17 その元凶、蛆狂いにつき――

 

 蛆狂いグラミジア


 蛮族達が崇める神の一柱にして不死者(イモータル)の祖、亡者(アンデッド)を生み出す諸悪の根源――――不浄と病巣の蛆溜まりグラミダール

 寿命という定めに抗わんとする者たちにとって、悲願たる不死を体現する蛆溜まりグラミダールを奉じる人間がいても不思議はなく、その甘美たる権能は喩え人の世では禁忌とされていても宗教として成立しうる魅力を持っていた。

 そして蛆溜まりを崇め、屍術をもってその権能を得ようとする者たちのことを、彼らがもたらす厄災への忌避と侮蔑を持って『蛆狂いグラミジア』と人々は呼んでいた。


「まったく、ホントに蛆狂い共はクソッタレな連中だなァ!!」


 突然起き上がりだした大鼠達によって大混乱に陥った広間を見渡し、ガランドは盛大に舌を鳴らす。

 そして無造作に一歩踏み出しながら掬い上げるように剣を振り上げて起き上がろうとしていた大鼠の首を斬り飛ばし、力任せに盾を叩きつけて飛び掛かってきていた大鼠を潰してみせるガランド。

 更に振るった盾の勢いそのままに体を回し、駆け寄ってくる別の大鼠を両断する。


 一見するとガランドの動きは力任せで粗雑な物に見えるが、挙動一つ一つが次の挙動へと繋げる布石であり、斜面を流れる流水の如く紡がれる連撃は全て大鼠へ致命の一撃として繰り出される。

 今まで相対してきた遨鬼(ゴブリン)は勿論、防御を念頭に置いた攻め方をしていたために挙動と挙動の間に余裕を持たせていたダルトンとも違った、洗練された動きだった。

 流石は長年冒険者として活動していただけのことはあると真っ当に戦う姿をつぶさに観察しながらレイラは思うのだが、今回ばかりは相性が悪かったようだ。

 どれだけ致命傷になるダメージを与えようと、大鼠は平然と起き上がってくるのだから。


「クソッ、こんなことならラヒューズを無理やりにでも引っ張ってくるんだった」

「ラヒューズって、ダッカさんたちと一党(パーティー)を組んでる森精族(エラフィム)の魔術師だったからしら?」


 ガランドが頭部を潰してなお動く大鼠の四肢を短剣で器用に斬り落としていたダッカのボヤキがレイラの耳に届く。

 二人の御蔭で周囲の動死体は瞬く間に処理され、手持ち無沙汰になっていたレイラは数日前に"羊の踊る丘亭"でチラリと見掛けた"人種"の姿を思い出す。


 森精族エラフィム


 トールキンの某指輪を巡ったファンタジー小説で有名となったエルフに似た種族がこの世界にもいるようで、その見た目もほぼ同じく長く尖った耳をしていた。

 ただしトールキンのエルフとは違って菜食主義であったり、弓の名手という事もなければ、全員が全員とも美男美女という訳でもない。

 この世界でも彼らは森を住処にしてはいるものの、騎乗を得意とした狩猟民族が源流であり、弓も使えはするが軽妙な身のこなしを主体とした接近戦を得意としているらしかった。


「あぁ、アイツは森精族なのに炎系の魔法が得意でな。で、屍術(ネクロマンシー)で作られた動死体は動かなくなるまで燃やし尽くすのが手っ取り早いんだよ」


 起き上がろうとする大鼠の前足を斬り落としたダッカは言う。

 自然発生した動死体と屍術で作られた動死体の違いは耐久性なのだ、と。

 自然発生する動死体は蛮族や魔獣であれば体内の魔石、人種や動物であれば魔力の源たる魂が宿るとされる心臓が"核"となる。

 故にその"核"を破壊すれば自然発生の動死体は元の死体へと戻る。

 だが屍術で作られた動死体はそうもいかない。

 なにせ屍術の動死体にとっての"核"とは魔術そのものであり、どれほど切り刻もうとも屍術の影響下にある限り死体は動き続ける。

 とは言え四肢を失えば動死体は微動する肉塊に成り果て、炭化するほど焼き尽くしてしまえば動くこともままならない。

 だから近くに術者の姿が見えないなら、まずは術者が操る動死体全てを身動きが取れないぐらい"壊し"てから術者を見つけ出すのが鉄則だとダッカは締めくくった。


「ふーん。亡者(アンデット)って聞いてどうしたものかと思ったけど、知ってしまえば意外と対処は簡単なのね」

「普通は怯みも疲労もなく、脇目も振らずひたすら襲いかかってくる動死体の対処が難しいんだが――――」


 会話の最中、レイラ達の背後で起き上がった大鼠の一体が音もなくレイラへ飛びかかる。

 咄嗟に動こうとしたダッカが刃を振るうまでもなく、レイラは半身を引くだけで大鼠の脇へ避けるとすれ違いざまに手斧を一閃させて片側の前後脚を一息で斬り飛ばす。


「――――まぁ、嬢ちゃんならこれぐらい問題ないか」


 呆れているとも感心しているとも判断のつかない複雑な表情を浮かべるダッカの傍ら、刃についた血糊を振り払い、前後一本ずつになった脚で立ち上がろうとしては失敗している大鼠を冷めた目で見下ろすレイラ。

 あの異常としか言えない耐久性の種も明かされ、ただ動くだけの死体への興味など欠片も湧かないレイラは溜め息を吐き出す。

 大鼠の四肢をまとめて斬り飛ばすなら、手斧よりも戦斧の方が良いだろう。そう判断してつまらなそうに手斧を腰へ戻し、担いでいた戦斧に持ち替える。

 そして一振りと共に柄へ魔力を流し込めば、淡く光る半月状の刃が間断なく作り出される。


「まったく、折角の初仕事が台無しじゃない。傍迷惑な連中も居たものねッ」


 そして藻掻く大鼠に歩み寄ると横凪の一閃で残った脚を切り飛ばし、戦斧の重量のせいで流れる身体の動きに迎合する形で体を捻り、横への動きを無理なく縦の回転へと変転させる。

 更にそこへ全体重を載せて振り下ろせば、大鼠の首はおろか硬質な地下水路の路面すら豪快な音を伴って叩き割られる。

 まるで横槍を入れてきた蛆狂いへの怒りを表すかのようなレイラの一撃に、ガランドとダッカも同意するように大きく頷いた。


「本当に、この落とし前をどう付けたものかしら……」


 だがレイラの心情は傍目から見える姿とはまったく違うものだった。

 思案している風を装いながら手でそっと口元を覆い、レイラは釣り上がる口角を誰からも見えないようにする。

 ただ抑えきれなかった愉悦が目尻へ僅かに滲み出てしまう。

 隠しきれていないのを自覚しつつも、レイラは心の奥底から湧き上がってくるどす黒い喜悦を押し留める事が出来なかった。










 蛆狂いの屍術師をどう対処しようかと考えたとき、脳裏に何かの枷が外れたような感覚を覚えたからだ。











 屍術を扱えば極刑ものの大罪。

 恐らくそれを知ったことで、屍術師という存在そのものが少女の影響の対象から外れたのだろう。

 口角が更にきつく吊り上がるのを感じつつ、レイラは周囲を見渡してどうしたものかと考える。




 実に約三ヶ月振りの獲物である。

 ならば一人でゆっくりと、じっくりと堪能したいではないか。




 それに少女を取り込み、自身が持ち得なかった感情というもの得てしまってからというもの、表情の制御が甘くなってしまっている自覚がレイラにはあった。

 極刑が決まっている蛆狂いをレイラが始末した所で、荒事で生計を立てている二人がとやかく言ってくることは無いだろう。

 だが流石に最期の"彩"を見て浮かべてしまうだろう恍惚とした表情を今のレイラに抑えられる自信はなく、その姿を見られるのが不味いことなど誰が考えるまでもなく明らかだ。


 そうなると護衛役としてきている二人を撒いて蛆狂い達を探さねばならないのだが……


 レイラがどうするのが最適なのかと思索していると、ふと大広間の喧騒とは違った音が混じっている事に気が付いた。


「ねぇ、二人とも。衛兵の人たちがこの事態に気付いてここに来るとしたらどれ位掛かるかしら?」

「あァ? 通報があって動いたとしても、武装を整えたり人を集める必要があるだろォから、どんなに頑張っても半刻約一時間は掛かるんじゃねェか? 流石にアンデットが沸いてるってのに、準備に一刻も掛けるほど腑抜けてはいねェとは思うが……」

「だな。とは言えここはどの出入口とも距離があるからな。事態の確認で先に寄こされる奴らでも、早くて四半刻はかかるだろう」

「そうなのね。なら――――」


 二人によって既に周囲にいる大鼠の動死体を粗方動けなくなるまで"壊されて"いた。

 得物に付いた血糊を振り払い、周囲に撃ち漏らしや新たに流れてくる個体がいないか注意深く見渡していた二人はレイラの煮え切らない態度に怪訝な表情を浮かべる。

 そしてレイラの視線が大広間で未だ動死体の対処に四苦八苦している冒険者にではなく、大広間に繋がる通路の一つに向けられていることに気付く。

 気付いて、似たようなことがついさっきあったと嫌な予感を覚える二人。


「――――この足音は一体誰のものなのかしら?」


 レイラがそういうや否や、大広間に新たな冒険者らしき恰好の者たちが駆け込んでくる。

 彼等の表情は見るからに必死そのものであり、顔中に浮かんだ大粒の汗からどれだけ走っていたのか容易に想像できるというもの。

 そんな冒険者たちは大広間の四方の通路から示し合わせたように現れており、それぞれが大広間へ入るなり渇ききった喉を更に酷使するべく大口を開く。


「た、助けてくれッ!!!」


 一人の冒険者が叫んだのも束の間、大鼠の動死体が大挙して大広間に姿を現した。

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