第1話『弟子、ギルドにて師匠の名を轟かす』


 「あのですねぇ、嘘は困るんですよ嘘は」


 「ハイ?」



 師匠と過ごしていた山から駆け抜けること半日、俺ことカザク・トザマは”ガラヌ・レゴナ”の街にある国営冒険者ギルドに到着していた。


 そうして今、ギルドの集会所内で職員に話を聞かれているのだが、カウンター越しに向かい合っている彼は呆れと疑念のこもった視線を俺に向けてきている。


 隣に並ぶ他のカウンターでは、受付嬢が冒険者たちに愛想よい笑顔で対応しているのが見える。

 それを踏まえて考えると、俺がいま対応されているこっちの小さいカウンターは、雑事的な……というか、厄介ごとに対応するためのもの、という感じがした。



 「えぇ~っと、お名前がカザク・トザマさん。冒険者ギルドは未登録で……それで……”アレ”は、なんですって?」



 職員の視線が俺の背後にある”アレ”――今朝倒したばかりのマッドコアトルの骸へと向けられた。


 俺の数倍もある長大な体躯は、運びやすいよう二重三重に結んで団子状にしているが、それでも建物の仲ではどうしたってデカくて目立つ。通り過ぎる冒険者はどいつもこいつも目にした全員が一瞬肩を跳ねさせていた。


 そう、今朝ついに師匠から課せられた試練であるマッドコアトルを打ち倒した俺は、用意しておいた荷物をひっつかみ、村の連中への挨拶もさっさと済ませてその脚でこのガラヌ・レゴナまで駆け抜けてきたのだ。

 無論、マッドコアトルの骸も担いでだ。これがなければ師匠に試練を果たしたと証明できないからな。


 牙や鱗だけでいいかとも思ったが、やはり証拠としては弱い。そうなれば師匠にわざわざ確認のため山までご足労頂くことになりかねない。

 師匠の貴重なお時間を俺の不手際で奪うなど言語同断。となれば骸そのものを持ってくる以外に選択肢はなかった。



 「ええまぁ、自分の住んでる”ボノロコ村”ってとこ近くの山のヌシで、マッドコアトルっていうんですけど、そいつを今朝方倒しまして」


 「……ボノロコ村というと、ここから3日掛けて山を越えてようやくって場所にある、あの?」


 「なんですかね? すみません、あまり村と山以外に出ないもので、ちゃんとした距離とかまでは……」


 「マッドコアトルも、B級の冒険者パーティでようやく倒せるレベルの魔物なんですが、それを……お一人で?」


 「まあ、そういう試練だったので」


 「ははぁ〜なるほど……」



 職員はしばらく顎をさすってうんうん頷いていたが、しばらくして、



「……いやいや、子どもでももうちょいマシな嘘つきますって」



 一つ鼻を鳴らして、そんなことを言い出した。



 「…………は?」 


 「ひっ」



 突然向けられた棘のある言葉に、つい愛想の仮面が取れて低い声が漏れてしまい、職員がビクッと体を震わせる。


 しまった、いかん、冷静になれ。


 本音を言えば師匠以外の相手に愛想良くするのなんざ一秒だってごめん被りたいところだが、だからと俺が横暴に振る舞えばそれは師匠の名を貶めることになるというもの。

 偉大なる師の弟子として、相応しい態度を心掛けなければならないのだ。


 そう思い直し、どう取り繕ったものか言葉を探す。しかし俺が見つけるより先に、職員の方が先に口を開いた。



 「と、とにかく! 冒険者登録もしてないどころか、こんな出自も怪しい物を引き取る訳にはいかないんです! この国唯一の国営ギルドとしてね!」



 俺の態度がよほど癇に障ったのか、カウンターを強く叩き前のめりになって捲し立ててくる。


 ……いや待て。"引き取る"? 何の話だ?

 このマッドコアトルの骸は師匠に見せるためのものだから、持っていかれるのは困ってしまう。


 しかし、そうか。街につくなり門番から「とにかく冒険者ギルドに行け!」と声を上げられたのはこういうことか。

 普通に考えて魔獣の死体を持って街中をうろつくのは迷惑だし、どっちにしろ冒険者ギルドには行くつもりだったからと従ったのだが、なるほど換金目的と思われていたのもあった訳だ。


 師匠を探すあいだ預かってもらえるならラッキーだなぁ〜……などというのは、ちょっと都合の良すぎる考えだったか。



 「最近増えてるんですよねぇ、こういう他所のパーティから倒した魔物掠め取るハイエナみたいな連中。でも分かりますから! ホントに倒せる実力かって! 見極めますから! 国営なので!」



 他所ごとを考えているうちに職員は更にヒートアップしていた。

 強力な魔物を単独撃破するのと、そんな魔物を倒すパーティから単独で獲物を奪うこと、どちらがより現実味があるのか俺には分からないが、彼的には後者であるらしい。


 主張はさておき、その大きな声と身振り手振りのせいで周囲の人目が集まり始めていた。

 俺があまり見ない余所者というのもあるのだろう、テーブルに腰掛け談笑していた冒険者たちがコチラの様子を伺っているのが分かる。



 (これは少し……都合が”良い”、か)



 師匠が旅立たれた以上、世間は当然そのご活躍に湧き立ち、どこに行っても話題にされていると踏んでいた。だから師匠の情報は歩いているだけで容易く耳に入ると思っていた。


 だが、世の人間は俺が思うより慎み深かったらしい。必要以上に師匠の話をする人間は見受けられず、街の噂から師匠の居場所を探す目論見は空振りに終わった。


 とはいえ、師匠の活躍が浸透しすぎて逆に話題になってない、という事態も想定済みである。

 そしてそのために用意したもう一つの計画……今こそ試す時だろう。


 そう決めて、1人盛り上がり続ける職員の言葉を大きめの咳払いで制した。



 「あー、とにもかくにも、俺に単独でこの魔獣を倒せる実力なんてあるはずないと、そう言いたいんですよね?」


 「ええ! 先ほども言いましたが、マッドコアトルはB級パーティ……つまり最強たるA級に及ばないまでも、高い経験と実力を誇る冒険者たちでなければ討伐は不可能! アナタのような冒険者登録もしてない田舎者に倒せる道理など――」


 「あります」



 調子良く並べられる嘲りの言葉を切って捨てる。


 不意に被せられた言葉に職員が目をぱちくりさせている内に、更に畳み掛けていく。



 「あるんですよ。俺が、1人で、BだかAだかじゃなきゃ倒せないっていう魔獣を倒せた道理が、あると言っているんです」


 「は、はぁ? いやいや……そんな無茶が通る道理があるなら、ぜひ聞かせて……」


 「聞きたいと言ったなッ!!」


 「はひぃ!?」


 「ではお聞かせしましょう! 嫌でも鼓膜に刻み込まれるから覚悟して聞くがいいッ!!」



 待ってましたとカウンターを叩き、その勢いのまま立ち上がる。


 チラ見していた冒険者共もその目を完全にこちらへ向けた。


 そんな連中にも聞かせるように、声を張り上げ、天に響かせ、俺という存在を、その根幹たる存在を、強く言葉と発する――



 「かつて鎮災を果たし今再び勇者と旅する無双の拳士!! 失われし最強の武術"輝皇拳"を極め、美と武を兼ね添えた流麗の闘士――」



 ここで、スゥーっと、息を吸う。

 伸ばした指を、目の前の男へ突き付けて、今まで以上に声を張り上げる。

 否、自然と張り上がる。これより口にする言葉への誇りが、自然と俺にそうさせる――



 「――”拳聖”ルヲ・スオウッ!! それこそ我が師ッ! 我が誇りッ!! その事実こそ! AもBも関係なく俺の強さを示す道理に他ならない――――ッ!!」



 いつのまにやら静まり返っていた集会所内に、俺の声が響き渡った――




 第1話読了ありがとうございます!


 『続きが気になる』、『読みやすい』、『主人公なんかアレじゃね?』。

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 次話”第2話『弟子、師匠を嘲笑われ一回キレとく』”は今日の21時頃に投稿予定です!

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