20 その少女、百足人につき――


 これからの方針も定まり、少しでも身体を休めるために肩の力を抜いていた三人だったが解決していない事柄もあった。


「私が行くのは決定として、問題はどこに術師がいるかよね……」


 そう、術者の居場所が未だに分かっていなかった。

 レイラが広げた地図を囲むように膝を突き合わせて覗きむ三人。


屍術ネクロマンシーが及ぶ範囲はどれぐらいなの?」

「術式自体のデカさ、術者の人数に因るとしか言えねェ。が、バルセットを覆うほどの術が使われたってェ話は前時代の逸話以外には聞いたことがねェ」

「それとラヒューズやら聴罪導師の神殿兵から聞き齧った話じゃ、屍術は術者を中心にして球状に効果範囲が及ぶらしい。あと術の効果範囲外に出た動死体ゾンビは元の死体に戻るんだと」


 二人から提供される情報を元に地図に印を書き込んでいくレイラ。


「大鼠を仕留めた手応えに違和感を覚え始めたのが大体この辺りからだったわ」

「となるとそこら辺が屍術の効果範囲の境界線って見るべきだろうな。もっと広げられるならその時点からこの大広間に誘導し始めてるだろう」

「だな。あとはそうだなァ……前に何度か屍術師(ネクロマンサー)と戦ったときに思ったんだが、連中が操る死体の数は中心に近ければ近いほど多い気がするぜ。術の核である自分たちが直接戦うのを嫌って敵が近づけねェよう動死体やらなにやらを置いときてェんだろォが、ありゃ多分、術式自体の特性もあるんだろォよ」


 レイラは大広間での耐久戦が始まってから今に至るまでの光景を遡り、四方にある入り口から入ってくる動死体の数に違いがあったかを思い出す。

 そして記憶の中では北と西に位置する通路からやってくる動死体の数が若干ではあったが多いように思うレイラ。その事を伝えるとガランド達からも同じ答えが返ってくる。


「街の外にまで効果範囲を広げるなんて非効率な事をするとは思えないし、今までの情報を合わせると……術の中心はこの辺かしら?」


 印を書き込み、術式の中心となりそうな箇所に円をレイラが書き足していく。そしてレイラが身を引くとガランドとダッカが再び地図を覗き込み、二人の眉間に皺が刻まれる。


「当たりが付いてネェよかマシだが……」

「……これは少し多いな」


 レイラが地図に書き込んだ円はそれほど大きくはない。地下水路の規模を考えれば大分絞り込んだ方ではあるだろう。

 だが円の中には屍術を発動させる儀式をするのに十分な広さを持った小部屋や広間が十数とあり、それらを探って回るだけで三〇分は掛かりそうだった。

 その上、動死体が移動の邪魔をしてくることも考慮すれば術者を見つけるだけで少なく見積もっても|半刻(約一時間)は掛かるだろう。

 もう少し手掛かりが欲しい所だが、と考えながら周囲を見渡すレイラ。


「……ねぇ。二人に確認したいのだけど、例えば幻術のような方法で人が小部屋なり通路を通らないようにする方法ってあるのかしら?」

「ん? あァ、あるにはあるが……」

「そう」


 そこまで聞いたレイラはダッカとガランドから視線を切り、炎の壁の維持に集中している魔術師たちと違って少しでも体力を回復させようとしている冒険者たちに向き直る。


「貴方達の中で北と西、そのどちらかの通路からここまで来て道のりを製図(マッピング)しながらきた人はいるかしら? 正確に通って来た通路を覚えているだけでもいいのだけど」


 この地下水路と上の街に繋がる場所が至る所に存在する。

 そして定期討伐依頼は依頼を受けた冒険者同士がぶつかって獲物を奪い合わないよう、それぞれが違う入り口から地下水路へと入ってきていた。

 大広間に集められた冒険者の中にはバルセット最北にある北門近くから地下水路へ入ってきた者が居ても可笑しくはなく、もし居たのならレイラが地図に書き込んだ円の中、あるいは近くの通路を通った者もいるかもしれない。

 仮にレイラが術者なら少しでも発覚する可能性を減らすため、冒険者を始末するのではなく、通路を塞いでおくなどして儀式の場に近づけないようにするだろう。

 万が一でも偶然やってきた冒険者達を一人でも始末し損ねれば全てが水の泡になる可能性を鑑みれば、そもそも近づけないようにする方が遥かにリスクが低い。


 懸念として通路を物理的に塞いでる可能性もなくはない。だが、一日二日で儀式が行われる訳ではない以上、食料等の物資のや人が出入りする必要になる。

 とすれば物理的な閉鎖をしている可能性は非常に少なく、その上で退路を自ら減らすとも考えられず、幻術があるのならそう言った物理に依らない手段で行うだろう。

 しかし巧妙に隠していても痕跡なりなんなりは多少は残り、地図と照らし合わせれば向かうべき場所の候補が絞り込めると目論んでいた。


 だがレイラは自分で冒険者達に聞いていながら、あまり期待はしていなかった。

 そもそも目端が効き、わざわざ製図したり道程を覚えているような真面目なことをする人物ならさっさと冒険者業を見限って別の職に就くか、こんな依頼を受けなくて済む程度には栄達してると分かっていたからだ。

 そしてレイラの期待を良い意味で裏切る者が出ることはなく、体を休めていた冒険者たちはバツが悪そうに顔を見合わせるばかりだった。


「まったく、そんなこともしない不注意さだからいつまでもこんな依頼を受けなくちゃマトモに生活もできないのよ……」


 駆け出し冒険者の中に一人ぐらいいてくれれば御の字程度の期待だったが、それでも一人もいないとなればレイラをして呆れるほか無かった。

 レイラの真意を隠そうともしない言葉と視線に晒されてなお、冒険者達は言い返すことができなかった。

 普段なら年端も行かない少女にそんなことを言われれば彼らも激昂しながら言い返し、胸倉ぐらいは掴みに行っただろう。

 だが今は自分たちよりも一回りも二回りも年下の少女のお陰で生き残れており、その上少女の言っている事があまりにも正論過ぎた。


「あ、あのっ!」


 言い返す言葉もなくただ俯くだけ冒険者たちの姿に大きな溜め息を吐き、レイラがどうやって短時間で術者を見付けるか思考しているとか細い少女の声がこだまする。

 やや硬質で、カチカチと異音の交じる声音に違和感を感じながらレイラが声の方を向くと、円陣の中央付近で一人の少女――レイラよりも確実に五つは年は上だろうが――が自信なさ気に手を上げていた。


「なにかしら?」

「わ、私、ここまでの、道のり全部、覚えてます!!」


 おずおずと言った風に話しだした少女の声はやはりどこか無機質に感じられ、か細い声に混じって耳障りなカチカチという異音が交じっていた。

 また手を上げる少女の表情にたいして違和感を覚えるレイラだったが、唯一の情報提供者とあっては無下にもできず、ガランドたちに視線で確認をとってから手招きをする。


「あら貴女、もしかして百足人スコロディル?」


 腰を落としている冒険者達の間を滑るように進む少女の姿に違和感が強くなるレイラだったが、人垣を抜け出た少女の総身を見て僅かに目を見開き、得心がいったとばかりに小さく呟いた。


 百足人(スコロディル)。

 蜘蛛人と同様に上体は人と似た姿でありながら下肢が百足(ムカデ)のような長く甲殻に覆われた多脚であり、人に似た上体にも多足類と似た要素を持つ人族の一種だ。

 歩いているにも関わらず体を一切上下に動かさせず、滑るような独特な動作で進み出てきた少女も例に漏れることはない。

 両頬には口端から頬を横に二分するような亀裂が走り、よく見れば顎下が人の唇に擬態した顎肢であるのが見て取れる。

 また喋りだそうとすると開く顎肢の内側には、人の口とは似ても似つかない大顎が見え隠れしている。

 下肢の形や側頭部にある単眼三対の瞳からオオムカデ系百足人と呼ぶべき少女だが、彼女が喋る際に混じるカチカチという異音は顎肢か内側の大顎が打ちあわされる音なのだろう。

 多種族が行き交うバルセットでもあまり見かけない珍しい種族を前に、物珍しげに観察していると百足人の少女は恥ずかしがるようにしながら器用に下肢を丸めていく。


「それで? 道のりを覚えてると言ったけどどの程度の精度なのかしら? 正直、なんとなく程度ならいらないわよ」


 不躾に観察しすぎたかと咳払いで思考を切り替えたレイラが問いかけると、自信なさ気になる少女は長大な下肢を更に丸め込み、人の上体すらもその中に収めてしまう。

 一体何がしたいのか、レイラがその判然としない態度に眉間へ皺を寄せると少女は意を決したのか瞳に力が込もる。

 …………長い下肢で人と同じ瞳以外を隠しながらだが。


「わ、わたし、故郷の村、で、狩人、やってて、これぐらいの、道、覚えるの、簡単に、できる」


 人とは違う口の形のせいなのか、やや短切に途切れ、無機質に感じる発話は随分と聞き取り難いものだったが、少女の言わんとすることは理解できた。

 レイラは再度確かめるような不作法はせず、少女にも見えるように地図を置く。


「此処と、此処と、此処、わたしたち通った。けど、此処、こっちの道、全部壁だった、はず」


 レイラが地図に書き足した印の意味を説明すると、百足人の少女からはさっきまでの自信なさ気な様子はなくなり、丸まった下肢を解くと淀みなく自身が歩んだ軌跡を指で辿っていく。

 そしてレイラたち三人で導き出した術者の居そうな円の中を通っていた少女はとある広間へ繋がる通路を指し示す。


「自信の程は?」

「この命、賭けても、良い」

「そう、ならいいわ」


 覚悟と自信に満ちた瞳を見つめ、嘘や虚栄心などはないと判断したレイラは地図を手に立ち上がる。

 その口元が、僅かに隠しきれない期待で歪んでいるのを自覚しながら。

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