19 その展望、暗きにつき――
チラりと二人に視線を向け、一口水を含んでからレイラは問いかける。
「それで? 二人してそんな真面目な顔してどうしたの?」
「これからどうすっかと思って嬢ちゃんと話がしたくてな」
「あぁ。んで、嬢ちゃんの意見も聞こうと思ってさ」
動死体(ゾンビ)と言えど自身を焼き尽くす炎の壁に身を投じる個体はいないのだろう。
燃え上がり続ける炎の中に見え隠れする蠢く影を見つめ、水を飲み干したレイラは二人に向き直る。
「正直、一刻も持ちゃァ後ろの連中にしちゃ頑張った方だろォな」
「ただその間に助けが来る可能性は少ないと?」
「あぁ。さっきとは状況も違うし、衛兵連中が地下水路の狭い通路をこの数の動死体を押し退けながら来ようとすれば、一刻じゃ足りないだろう。それも救出するって判断を上の連中がしてくれれば、の話だがな」
「見捨てられることもあり得るって事かしら?」
頷く二人にそれもそうかとレイラも理解する。
これほどの規模で屍術(ネクロマンシー)へ対処するための人員を用意するのにはそれなりの時間が必要になるだろう。それこそ、大広間に集められた冒険者たちが全滅しかねないほどの時間が。
またそれを加味しなかったところで、衛兵や彼らを束ねる領主なり貴族にとって地下水路に居る冒険者たちを助ける旨味はほとんどない。
創作物にありがちな特権意識どうこうではなく、純粋に金銭的な意味で旨味がないのだ。
衛兵だけでなく、武力を有する兵士というのはいつの時代も保有するだけで金を食う。
兵士一人一人の給料や武装などの消耗品の買い替え、騎兵を有しているなら騎馬の飼料や管理費など、練度だけでなく兵士たちを維持するだけでも莫大な金と時間が必要になる。
そんな彼らを動かそうものなら掛かる金は更に膨れ上がる。
動かした人員の数だけ食料は必要になり、怪我人や死者が出ようものなら遺族や本人に見舞金を支払わねばならず、失った戦力を補充するのにもまた金と時間がかかる。
経済が発展したかつての現代世界においても軍事費をやっとこ賄えている状態であったのに、それよりも経済基盤が脆弱なこの世界では何をかいわんやであろう。
故に彼らを統括する立場にある者は基本的にどうすれば兵士たちを動かさないで済むか苦心しているし、仮に動かすとしても最小限の範囲で済ませられるかと頭を悩ませているのだ。
そんな上に立つ者からして冒険者――――それもうだつの上がらない者たちか駆け出しの冒険者たちというろくに役にも立たない連中だ――――と大事な兵士たちを乗せた天秤がどちらに傾くなど考えるまでもない。
きっと招集された衛兵や兵士たちは取り残された冒険者達のことをあえて思考外へ追いやり、動死体が街中に溢れ出さないように出入り口を固めてから出てくる動死体を一体一体確実に始末するという方法を取るだろう。
時間は掛かるだろうが、兵士側の被害は最小限に抑えられるからだ。
もし指揮する立場に立っていたら、レイラも似たような手法を取るだろう。
今回の騒動の犯人が
「持久戦は厳しく、助けも期待できない……となると強行突破はどう?」
「俺たち三人だけでここを抜け出すのなら余裕だろう。が、他の連中を連れて行くのは無理だ」
「こんな大所帯であの通路を通ろうとすりゃァ、どうしても動きが遅くなる。その上であの規模の動死体共に襲われりゃァ、奴らの体で通路が塞がれるだろォよ」
「でしょうね」
共通の認識を確立するため自身で無理だと分かっている事を聞いていたレイラだったが、間髪ない答えが返ってくることから全員の認識に齟齬がないことは把握できた。
そして二人の切り出したい話題に大凡の検討もついてはいたが、敢えて分からないと言わんばかり肩を竦める。
「これじゃあ八方塞がりね。もう諦めて皆で仲良く死体にでもなるしかないんじゃないかしら?」
レイラが冗談めかして戯けてみせると、近くで会話が聞こえていた冒険者達の一部が表情を青褪めさせる。中には後衛の魔法使いもいたようで、炎の壁が一瞬だけ大きく揺らぐ。
すぐに周囲から叱責が飛んで持ち直してはいたが、前と比べて燃え上がる炎の勢いが弱くなっている部分ができてしまっていた。
「まったく、死ぬかもしれねェってだけで集中を乱すなんざ情けねェ」
「ははは、そう言ってやるなよリーダー。その程度だからこんな依頼を受けてるんだろ?」
「違ェねェ」
勢いの弱まった箇所から飛び込んでくる動死体を炎の中に叩き返しながら笑い合う二人。
こんな状況だというのに、他の冒険者たちとは違って二人に余裕があるのは生き残れる実力があるのもそうだが、その足で潜り抜けてきた死線の数の違いなのだろう。
超えてきた死線の数が確かな自信となり、今回も生き残れるという自負になっているのがその余裕に満ちた表情から見て取れる。
「それで、持久戦も脱出もできないのを確かめるためだけに話をしに来たんじゃないんでしょう?」
二人と同じように炎を超えてきた動死体を再び炎の向こうへと蹴り返しながらレイラが聞くと、ガランドは怒声でもって集中を乱していた魔法使いは叱咤して炎の勢いを持ち直させると、言いにくそうにしながらも口を開く。
「一つだけ、全員が無事に生き残れるかもしれねェ方法がある。そんでもって嬢ちゃんにはその事で頼みてェことがあるんだわ」
そう前置きをして方法を口にするガランド。
だが、真面目な顔をしてガランドが語ったその方法とは前置きをするほど御大層なものではなかった。
「嬢ちゃんにはこの屍術を発動させてる術者の首を
要は動死体の核となる魔術――その魔術を維持している術者を始末すれば、大挙してやってきている動死体たちは元の死体に戻る。
そしてレイラには何処かに潜んで魔術を維持している術者を探し出して始末して欲しいというのだ。
願ってもみないガランドの提案に思わず口角が吊り上がりかけるが、なんとか自制できたことにレイラ自身が驚いている間もガランドは話し続ける。
「無理を言ってるのは分かっちゃいるが、今動ける上に屍術師を相手に勝てる奴となると嬢ちゃんぐれェしか――――」
「いいわよ?」
「――――いねェんだわ。だから危ねェ橋だが……って、はァ?」
レイラが一二もなく諾と返せば、ガランドは素っ頓狂な声を上げてレイラを見返してくる。
そして僅かに固まっていたガランドだったが、ハっとしたように意識を戻すとすぐさまレイラに詰め寄るのだった。
「分かってんのか嬢ちゃん?! 相手は遨鬼(ゴブリン)なんかよりも厄介な魔術師集団だぞ!! それにそいつ等が何処に潜んでるかも分からねェってのに、そんな簡単に決めていいような――――」
「でも、それぐらいしか全員で生き残る方法はないのでしょう? そして私にはそれをできる可能性がある。なら、やらない手はないわ」
「そりゃァ、そうだが……」
レイラが言い返せば、提案した側であるはずのガランドが言葉に詰まる。会話に参加していないダッカも呆気に取られているようだった。
今、この場に居る人間の中で蛆狂いに相対できる実力を有しているのはレイラ達三人ぐらいしかいないだろう。
その上でこの場を離れても問題がないのはレイラしかいなかった。
冒険者たちは指揮されているからこそ今もって生き残れている以上、その指揮を執っているガランドがこの場を離れるのはもっての外。
ダッカにしても常に動き回って円陣を組んでいる前衛の何処かで綻びが出そうになればそこへ助けに入り、円陣が崩れないように維持していた。
レイラにもダッカと同じ役割をできなくはないが、集団戦の経験の浅いレイラでは粗が目立つことだろう。その分、冒険者たちが戦い続けられる時間も短くなるのは確実だった。
「それにこの場をガランドさんが離れるわけにも行かないでしょう? 私の代わりにダッカさんが行くって言うのもアリだとは思うのだけど……」
「情けない話だが、ここでの戦いぶりを見るに嬢ちゃんの方が俺なんかより戦う力はあるだろうさ」
それに加えて戦いが必須となるのが分かっているなら、戦闘力の高い者が行くのが道理というもの。
提案してきた側である以上はガランド達もそれを理解しており、レイラが態々を指摘する必要もないだろう。
「なら、やっぱり私が行くしかないわよね」
「はァ。説得するのに、もうちょい苦労すると思ってたんだがなァ……」
「取り越し苦労だったわね、お疲れ様」
レイラが微笑み返せばガランドは気が抜けたように頭を掻き、まったくだと呟いて大きな溜め息を吐き出した。
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