第2話『弟子、師匠を嘲笑われて一回キレとく』
(決まった……ッ!!)
あれだけ喧噪に満ちていたギルドの集会所内に、今や俺――カザク・トザマの声だけが反響するのを聞きながら、俺は自らの策の完璧さに震えさえ覚えていた。
我が最愛の師匠――ルヲ・スオウの居場所を探るため、師匠の名と俺がその弟子であることを、冒険者の連中に轟き響かせる……。
冒険者ギルドの職員に変な因縁をふっかけられた流れは想定外だったが、上手く計画していた内容に持って行けたと我ながら惚れ惚れする。
この判断力もまた、師匠の……ルヲ・スオウ師匠の厳しい修行で培ったものと言っていいだろう。
――ルヲ・スオウ。
俺の師匠にして、自然由来のマナに頼る魔法が跋扈するこの世において、人に本来流れる”気”を操る武術”輝皇拳”を極めし武人。
かつて魔獣の大量発生という災害を旅路の果てに鎮めてみせながら、今再び忌まわしい勇者の誘いに応え鎮災の旅に赴くという海のごとく懐の深いお方……そして、俺の命の恩人だ。
やがて声の残響も消えゆき、残された静けさの中、ついに最初の音が発せられる。
その音は……
「……ぷっ、ぶふぅっ!」
「く、くくくっ、なんじゃそりゃあ?」
……どこぞの冒険者が、吹き出したものだった。
続いて呆れ、嘲笑、くすくす笑い……明らかに俺を馬鹿にしている笑いが、ところどころで上がりはじめる。
そこには、師匠を褒めたたえる声も、その弟子が現れた衝撃も、聞き取れることはなかった…………が、
(……ふふんっ、残念だったな。この程度では怒らんよ、俺は)
実のところ、こういう反応は想定の範囲内だったりする。
というのも、どこの馬の骨かも分からない小僧が、あの師匠の弟子だなどと言い出して誰が信じるだろうか。俺なら信じない。
重要なのは俺の主張を信じさせることじゃない。
かのルヲ・スオウの弟子を名乗る不届き者が現れたとなれば、よくも悪くも話題になる。
そうすれば師匠にそのことが耳に入るだろうし、上手くいけば師匠の情報の方から俺に来るかもしれない。「そんなに言うなら本人に会わせてやるよ」的な感じで。
つまり、この一連の流れは言わば撒き餌なのだ。だから、後は餌に食いついてくれるヤツを待てばいい。
そういう訳で、笑っている連中へと耳を傾ける……
「ひ、ひひっ! 弟子、弟子って……あのルヲにかよ?」
「あ、ありえねぇ~~っ。そりゃ勇者パーティにはいたよ? いたけど……ぶほほっ!」
……おい、ちょっと待て、こいつら……
「拳聖って! この魔法全盛期に拳聖って! いやあの女なら言いそう~~! くひゃひゃひゃっ!」
「美と武を兼ね備えた……ねぇ? くくっ、貧乏とブスの間違いじゃねぇか?」
……俺じゃなく、師匠のことを…………嘲笑っちゃいないか?
「ひ~っひっひっひっひ!!」
「くっ、くくくっ、いやぁ~マジで笑え――」
「おい」
「――ぐえぇっ!?」
「なっ!? テメェなんのつも――おぐぅっ!!?」
確実に師匠のことを馬鹿にしていたであろう中から、手近な二人組の背後に回り込む。
並んで飲んでたそいつらの首根っこを掴み、そのままテーブルに押し付ける。
グラスが割れて、酒がぶちまけられる。だが知らん。そんなことは知らん。
なぜ嘲るのか、何を嘲るのか、そんなことにも興味はない。
「い、いでででで!? 折れるっ!! 首折れるっ!! 死ぬぅっ!?」
「……理由は要らない。聞く必要もない。師匠相手である以上、間違ってるのはお前らだ」
「は!? な!? はぁ!?」
「ちょ、ちょっと待ておま!? べ、弁明ぐらい――」
「謝罪は要らん。方便も要らん。そして何より……お前たちが要らん」
そして俺は、師匠への無礼を無礼と理解できない愚か者どもの首根っこへと、”気”を集中させて――
「うわぁぁぁっ!? 待った待った待ったぁ!?」
――その時だった。
すっかり存在を忘れていた職員が必死の形相で駆けてきて、テーブルへと何かを置いた。叩きつけるように。
それは、かなりの量の金貨が入った革袋だった……意味が分からず、一瞬意識を持っていかれる。
「……おい、なんだこれ」
「あ、アンタが持ってきたあの魔獣を引き取った代金だよ! 素直に払ってやるから、もう今日は帰ってくれ!!」
「なに?」
職員の言葉にマッドコアトルの骸が置かれていた場所を見れば、ちょうど他の職員たちがそれを奥へと運んで行っている最中だった……待て、だから持っていかれると困るんだが……。
と、いうか『素直に払ってやる』とかいう発言からして、俺にいちゃもんつけてたのは引き取った時の金を払いたくなったからなのか……それどころか接収という形で魔獣の骸を一方的に取り上げたい腹積もりだったのか……?
しかし、まぁ、少し冷静になって、改めて考える。
結果として、俺の目論見は全て外れたことになる。
街で師匠に情報を得ることはかなわず、撒き餌作戦も予想外の形で失敗に終わった。
そんな状況下で……師匠の行方を捜す手がかりが何もない中で、冒険者ギルドで問題を起こして出入り禁止にでもなってしまうのは、マズイのではないだろうか。師匠との再会を、遠ざける結果となるのではないか。
師匠を嘲笑する愚か者どもを捨て置くのは耐え難い屈辱だが、ここは断腸の想いで、差し出された金を受け取り引き下がるべきなのではないか……?
「…………わ、かった。すまない……すみません。少し、頭に血が上ってしまった」
嫌がる口を強引に動かし、謝罪する。
冒険者どもの首から手を放して、テーブルに置かれた革袋へと手を伸ばす。
……試練を果たした証拠が、こんな形に変わってしまったのは、やはり不本意だった。果たしてこれで師匠に信じてもらえるだろうか。
「ぐっ、テメェ、すみませんで済む訳が……っ!!」
「よ、よせ、やめとけって……くっそ、いってぇ……」
こちらに掴みかかろうとする男を、もう一方が静止する。だが、その目つきは同様に敵意に満ちている。
この二人だけではない。集会所全体から、俺に対する嫌悪の視線が向けられているのが分かる。
自分たちの縄張りでこれだけ騒ぎを起こされたのだから当然と言えるだろう……まぁ、師匠を侮蔑し、嘲笑した時点でそんな正当性も完全に消え失せているのだが。それにも気づかないとはどうしようもない連中だ。
俺は職員と二人の冒険者とに小さく一礼をして、集会所の出入り口へと向かう。早歩きで。
一刻も早く、ここの連中とは違う場所の空気を吸いたかった。
「くそっ、おい田舎もんっ! あの女に会いたいならよぉ! どうせすぐに会えるから心配しなくていいぞっ!!」
と、そんな俺の背中に、さきほど掴みかかってきた方の冒険者から怒声が飛んできた。
言ってることが本当ならありがたい限りだが、流れや語調からしてそんな意図でないことも、耳を傾ける価値がないことも分かる。
「でもそん時は分かるはずだぜっ! 俺らの言ってる方がマジだってさぁ!! 妄想の師匠を大事にしたいなら、さっさとお家に帰った方がいいぞぉっ!!」
その言葉に同町するように、他の冒険者たちからも下衆な笑いが漏れ聞こえる。
それによく気をよくしたのか、当の男は人一倍大きな笑い声をゲラゲラと上げる。
一緒にいたやつも、職員も、それを止める様子は見受けられない。
俺は嘲笑に追い立てられるようにして、集会所を後にする。
半ば無意識に、拳を強く、ぎりっと音がなるほどに握りしめた――
「ぎゃははは――――はぐぁっ!!?」
「――ぽぶぉっ!!?」
――瞬間に、集会所内から聞こえていた一際大きな笑いは間抜けな悲鳴と共に途絶えて、そのすぐ隣でも同じような悲鳴が上がった。
そして次の瞬間、大人2人がテーブルやら椅子やらを粉砕しながら床に叩きつけられる派手な音が響いてきた。
「な、なんじゃあ!? いきなりこいつら首根っこブン殴られたみたいに跳ね上がって……!?」
「泡吹いて気絶してやがる……さっきの田舎もんの魔法か……?」
「い、いやでもマナは全然感じなかったぞ!?」
見えずとも手に取るように分かる大騒ぎっぷりを聞きながら、頭を過るのは修行を始めてすぐに学んだ師匠の言葉。
輝皇拳の……”気”を操る武術の基礎の基礎を端的に示した教示。
「気を操りし”輝皇拳”……一度掴めば、離しはしても逃がしはしない……ってな」
奴らの首根っこを掴んだ時、すでにそこへ俺の”気”を送り込んでいた。
その場では職員に遮られたが、一度送り込んだ気はしばらくの間残り続ける。
そして残っている気は、多少の距離なら離れていても俺の意思で操ることが出来る。今しがた、奴らの首根っこで炸裂されたように。
奴らも冒険者の端くれならば、この程度でくたばることもないだろう。
そして他の師匠を嘲笑った連中は、攻撃の正体を掴めない以上「いつ自分にも同じことが起こるか」としばらく怯えることになる。
まだまだ足りないのが本音だが、今できる報復はこれが限度だろう。
俺は晴れない苛立ちを抑えながら、冒険者ギルドの出入り口をくぐり外へと出た……。
――――――――――
第2話読了ありがとうございます!
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次話”第3話『弟子、師匠と再会する』”は本日の深夜0時頃に投稿予定です!
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