13 その場、地下水路につき――


 薄暗い石造りの地下水路。

 淡いカンテラの灯りに照らされた狭く暗い通路に、人のものとは違う短い断末魔が響き渡る。


「地下水路って聞いたからもう少し汚い所を想像してたのだけど、存外綺麗なのね。臭いもしないし」


 頬に飛び散った返り血を拭い、頭蓋を叩き割られた|大鼠(ラージラット)から手斧を引き抜きながら呟くレイラ。

 そんなレイラの元へ少し離れたところで見守っていたダッカが歩み寄る。


「この地下水路は魔導機文明時代の遺産だからな。それに町全体に走ってる上下水道はここの足元にあるから、そうそう汚れるもんでもないさ。あと大鼠の討伐証明部位は尻尾だが、根本から切り取らないと数に数えてもらえないぞ」


 なんでもバルセット城塞都市は魔導機文明時代の遺跡の上に作られた街らしく、この地下水路や上下水道はその遺跡由来の物だという。

 なんの意図をもって上下水道と地下水路を分けて作られたのか、構造上不必要な地下水路を魔導機文明時代の人間が作った理由は未だに判然としない。

 それでも文明が滅んでなお、水路には遺跡の中央にあるという巨大な魔導機から澄んだ水が絶えず送り出されていた。


「水路を結ぶと陽光結晶の効果を増幅するっつゥ、魔法陣を描くんじゃねェかって噂もあるぞ。まァ、大枚叩いて調べた研究者は空振りに終わったらしいがな」

「陽光結晶?」

「ん? あぁ。そういや、嬢ちゃんは開拓村出身だから陽光結晶とは縁がねェのか」


 聞きなれない単語に首を傾げると、ガランドの気だるげな声が返ってくる。

 レイラが始末した大鼠達の尻尾を切り取っている傍ら、手持ち無沙汰になっているガランドが壁に寄りかかりながら暇つぶしがてらと言わんばかりに説明をし始める。


 ガランド曰く、陽光結晶とは蛮族ベイベロンが踏み入ることのできない領域を作る魔道具の一種らしい。

 なんでも蛮族の大半はその魂に"穢れ"と呼ばれるものを宿しているらしく、魂に宿る"穢れ"が多ければ多いほど陽光結晶に近づくことができなくなるという。

 ただし陽光結晶も問答無用で蛮族を弾くわけではなく、"穢れ"を有する者に身を焼くような痛みを与えるものでしかなく、その痛みの強さも"穢れ"の多寡に由来する。

 そのため遨鬼(ゴブリン)のような低位の蛮族に与える影響は少なく、陽光結晶が置いてあるからといって、蛮族の脅威がなくなるわけではない。


 また"穢れ"は蛮族だけでなく、死者が蘇る際にもその魂に蓄積され、"穢れ"を焼く陽光結晶の効果が及ぶ範囲内では動死体(ゾンビ)や死霊(レイス)などの亡者(アンデッド)は自然発生し得ないという。


「へぇ、そういう魔道具もあるのね。でもそんな物があるならもっと普及しても良さそうなのだけど」

「なんでも陽光結晶は魔法文明時代の遺物で出土数が少ない上、まだ複製もできねェんだと。それに維持するのにかなりの魔力が必要らしくてな。この街が魔石を買い取ってんのは、陽光結晶を維持するのに使ってるからなんだよ」

「ふーん、中々ままならないものね」

「まァ、陽光結晶が普及できてりゃァ、人族ヒュームの領域はとっくの昔にもっと広がってるだろうよ」

「それもそうね」


 雑談しながらも証拠部位の回収を済ませたレイラが立ち上がると、ガランドとダッカはレイラからやや距離を取る。

 それを見て取ったレイラも採集用ナイフをしまい、先頭になる形で地下水路を進み始める。


 無駄口を叩くこともなく、靴音と水路を流れる水の音だけに満たされた地下水路を進む一行の足取りに淀みはなかった。

 大鼠を見つけるべく当てもなく歩く三人だが、時折迷路のように複雑に入り組んだ水路の曲がり角から大鼠が姿を見せる。

 ほんの僅かに大鼠の姿が見えた次の瞬間にはレイラは大鼠の眼前に立ち、その頭を鉄靴で蹴り砕き、あるいは首を手斧で斬り飛ばし、あるいは急所をナイフで突き刺していく。

 抵抗する間も与えられず、命を刈られていく大鼠たち。


 順調すぎるほど順調に討伐数を稼いでいくレイラの背後。

 なにかあればすぐに対応できるよう、だらけているように見えてしっかりと警戒しているガランドにダッカがそっと顔を寄せる。


「これ、俺らが付きそう必要あったか?」

「あァ? ンなもん、見ての通りあるわけねェだろ。だから昨日もそう言ったじゃねェか」

「それはそうだが、嬢ちゃんがちょっとでも本気を出してくれるかもと思ったんだがなぁ……」

「そんなバカなことあるかよ。嬢ちゃんはもう遨鬼相手に実戦を済ませてるんだぞ? 今更、大鼠相手なんかに嬢ちゃんの本気を引き出せるわけねぇだろ。まァ、俺も嬢ちゃんの本気が見てみてェ気持ちは分かるがな」


 先日一党(パーティー)メンバーの一人であり、後衛職の魔術師であるエルフの帰郷に付いて行っていた他の一党メンバー達は数か月ぶりにバルセット城塞都市に戻ってきていた。

 そして帰ってきた一党(パーティー)メンバーの関心が、不在の間に活動拠点であり、馴染みの店でもある"羊の踊る丘亭"の看板娘になっていたレイラに向くのは当然だった。

 斥候であり、情報収集や旅の事前準備を一手に担っているダッカを中心に一党が一丸となって動いた結果、レイラの情報はたった一日で丸裸となった。


 レイラが開拓村出身であること。

 エレナの姪であり、故郷を追われた経緯も直ぐに調べはついた。

 それ以外にもゴンドルフの店で武具を揃えたことや、詰め所や小さな商会などでも顔が広く知られていること。

 レイラがその容姿を使って年若い冒険者から小銭を巻き上げていることまで。

 ガランドがデートに誘われ、帰ってきてからは嫉妬した冒険者たちから絡まれまくったという顛末を知ったときは、一党メンバーは揃って机を乱打して大爆笑していた。


 そしてそれほど噂になっていなかったが、模擬試合でガランドから一本取ったと知ると目つきを変え、レイラの実力に興味を示した。


 なにせガランドは一党の中でも最も接近戦に優れ、前衛で戦いながらも周囲の状況を把握できる観察眼を持ち、なにより一党内で最も実力があり、冒険者としての経験も豊富なリーダーであった。


 油断していたにせよ、奇襲に近いものであったにせよ。

 そんな男から一本取った人物に一党メンバー達が興味を示さないわけがなかった。

 そんな折、レイラが地下水路討伐に行くと知った一党メンバー達はエレナを丸め込み、ガランドだけだった護衛役にダッカを無理やりねじ込んだのだった。


「こりゃ、時間を無駄にしただけかな……」

「無駄足、ご苦労なこった」


 息をするよりも簡単そうに遭遇する大鼠を始末していくレイラの後ろ姿はまだまだ余裕に満ちており、レイラの実力を測るには大鼠はあまりにも弱すぎた。


 徒労に終わりそうな気配にがっくりと肩を落とすダッカ。

 その背をにやつきながら叩くガランド。


 腹の立つガランドの表情を見てダッカは言い返そうともするが、元々ガランドの忠告を無視してついてきたのはダッカの方である。

 うまい返しが思い浮かばず、力なくうなだれるしかなかった。


「……」


 予想通り順調に進んでいたせいか、それともバカみたいなやり取りをしていたせいか。

 二人は気付いていなかった。

 嬉々として大鼠を狩っていたレイラの表情に、途中から怪訝そうなものが混ざり始めていたことに。


「…………」


 手斧で飛び掛かろうとしていた大鼠(ラージラット)の首を先んじて斬り落とすレイラ。

 久方ぶりの狩りで僅かばかりの幸福感を得ているはずのレイラだが、待ち望んだ瞬間であるにも関わらず、訝しむように肉を切り裂いた感触の残る手を見ていた。

 ちらりと首の堕ちた大鼠を見るが、断面からだくだくと血を流す大鼠の死体に不審な様子はない。

 他に転がっている大鼠も同様だった。

 しかしレイラは愉悦を噛み締めるでもなく、目を細めて大鼠の死体を見下ろし続けた。

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