開けて
涼やかな風を送りはじめる
僕の核が息を吹き返すのを感じる
じっとり汗ばんだ頭も背中も腕も
何もかもが涼風に慰められ
僕は漸く苦しみから逃れられた
7日間しか生きられないというセミ
「お前の人生これからだ」と
大人たちに口を揃えて言われる僕
いのちとはなんぞや
僕はセミの一生何回分を生きたのだろう
暑さに参るのに
セミの鳴き声に心動かされることもないのに
僕の心臓は動いている
主人公のおこぼれにも与かれない安い人生
その他大勢の端っこが僕の居場所
集合写真を撮影するならきっと見切れる
「私はここにいるって叫びたい!」
駅前のビルに大きく貼られた
ポスターに描かれた女性は
そう言って泣いているけれど
その勇気があるなら
問題なく生きられるだろう
僕とは違う
意識せずとも脈はうち
血液は循環し腹が減る
いのちとはなんぞや
僕が知るフィールドのどこにも
僕の名を呼ぶ人はいない
名もなき命の名もなき生
セミの鳴き声 茹だる夏
僕はそれらを持て余すのだ
名もなき命 梅林 冬実 @umemomosakura333
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