第3話『弟子、再会を果たす』

 「さて、と…………どうしたものか」



 集会所を出てすぐの場所で、俺――カザク・トザマはどこに行こうにも思いつく行き先もなく立ちつくしてしまっていた。


 想定では、今頃街の噂かギルドの連中から師匠について何かしらの情報を得られているはずだった。

 それらのアテがすべて外れた今、完全に手詰まりだった。



『あの女に会いたいならよぉ! どうせすぐに会えるから心配しなくていいぞっ!!』



 ……先程までのことを思い返したからだろうか、カス共の中の一人が俺の去り際に背中に投げかけてきた言葉が、不意に思い返された。


 同時に連中への不快感思い起こされて、つい舌打ちが出そうになる。

 だが、俺がルヲ・スオウの弟子だと声高に叫んだ以上、衆人環視の中で柄の悪い態度は控えるべきだとどうにか抑えた。


 カスの言葉を間に受けたわけではないが、すぐに会えるのならぜひその通りになってほしいものだ。

 しかし、そんなことが有り得ないことは分かっている。


 なにせ師匠は今頃、勇者共のパーティの一員として街から遥か離れた地でその拳を振るっているのだろうから。


 ……嗚呼、師匠。その二十年余りの人生で一度ならず二度までも、魔を鎮める旅にその身を捧げるだなんて……なんと慈悲深くお優しい方なのだろう……。


 そう、勇者共のパーティに、その身を置いて…………。



 「……ちぃっ!!」



 甘美なる師匠の回想に、くそったれ勇者の存在が割り込んできて盛大に舌打ちしてしまう。

 これはいいのだ。師匠を連れて行った超カス野郎相手のヤツだから。悪い態度に計上されないのだ。問題ない問題ない。

 


 「……ハァ」



 勇者のヤツのことを思い出したせいか、なんだかどっと疲れが出てしまい、手から力が抜けてしまう。

 そうして手をストンと降ろした拍子に、何かがチャリンと音を立てる。何の気なし、懐から音の出どころであるそれを取り出した。


 それは、金貨の入った革袋。冒険者ギルドの職員から、半ば押し付けられるように渡されたものだ。

 不本意ながら軍資金は余りあるほど手に入ったわけである。その気になればこの街を拠点に長期間過ごしながら師匠を探すことも可能だろう。


 だが……これは試練を果たした証拠であるマッド・コアトルの骸と引き換えに手に入ったものだ。

 使ってしまえば、それだけ試練を突破した証拠として信ぴょう性を失う……叶うなら1枚たりとも使いたくはない……いやそもそも金銭に変わった時点で信ぴょう性も何も……?


 そんな風に、堂々巡りの考えを続けている時だった。


 どさり、と、目の前で何かが倒れる音がした。



 「ん……?」



 そちらを見れば、一人の女性……と思しきシルエットが倒れているのに気づく。俺の行く手を遮るように。


 腰まで伸びた黒髪はボサボサに乱れて、纏うのも端々がほつれたボロ布同然の服。

 道行く連中は意に介した様子はなく、目を向ける者たちもその表情には侮蔑や呆れが見て取れる。


 ああ、なんとなく察した。


 身なりからしてこの女性は物乞いで、日頃から冒険者ギルドより出てきた人間から施しを受けようとしているのだろう。

 それで街の連中は冷たい視線を送るばかり、というわけだ。


 俺としては、この世に生きる師匠以外の人間は、俺含めて”師匠ではない”という点で一括りに程度が低い……というかカスだと考えているので、物乞いでも浮浪者でも特に哀れみも侮蔑も覚えたりしない。

 だが、飢えて倒れる人を見て見ぬ振りで通り過ぎるのは、師匠の弟子の行動しては論外だろう。


 そう考え、倒れ伏す彼女へと一歩踏み出す。

 すると、向こうの方からゆらりと、力なく立ち上がり、声を掛けてきた。



 「……すみません……なにか、食べるものを……恵んで、くださいませんか……」



 ――酷く、掠れた声だった。


 ボロ布越しに浮き出るお体は、腕も、首も、胴も、棒切れのように細い。

 痛みの見て取れるボサボサの長髪の隙間から除く瞳は、一片の光もなく曇り切っている。



 「……食べ物を……お金は、私にモノを売ってくれるお店がないので……なんでも、食べ物を頂ければ……どうか……」



 言葉なく見つめるばかりの俺に、その方は縋るように近づいてくる。


 それでも俺は言葉を返せないでいた。


 胸に渦巻く混乱、戸惑い、後悔、自責……それらが喉へと上るべき言葉をせき止めてしまっていた。


 それでも、どうにか絞り出さなければならない。

 唾を飲み込み、気道を広げ、深く息を吐きだして――ようやく、俺は問いかけられた。


 確信を抱きながらも、しかし目の前の彼女を前にして、疑問として投げかけずにはいられない、その問いを――



 「し、師匠……?」


 「え――」



 呼びかけられて、彼女が顔を上げる。


 髪に隠れた瞳が、初めて俺の顔を捉えて――大きく、大きく、見開かれた。


 姿が違う。表情が違う。纏う空気も違う。

 だが、それでも分かる。分からないはずがない。


 この人は……今目の前で変わり果てた姿となっている女性は……かつて鎮災を果たし今再び勇者と旅する無双の拳士……失われし最強の武術"輝皇拳"を極め、美と武を兼ね添えた流麗の闘士……。


 拳聖”ルヲ・スオウ”――俺の師匠、その人に間違いなかったのだ。



 「あ、あ、あ、ああぁぁ~~……っ!! あうっ!?」


 「師匠!?」



 俺の顔に気づいたらしい師匠は、突如として背中を向けて、逃げるように走り出す……ように一歩踏み出した途端、前のめりに倒れ込んだ。


 俺の知る師匠では有り得ないようなつまずき方に、掛ける言葉も出てこず、止めようと伸ばした手だけが宙空を泳ぐ。



 「ぅ、うぅ……カザ……ク……み、見ないで……見ないで、ください……っ」



 聞いたこともないような、師匠の弱弱しい言葉。

 脳内に溢れる、困惑、疑問。


 何があったのか? 勇者どもは? そのお身体は一体? 聞いてもいいのか? どうすればいい? 俺は、俺は……。


 はっ、と気づく。

 周囲の町人たちから向けられる奇異の視線。

 俺と、そして未だ立ちあれず突っ伏して泣き続ける師匠へと向けられている。



 「し、師匠! とにかくコチラへ!!」


 「あ……」



 俺は師匠の手を取り助け起こすと、そのまま周囲の視線を振り切るように走り出した。

 掴んだ師匠の手は、旅立つ前とは別物のように弱弱しく、震えている。


 時折転びそうになる師匠を支えながら、俺はとにかく走り続けた……手を引く師匠は、気を抜けばその手から消えてしまうかと思うほどに軽かった――。



――――――――――


 第3話読了ありがとうございます。


 『続きが気になる』、『読みやすい』、『師匠……?』。


 そんな風に思ってくださった方はこのすぐ下にある"応援する"や、最初の画面の”フォロー”、星を押した次のページにある+を押して評価やレビューをして下さると本当に喜びます!!!!


 次話”第4話『弟子、師匠を抱えて風呂へと走る』”は明日投稿!!お楽しみに!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る