26 その加勢、魔術につき――


 眩い光が突如足元から立ち昇るという異常事態に即座に足元を確認すると、そこには統一感のある幾何学模様と今世において一度として見たこともない複雑な文字が浮かび上がっていた。

 足元に浮かび上がったそれはレイラの持つ前世の記憶で俗に言う――――魔法陣だった。


「ッ?!」


 明らかに魔力を用いられたものにも関わらず魔力が動く前兆すら感じ取れない事態に僅かに混乱しつつ、レイラは考えるよりも早く瞬時に飛び退けば、前髪を焦がす熱量を放つ炎の柱が立ち昇る。

 轟々と音を立てる炎柱を眼前に間一髪のところで難を脱したと息つく暇もなく、今度は濃密な魔力がレイラの肌を撫で上げる。


 全身を撫で上げる感触は身に覚えがあった。


 ダッカの行った魔力感知と同じ、だがダッカの魔力感知とは違って発信者の居場所を隠す気もなく、相手の居場所を確実に捉えるための強烈な物。

 相手の意図を察したレイラが飛び込むように横へ身を投げ出せば、直前までいた場所を風切り音を伴った物体が駆け抜けていった。

 陰の端をなんとか捉えられるほど高速で放たれた物の正体は、レイラの目が間違っていなければ円錐形の氷塊だった。

 レイラは氷塊であること、地下水路の床をいとも簡単に砕く威力から攻勢魔法だと思うものの、広間の籠城戦で魔法使い達が使った時ような、発動前の前兆が全くと言っていいほど感じ取れなかった。

 何が起きているのかとレイラが疑問について思考を巡らす間もなく、再び強烈な魔力感知が肌を撫でる。


 舌打ち一つ零し、レイラは駆け出した。

 そしてその影を踏むように、幾つもの氷塊が放たれる。

 今度のは先の物よりも小さく、より早い氷塊になっていることを確認し、レイラは炎柱が消え去るのとほぼ同じくして氷塊の射手を視認する。


「今更手を出してくるなんて、何を考えてるのかしら」


 やはりと言うべきか、氷塊の射手はローブを纏う年嵩の男。

 男の差し出した掌の先には炎柱の時と似た、されど僅かに違う魔法陣が浮かんでおり、そこから氷塊は撃ち出されていた。

 レイラの視線が通ったという事は相手からも視認されているという事でもあり、魔力感知頼りだった氷塊の狙いは精度を増していく。


「こんな狭い所じゃ全部避けるのは無理ね。こういう時はやっぱり――――」


 氷塊がまとう旋風を感じ取り、全てを躱しきれないと判断したレイラは背後を通り過ぎようとしていた氷塊の一つへ手斧を叩き付ける。

 石を殴りつけた時のような重く硬い手応えが返ってきたが、その一撃で氷塊は見事に砕け散った。

 細かい粒子へと砕け、その粒子は水に変わるでもなく空気へ溶け込むように姿を消していく。


 あとに残るのは僅かに温度の下がった空気だけ。


 精霊を介して物質に干渉する魔法の延長線上にある攻勢魔法なら砕けた氷塊は水へと変わる。

 にも関わらずまるで最初から存在しなかったかのように消え失せるというあり得ない状態を捉えつつ、レイラは手斧に刃毀れがないのを確かめる。


「――――後衛から始末しなくちゃ、ね」


 疑念の解消は後でも出来ると棚上げしつつ、レイラは間近になっていた壁を蹴り上げて身を翻し、命中する筈だった氷塊たちをやり過ごす。

 そして着地と同時に相手が狙いを再度定め直す前に男へ向かって走り出す――――



「ッ?! またこれ。鬱陶しいわね……」



 ――――だが、たった三歩。

 レイラが年嵩の男へ向かって進めた距離はそれだけだった。


 距離にして半分にも届かず、再び足元に浮かび上がった炎柱を作り出す魔法陣によって進路を塞がれる。

 今度は余裕をもって魔法陣から飛び退いたレイラだったが、やはり攻勢魔法と違って殆どと行っていいほど発動する前兆を感じ取ることが出来なかった。

 未体験の出来事ではあるが、レイラの知識には今の事態に合致する知識があった。

 以前、足りない知識の補填のために足を運んだ双月神の侍祭が教えてくれもの。


 魔法と魔術の違いについて、だ。


 精霊などの存在を介して現象を発現させる魔法と違い、魔術は術式の理法を持って世界を"誤魔化す"ことで事象を発現させると言う。

 その特性上、魔法のように精霊などの他者へ魔力を譲渡する際に感じ取れる前兆が魔術にはなく、また世界を"そういう風になっている"と"誤魔化す"ため、前触れなく突如として事象が起るのだという。

 そのためどんなに魔力に敏感な魔獣や蛮族でも発動する直前まで察知するのは不可能に等しく、特別な手段がなければ展開される魔法陣を視認する以外に察知する術はない。

 そう侍祭は断言していた。


 前兆が掴めれば事前に回避込みで迫ることも出来るのだが、と舌打ちしながら着地するまでの僅かな合間に思索するレイラ。

 だが対策や対処を考え付く暇もなく、今度は男との攻防の影で回復に努めていた狼面の女が襲い掛かる。


「あら、もう動けたの? もう少し休んでても良かったのよ。随分とイイ所に入って辛いでしょう、オバサン?」

「ッ! こんのクソガキ!!」


 ほぼ間断なく振り下ろされた剣と叩き付けられる盾を難なく往なしたレイラは女に対する脅威度を数段下げる。この短時間で動けるまで回復させたのは見事と言うべきものだが、その動きは当初と比べればあまりに精彩を欠いている。

 その上、レイラの安い挑発に乗ってしまうほど精神的にも余裕がないのなら問題ないと判断し、チラりと年嵩の男へ視線を送ってからレイラは考える。

 男が差し出した掌の先には今も魔法陣が浮かび上がっているが、女が接近戦を挑んできてからは氷塊による援護は無い。

 理由として考えられるのは女への誤射を恐れた消極的なものだろうとレイラは思う。


 男は戦いの経験が浅い。また近接戦も苦手なのだろう。


 炎柱にしろ、氷塊にしろ、タイミングこそ絶妙だったが、相手を刈り取ろうとするには詰めが甘い。

 そして接近戦も苦手が故に、壁役ぜんえいである女を巻き込んでしまうような攻めにも出れない。レイラと女が刃を叩き付け合い始めてからは男の介入がないのがその証左だ。

 男の脅威度は未だ高い位置にあるが、こちらも間合い内に女がいる間は警戒する必要はないとレイラは判断し、中断させられた思索に思考を偏らせる。




 今、自分の求める最上の結果は何か。

 その結果へ至る道筋はどうするべきか。

 道筋を阻む障害はなにか。

 障害を排除するにはどんな手が必要か。




 疑問や疑念の一つ一つに答えを導き出しながら女の攻撃を往なし続けていたレイラがふと気付く。


「……あら? 」


 牽制するように魔法陣を展開し続けている男の立ち位置が僅かに移動していることに。

 そしてその事に女が気付いていないことも。


「あらあら、これは随分と愉快なことになりそうね」


 巧妙に、誰にも気付かれないように細心の注意を払って移動している男の真意はなにか。

 男の視線や顔に浮かぶ表情から読み取ったレイラは、ニィィィイと音がしそうなほど口角を吊り上げるのだった。


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