18 その広間、籠城に付き――

 

 大挙してやってきた大鼠(ラージラット)の数は止める間もなく膨れ上がり、数えるのも馬鹿らしくなるほどの動死体(ゾンビ)が所狭しとひしめきあっている。

 そして広間に居た冒険者たちは追い立てられるように中央に集められていた。

 だが冒険者たちはただ集められ、動死体の群れに噛み殺されるのを待っているだけの存在ではなかった。


「前衛は無理に攻撃する必要はない、円陣を崩さないことだけを意識しろ!! 後衛の奴は前衛の補助! 魔法や魔術を使える奴らは指示するまで魔力を温存しておけ!!」


 当初は事態の急変に戸惑い、右往左往するだけだった冒険者たち。そんな彼らを見てこのままでは全滅するしかないと即座に判断したガランドは一喝して彼らをまとめ上げた。

 勿論ガランドの指示を聞かない者も中にはいたが、そんな彼らは悲鳴を上げる間もなく動死体の群れに飲み込まれていった。

 そんな彼らの尊い犠牲のおかげか、今ではガランドの指示に従わない人間は出ず、ある程度の統率を持って襲い来る動死体に対処できていた。


「悪ィな嬢ちゃん。俺たちが護衛役だってのにこき使っちまってな。ただこんな状況じゃァ真っ当に戦える奴を遊ばせておくわけにもいかねェからよ」


 冒険者たちが組む円陣の外。

 冒険者たちへ掛かる圧を少しでも減らすため、遊撃として押し寄せる動死体を戦斧で動けないほどに"壊して"回る役目を任されたレイラ。

 そんなレイラが一息入れるように大鼠から距離を取ると、心底すまなそうにガランドは言った。


「仕方ないわよ。流石の私も、彼らを見捨てて自分たちだけ助かろうなんて思ってないわ」


 この世界において、人の命は軽い。

 人を食料か玩具としか思わない蛮族が跋扈し、人の手が届かない自然の中には未だ獰猛な動物や魔獣が生息している。


 また、人の命を奪うのは彼等だけではない。

 野盗や傭兵が金品のために村を根切りにすることもあれば、不運な旅人を骨の髄まで喰らい尽くす悪漢蔓延る村落もある。

 そうした脅威に晒された命など、まるで風に巻かれる紙吹雪よりも容易く散っていくからだ。



 されど誰も彼もが生命を軽んじ、善行をなさないわけじゃない。



 道端で親とはぐれて泣く子供に手を差し伸べる傭兵もいれば、怪我をした赤の他人に持っていた傷薬を無償で分ける冒険者もいる。

 敵手でなければ自身の命を投げ打つようなことはなくとも、助けられるなら助けるための努力はする。

 それがこの世界での一般的な倫理観だ。それは例え切った張ったの世界に身を置いていようと変わらない。


 故にガランドもダッカも培ってきた倫理観に乗っ取り、大広間に居た冒険者たちを一人でも多く助けようと行動していた。

 だからレイラも二人の行動を止める気などなかった。

 倫理観に反する行動をすればどう思われるかなど分かっており、なにより他の冒険者の守りに気を割いていれば二人の目を盗んで抜け出す機会もやってくるだろうと思っていたからだ。

 あと、ついでとばかりに必要なかったとはいえ護衛役を途中で投げ出されたことになるレイラは一つ考える。


「その代わり護衛の報酬、夕食の代金は依頼未達成ってことで自弁してね」

「オイオイ、そりゃァねェぜ!!」

「今日一日分タダ働きかよ!?」


 茶目っ気をたっぷり含ませてレイラが流し目を二人に送ると、動死体を軽く捻り潰しながら盛大に嘆かれる。

 まだまだ余裕のある二人にレイラもクスクスと声を漏らし、戦斧で近づいてきていた動死体を叩き切る。更に手近にいた大鼠へ蹴りを叩き込み、態勢を崩して隙を見せた冒険者に飛び掛かろうとしていた動死体ごと弾き飛ばす。


「しっかし動死体どもの様子を見る限り、こりゃァ昨日今日立てた悪巧みじゃァねェなァ」


 盾と剣で簡単に大鼠をあしらいながら周囲を見渡したガランドは不愉快そうに顔を歪める。

 大広間に転がっていた大鼠やここへ誘い込もうと動いて大鼠たちとは違い、今や大広間を埋め尽くしている動死体の大半は体のどこかしらが腐敗していたのだ。

 中にはスケルトンと見紛うばかりに肉が腐り落ちている個体まで混じっている。なにより大広間の大半を埋め尽くし、それでもなお入りきれず通路を塞いでしまっている大鼠の死体を集めるのにどれほどの時間を掛けてきたのかなど検討もつかない。


「短くとも半年、長けりゃ数年は準備に時間を費やしてるかもな。となると蛆狂いグラミジア共がここに集められた冒険者連中を生贄にして満足するはずもなし、か」

「どうにかして上の衛兵にことの次第を伝えてェところなんだが……」

「確かにそれも重要でしょうけど、今はどうやって生き延びるかを考えるのが先決だと私は思うのだけど?」


 肉が腐っているせいなのか、新たにやってきた大鼠達の動きは僅かに緩慢であり、最初にレイラへ襲いかかった個体ほど強固な個体は少ない。

 また全体の統括と指揮をしているガランド、器用に動死体の間を駆け抜けてはダッカ、押し寄せる動死体の圧力が一点へ集中しないように適度に間引いてるレイラの頑張りも合ってか、今のところは円陣を組んでいる冒険者達の中で命を落とした者は一人もいない。


 なれど、四方の通路から現れる動死体の数は一向に減る気配を見せない。

 このままではいずれ体力の尽きた前衛から櫛の歯が欠けるように脱落者が増え、円陣を食い破られるのも時間の問題であると三人は理解していた。


「前衛ども、ここが正念場だ!! 動死体どもを押し込んで空間を作れ!!」

「「「応ッ!!」」」


 ガランドはそれとなく円陣を組む冒険者の顔に疲労の色が混ざり始めているのを確かめ、声を張り上げた。

 普段の間延びした話し方を止めたガランドの短切な指示に押されるよう、円陣を組んでいた冒険者達が雄叫びを上げながら動死体を外へ外へと押し込んでいく。

 レイラも彼らの動きを後押しするため、マゴ付き、押し返しきれないでいる冒険者達の前に飛び込んで動死体たちへ戦斧を振るう。

 銀の柄へ多量の魔力を流し込み、より輝きの増した刃はするりと脆くなった動死体を絶やすく斬り飛ばす。一歩踏み込みながら再度横凪の一閃を振るえば、冒険者達の前に大きな空間が出来上がる。


「よし十分だ、嬢ちゃんは退がれ!! 後衛は前衛が休む間、ありったけの魔力を使って連中が近づけないようにしろ!!」


 快活な是の返事とともに、レイラは背後で膨大な量の魔力が膨れ上がるのを肌で感じとる。

 即座に眼前にいた大鼠の頭を踏み台にして宙返りの要領で身を翻すと、上下が反転した世界の中で幾本もの火線が駆け抜けていく。

 そして着地と同時に動死体の元にたどり着いた火線は花火のように弾け、一瞬にして焔の壁を作り上げた。


「これが攻勢魔法。初めて見たけど、中々の威力ね……」


 轟々と燃え上がり、離れていても頬に伝わる熱量を感じながら軽やかに着地したレイラは素直に関心する。


 精霊魔法は基本的に戦いには向かないとされている。


 薪に火を付ける。

 飲み水を作り出す。

 土を僅かに混ぜ返す。


 生活の中で使う程度や自衛として使うには十分だが、それだけだ。

 精霊に魔力を与え、意思を伝え、精霊が事象を発現させて初めて精霊魔法を発現される。

 だが肉の殻からだを持たず、魔力で物を見聞きし、自然現象として生きる精霊と肉の殻からだに囚われ、可視光でしか物が見えず、自然現象と共に生きる"人種(ヒト)"。


 その二つの存在を隔てる壁はあまりにも分厚く、高すぎた。


 見える景色も、感じる熱も、時の流れすら違う存在と真っ当な意思疎通ができるはずもなく、二者の間にある齟齬によって無駄が生じ、発動できる魔法の規模が制限される。


 ただ、人族の中には精霊と深く意思疎通できる者がいる。

 それは種族故であったり、神の寵愛加護であったり、才能であったり、血が織りなす奇跡であったりと様々だ。

 理由は数えるほどあれど、そういった者が扱う精霊魔法は通常の規模を超え、武器として使えば敵手を殺せる領域に至る。

 そういった魔法を扱える者は総じて魔法使いと呼ばれ、魔法使いが武器として使う魔法は一般的な精霊魔法と区別するため"攻勢魔法"と呼ばれていた。


「でも燃費はあんまり良くなさそうね。私には関係ないけれど、覚えておきましょうか」


 円陣の内側で余力を残していたはずの魔法使いたちの顔色が見る見る内に悪くなっていく様を眺めながら、レイラは腰の水筒の魔道具に手を伸ばす。

 僅かばかりの魔力を流し込めば、水筒は程なく湧き出た水で満たされる。

 渇きを訴え始めている喉を潤そうと口をつけると見計らったように視界にガランドとダッカの姿が映り込む。


「一息入れてるとこ悪ィが、これからどうするかについて話がしてェ」


 そして水筒の水を飲み干す間もなく、深刻そうな表情を浮かべたガランドがダッカを伴って歩み寄ってくるのだった。

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