12 その依頼、開始につき――
簡単な自己紹介を済ませ、にこやかに会話をしていた三人だったが、ふいに周囲に目を向けていたダッカが呟いた。
「しかし、昔からこの依頼を受けてる連中の剣呑さは変わらないな」
「そうなの?」
「まぁな。俺が駆け出しだった頃もあんな目を向けられたもんだ」
ダッカ曰く、『地下水路定期討伐』という依頼は喰うに困った冒険者たちが野盗などに身をやつさないための依頼らしい。
蛮族や魔獣の脅威にさらされているアルブドル大陸では誰もが大なり小なり武装しているが、争いごとに慣れている者は少ない。
そのため一般人が野盗になっても多くの場合は魔獣か野生動物の餌になるだけだが、魔獣の知識を持ち、自然の中でも生きる方法を知る冒険者が野盗化すると非常に厄介な存在になる。
故にバルセット近郊を治めるウェイラント辺境伯は、月に一度の頻度で『地下水路定期討伐』という依頼を冒険者たちに出しているらしい。
「でも、それなら冒険者なんて排した方が早いんじゃない?」
「まぁ、それはそうなんだが……冒険者は冒険者で、色々と役割があるんだよ」
レイラの身も蓋もなに言葉にダッカは苦笑いを浮かべる。
厄介者に思える冒険者たちだが、様々な脅威に晒されるこの世界では衛兵や軍が動くのを待っているには遅く、傭兵団を雇うほどの事態ではないと言うことが往々にしてある。
例えば大規模な部隊を編成して探索をするには手に入る遺物の量に期待できない、かと言って放置するには惜しい遺跡の探索がしたいとき。
賑やかしとしてか、怪我などで護衛の数に穴が開いてしまった隊商が格安の護衛を求めてるとき。
あるいは数体の蛮族たちが開拓村の近くに住み着いてしまったときなどだ。
そんなとき、衛兵よりもフットワークが軽く、傭兵を雇うよりも安価で済む冒険者たちに白羽の矢が立つのだ。
ちなみに蛮族の支配域と広く隣接するアルブドル大陸では、傭兵が野盗へと転じることは少ない。
なにせ蛮族の領域と隣接する開拓の最前線では蛮族による襲撃が後を絶たず、人の領域たる北方砦群の内側だろうと監視の目をすり抜けて侵入してきた蛮族たちの脅威にさらされている。
そのため傭兵の需要は非常に高く、真っ当な傭兵であれば喰うに困ることは少ないからだ。また最前線で活動する傭兵たちは活躍次第で土地を得られる可能性もあるため、紳士的な振る舞いをすることも多い。
荒れ果て誰も寄り付かないような土地を貰ったところで、すぐに生活が行き詰まると分かっているからだ。
それでも野盗行為をする傭兵は後を絶たないが、急ぎ働きに勤しむ者たちの中で傭兵が占める割合は少ない方だろう。
「まァ、冒険者の話はそんぐれェで良いだろ。今、嬢ちゃんが気ィつけとかねェといけねェのは、ここに集まった連中に対してだ」
「あら、そうなの?」
ダッカと同じく周囲を見渡していたガランドは、心底楽しそうに口元を吊り上げながらそんなことを言う。
何か特定の方向を見ているガランドの視線を追うと、レイラに殺気を向けていた冒険者の姿が目に入る。
レイラがそんな冒険者に笑顔と共に手を振ると、忌々しそうに舌打ちをされて顔を背けられる。
「あァ。この依頼を受けるような連中は、大抵食い詰めてる奴か駆け出しのどっちかだ。駆け出し連中はまだ良いが、人間ってのは追い詰められるとなに仕出かすか分かったもんじゃねェからな」
「そう? まぁ、仮に何かがあってもなんとかなるでしょう。それに今回は二人が一緒なんだもの、心配する必要があるのかしら?」
「あ? 俺らは嬢ちゃんの護衛だが、積極的に守る気はねェぜ」
顔を背けた冒険者を鼻で笑っていたガランドは片眉を吊り上げながらレイラを見る。今回、二人がこの場に居るのは心配性のエレナがレイラの護衛として雇ったからだ。
ちなみに報酬は今晩の飲食代だ。
ただ護衛と言っても余程のことがなければ何もせず、基本的にはレイラの実力だけで対処することになっている。
そのことは事前に確認しており、レイラもそれを理解していると思っていたダッカも意外そうにレイラを見ているが、当のレイラはこともなげに肩を竦める。
「使える手は悪戯妖精の手も使えって言うのが私の信条なのだけど、例え"
レイラがそう言って二人に流し目を送ると、ダッカとガランドはキョトンとした表情を浮かべる。
そして一拍の間をおいてから二人は声を上げて笑いだす。
「ハハハ、そりゃァそうだ!! 冒険者なら使えるモンは何でも使うわねェとな!!」
「確かにどんな形であれ人脈も実力の内だな。ま、使われる側からしたら、ほどほどにしてもらいたい所だが」
周囲が気負いや緊張で剣呑な空気を漂わせているのを分かっていながら、三人は快活な会話を止める気配を見せない。
例え最初よりも向けられる敵意が強くなっても、それは変わらない。
いや、三人とも自分たちに向けられた視線の意味を分かってやっていた。
ガランドは退屈な時間に僅かばかりの刺激を求めて。
ダッカは油断していたとはいえ、ガランドから一本取ったというレイラの実力を測るために。
レイラはあわよくば自分にとって都合のいい展開を期待して。
三人が三人とも違う意図をもっていながら、示し合わせたように周囲を煽るように軽妙な会話を続けていく。
しかし残念なことに三人の望む事態には至らなかった。
周囲からの敵意が高まり、我慢の限界を迎えた冒険者の一人が動き出そうとしたのを見計らったかのように、広場に甲高い笛の音が鳴り響く。
『これより地下水路定期討伐の受付を行う! 参加する者は秩序をもって受付に並ぶように!! なお、これ以降問題行動とこちらが判断するような事を起こした者については、本日の定期討伐は受けれないと思え!!』
魔道具でも使っているのか、特設の檀上の上に立っていた衛兵の声が冒険者でごった返す広場にいても鮮明に耳に届く。
レイラたちへ体を向けようとしていた冒険者が舌打ちと共に受付へと向かうのを見た三人が揃って鼻を鳴らす。
「ッチ、つまんねェ連中だぜ」
「まぁ、ここに居る奴らなんてそんなもんだろ。それより嬢ちゃんも並んだ方が良いんじゃないか?」
「そうね、そうするわ」
そう言ってレイラは二人と別れ、受付の列へと並ぶ。
さっきの衛兵の言葉が効いたのか、列に加わっても前後に並ぶ冒険者から敵意の篭った目を向けられるだけで面倒ごとは起らない。
内心残念に思いながら待つことしばし。
ようやくレイラの前の冒険者が受付を終えて視界から退くと、小さなテーブルを挟んだ向こうに軽鎧に赤い帯を襷掛けした見慣れた人物が立っていた。
「あら、士長さん?」
「おや、誰かと思えばレイラちゃんじゃないか。その恰好からすると、冒険者になる準備が出来たみたいだな」
「えぇ、お陰様で。それよりこの定期討伐も北門の衛兵さんたちの仕事なの?」
「あぁ。と言っても、各詰め所が持ち回りでやってるんだがな」
「へぇ、それは知らなかったわ。衛兵さんの仕事も意外と大変そうね」
見知った顔を見たせいか、ここでも軽く世間話を交えているとレイラの背後で待っていた冒険者がこれ見よがしに舌打ちを鳴らす。
冒険者の態度に反応して眉間に皺を寄せる衛士長が動くよりも早く手で制し、本題に移るように軽く促すレイラ。
視線だけで良いのかと問う衛士長に首肯を返すと、衛士長は脇に控えていた衛兵に視線を投げる。
すると衛兵はテーブルの上に数字の書かれた木札と、口を縛るように金属製の輪が付いた布袋を置いた。
「……取り合えず、依頼の説明だな。と言ってもそんなに難しいもんじゃない。地下水路で繁殖する
ちなみに布袋に着いた金属の輪は魔道具らしく、物を入れることはできても専用の魔道具を使わないと開けられない仕様になっているらしい。
更に無理に開けようとすれば、中身に特殊な塗料が噴射される機能もあるという。
塗料の付いた尻尾を納品すると報酬は支払われないどころか、最悪の場合はその場で取り押さえられるからと、レイラは衛士長に念入りに注意される。
どうにもこの魔道具が導入される前は戦い慣れていない新人冒険者を脅してその日の成果を奪うという、
木札の数字も各人の署名と共に控えられているため、木札と袋を奪っても報酬は受け取れなくなっていた。
「最後に報酬の受け取りについてだが、不測の事態が起きない限り
「そう、わかったわ」
衛士長の説明を全て聞き終えたレイラは名簿に名前と木札に掛かれた数字を書き込み、最後に衛士長に笑顔を向ける。
「丁寧に説明してくれてありがとう、士長さん」
「なに、これも仕事の内だ。礼を言われるほどの事じゃないさ」
「でもお礼を言うのは当然でしょ? じゃ、私は行くけど士長さんもお仕事頑張ってね」
「おう、レイラちゃんも気を付けてな」
他の冒険者たちと違って和やかに受付を済ませたレイラがその場を去ると、衛士長と傍にいた衛兵は笑顔でその後ろ姿を見送った。
ちなみにレイラの次に並んでいた冒険者には剣呑で殺気に満ちた態度で応対したとかしないとか。
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