31 その事件、終息につき――

 

 いつものように客たちで賑わう〝羊の踊る丘亭〟の一角。

 幾つもある円卓の中でも一際大きな卓にレイラとゴンドルフ、そしてガランドとダッカが席についていた。


「それじゃァ諸々の雑事も終ったことだし、嬢ちゃんの活躍を祝して乾杯!!」

「「「乾杯!!」」」


 高々と掲げられたジョッキが打ち合わされ、注がれた飲み物が僅かに溢れ出る。

 そんな事も気にしない面々を見渡し、一人だけ香草茶の注がれたジョッキに口を付けながらレイラは思考する。


 地下水路定期討伐から早くも五日が過ぎようとしていた。

 ランベントを殺し、彼の持っていた物を回収して屍術ネクロマンシーの儀式が行われていた広間に戻ると、時を同じくしてガランドとダッカはやってきた。

 わざと炎の壁を突っ切ったレイラとは違い、目ぼしい傷の無い二人はレイラの姿を見つけて安堵の表情を浮かべ、死屍累々と言ってもいい広間の様子に目を剥いていた。

 大広間から送り出した時点でこうなることは分かっていただろうにと首を傾げるレイラが真意を二人から聞き出せば、なんでも二人はレイラが地上に逃げると思っていたのだという。

 そんな中、相対していた大鼠ラージラット動死体ゾンビが突如として動くのを止め、慌ててレイラの後を追ってきてみればこの惨状なのだと。

 少しやり過ぎたかと二人の反応を伺っていたレイラだったが、二人は何かを問うこともなく儀式を食い止めたことを誉めるだけだった。


 その後、二人と共に地下水路を出ようとしたレイラを向かえたのは地下水路の入り口を厳重に封鎖していた衛兵、そして領主お抱えの魔術師――――ではなく、何故か僧衣を纏う神殿の関係者たちだった。

 既に籠城していた冒険者たちが地上に出て動死体が動きを止めたのを伝えていたのか、衛兵たちの目的は動死体を食い止めることではなく、逃げた可能性がある屍術師の捕縛だった。

 そしてそんな彼らに事の顛末を伝えれば、多少なりとも含むとこはあるようだったが咎められることは無かった。


「しっかし、初仕事で屍術師ネクロマンサーを仕留めるとは大したもんじゃねーか」

「そうかしら? 私としては初仕事で屍術師と遭遇する不運を呪いたいぐらいよ。新品の装備も随分と傷んじゃったし……」

「ハハハ、確かに言われて見れば不運ちゃ不運だな。だがまぁ、その不運を跳ね除けられる実力があったんだから良しとしてけや。それに不運に見合うモンも手に入ったんだろ?」

「それはそうだけど……」


 隣に座っていたゴンドルフの言の通り、今回の件でレイラは多くの物を得た。




 一つはバルセット城塞都市内に最も大きな神殿を有し、信奉する信者が最も多い陽光神殿を束ねる司祭との知己だ。

 なんでも陽光神教にとって蛮族と世界の理を乱すアンデットは不倶戴天の怨敵であり、アンデットを作り出す屍術師は草の根分けてでも消し去りたい存在なのだと言う。

 そんな屍術師を始末したレイラを陽光神殿の司祭は甚く気に入ったようで、その場にて陽光神の"奇跡"でもってレイラの傷を癒してくれたのだ。

 ……あまりに熱心にウチの武僧にならないかと言う勧誘も受けることにもなったが。




 もう一つは女の使っていた魔道具が手に入ったこと。

 なんでも野盗や今回のような事件を起こした犯人の所有物は基本的に全て接収されるのだと言う。しかし数点かつ余程の危険物でなければ討伐者が持ち去っても"お目溢し"して貰えるのだ。

 それをガランド達から教えてもらったレイラは幾つか見繕い、その内の一つが女の使っていた耳飾りの魔道具だ。

 涙滴型に削りだされた翠玉の魔石を核とし、白金の飾りと鎖が施された耳飾りの魔道具は宝飾品としても価値があるようにも見えることから、今もレイラの耳元で揺れていた。

 それともう一つ、ランベントの懐から零れ落ちた硬貨を拾ってみたものの、硬貨に描かれた太陽を喰らわんとする牙を模したそれは、どの両替商も知らず一銭の価値もなかった。当てが外れたことにはなるが、一応は記念品の一つとして今もレイラは所持していた。




 そして最後は多額の報奨金だ。

 地下水路に居た屍術師たちが野盗などと同じ扱いとなり、その首一つに付き五〇〇ルッツ、頭目と目されるランベントの首に至っては倍額の一バーツの報奨金が支払われた。

 更に護衛役らしき狼人と面頬をした女は各地で悪事を働いていたのが詮議の結果判明し、二人の首にはそれぞれ一バーツと二五〇ルッツの値が付いた。

 そしてランベントの弟子たちはあの場に六人おり、レイラはあの一日で銀貨六枚六バーツ大銅貨五枚五〇〇ルッツと言う、一般的な年収の半分を超える大金になった。


「しっかし、武器の方は新しくしなくて良かったのか? それだけの金がありゃもっと良い物も作れるぜ?」

「別に構わないわ。手斧は痛んでなかったし、他に必要な物を買い足したり、今後の事も考えると武器を新調する余裕なんてないわよ」


 思わぬ収入にレイラは自ら痛めつけた防具の修繕――――どころかより性能の良いものへと新調させることが出来た。しかしその防具だけで六バーツも使っているため、武器まで新調してしまうと今回の臨時収入を全て使い込む羽目になる。

 あぶく銭と割り切って全てを装備につぎ込むことも一考はしたレイラだったが、魔法薬やダッカから借り受けた"魔破りの鈴"などの有用な物を知った。

 そこでレイラは報奨金から防具代を引いた残りをそれらの購入に当て、更に残った金は非常時用にと残しておくことにしたのだ。


 ちなみに新しく作り直して貰うことにした防具は作りに大きな変化はない。が、より良いものをという事で鞣革や籠手、胸当てに使う金属などは品質の高いものに変更していた。

 特に金属製の胸当てなどは魔法に対する耐性を持つものを使って貰うことにしたためか、材料の入手に時間が掛かるとのことだった。そしてそれらの材料を買うため、製作費は全額前払いである。


「あと、頼まれてた例のモンも出来たから持って来たぜ」

「あら随分と早いのね」

「まぁ、今は閑散期だからな。こんなもんだろ」

「お、なんだなんだ。嬢ちゃんの新しい防具がもう出来たのか?」

「残念だけどちょっと違うわ」


 机の下に置かれていた布袋から物を取り出して卓に置いたゴンドルフに気付いたダッカとガランドが身を乗り出してくる。

 興味津々と言った風情で見てくる二人に苦笑いを向け、机の上に置かれた物を手に取った。


「思ってたより良いデキね」

「馴染みの木工職人に頼んで朱殷檀で作ってもらった。素材が素材だからちと重いが、早々壊れることはないはずだぜ」


 レイラが手にしているのは牙を剥いた狼の口元を模した面頬。

 油とニスを塗り重ねて丁寧に磨き上げられたそれは、木材とは思えないつるりとした手触りでほんの僅かに光沢もある。

 一言断ってから口周りを覆う面頬を付けてみれば、顔の輪郭にぴったりと合っていて付けていても違和感はなく、息苦しさを覚えないように模様に合わせて空気穴の作られたしっかりとした出来だった。


「そいつァ、嬢ちゃんがった女が付けてた奴じゃねェか?」

「えぇ、そうよ。あの人が実際に着けていた物じゃないけどね」

「ほほーん、確かにあれじゃあちょっと嬢ちゃんには大きかったもんな。しかしどうしてそんなものを態々作ったんだ?」

「まぁ、初仕事を達成した記念品って所かしら。あとは今後も予定外の逆境に遭遇しても、今回みたいに乗り越えられるようにっていう験担ぎにしようと思って」


 レイラが訳を話せば二人は得心を得たばかりの表情を浮かべる。

 そんな二人の反応を見ていたレイラだったが、レイラがゴンドルフを通して面頬の製作を依頼したのにはもう一つの理由があった。

 今回の一件でレイラは本物の少女レイラちゃんを完全に取り込んでから表情の制御が前世ほどに出来ていないのを改めて自覚した。


 特に最高に滾る瞬間エモノを前にしたときが顕著であることも。


 今後冒険者として活動していくにあたり、最高の瞬間を目の前にする機会は多いだろう。しかしその時にレイラが一人で居られるとは限らない。

 自然と歪に吊り上がってしまう口角を余人に見られるのが不味いことは考えずとも分かること。故にレイラは面頬をゴンドルフに頼んで腕の言い木工職人に作ってもらったのだ。


「確かに受け取ったわ。これを作った職人さんにもお礼を言っておいてね」

「任せとけ。製作費は装備代の前金から出して良いんだよな?」

「えぇ、お願いね」

「あいよ」


 レイラが面頬を外しながら礼を伝えれば、ゴンドルフのぶっきらぼうで短い返事と共に中断された宴会が再開される。

 そんな賑やかな面々に混じり、時折相槌を打ちながらレイラは内心で熱を帯びた溜め息を吐く。


 既に冒険者となる準備は終わった。


 レイラが冒険者となることを心配し、反対していたエレナに対して今回の一件で冒険者としてやっていける実力があることを十二分に示すことができた。

 道具も、人脈も、環境も整えた。

 あとは心の踊る状況を作り出せば、前世にあれほど願った悲願を何時でも何度でも味わえる状態になった。


「あぁ、早くまたあの瞬間を噛み締めたいものだわ……」


 誰にも聞こえないように呟きを零し、レイラは歪に吊り上がる口元を香草茶を飲むことでそっと隠すのだった。

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