11 その天秤、不安定につき――

 

 装備を受け取ってから更に三日が過ぎ、エレナに言い渡された『地下水路定期討伐』当日の早朝。

 バルセット城塞都市の中位区画にある広場に、装備一式を身に着けたレイラは居た。ただしゴンドルフから受取った装備の他に、レイラが身につけている物は増えていた。

 小物を入れておくポーチや、一本幾らもしない安物の短剣が数本。

 手斧を固定しているベルトには拳大の水筒のような円筒状の物や、先端に赤い輝石が嵌め込まれた棒状の物。蝋燭の代わりに輝石が入った小さなカンテラなどが括りつけられている。


 それらは遠くの街や開拓村を回る冒険者となるに当たり、必要になりそうなものを商会や露店市で探していたときだった。

 ガランドに伴われて訪れた魔道具組合マギテックギルド――魔具や魔導機、神器等を買い取り、分析し、複製している准国営組織――で見つけた品物だった。


 開拓村を訪れていた冒険者たちの言葉を鵜呑みにして魔道具類は全て高額だと思い込んでいたレイラだったが、実際にはそれほど高価な物ばかりではなかった。

 いや、正確に記すならば九割近くの物はレイラが身に着ける装備一式と同額の値段が付けられていたが、一部の物に関してはほぼ捨て値同然で売られていたのだ。


 何故そんな値段の物があるのかと言えば、偏に魔道具組合に持ち込まれた魔道具の需要がないからだった。


 レイラが腰に着けている水筒のような魔道具は魔力を込めることで中に水を作り出すことができ、赤い輝石の嵌め込まれた物は先端に指先サイズの火を作り出せる代物。

 一見すると非常に便利な品物だが、誰もが精霊魔法を扱えるこの時代において需要はほぼ皆無と言っていいだろう。

 水を作るのも、火を起こすのも、精霊魔法で事足りてしまうのだ。

 それどころか荷物になる上、魔道具を介するため魔力効率は精霊魔法よりも遥かに劣る。


 そんな物がなぜ魔道具組合にあったかと言えば、魔道具組合は冒険者や傭兵たちが持ち込む魔道具はどんなものでも――それが本物である限り――全て五〇〇ルッツで買い取っているからだ。


 魔道具の形状は多岐にわたる。

 一目見て魔道具だと分かる物もあれば、専用の機器を使って分析して初めて魔道具だと分かる物もある。

 そして性能や機能についても同様だ。

 一見すると使い物にならないようなものも、ただ使い方が間違っていたり、真価を引き出せていないということもままあるらしい。

 そういったものが安物と判断されて捨てられるのを防ぐために、一律で買い取っている。

 ただし玉石混合となるため、本当に使えないと判断されたものは解析だけされ、複製されることもなく現物が格安で売られていたのだ。


 レイラが買った魔道具も需要のなさから、結果的に複製品レプリカでもないのに一つ五〇ルッツもしない捨て値になっていたのだ。

 だが、精霊魔法を使えないレイラにとっては非常に有り難い魔道具だった。


 故郷の開拓村がそうであったように、この時代の生活様式は精霊魔法を使うことが前提となっている。

 そのため旅人向けの道具には皮袋のような水を持ち運ぶ物は非常に少なく、代わりに作り出した水を注ぐための丈夫なカップが使われている。

 火起こしなどに使う道具類も同様だ。


 また需要が無い以外にも安価な値が付けられている魔道具もあった。

 レイラの首に掛けられた簡素なネックレスもその一つだ。


 〝疾風の首飾り〟と名付けられたそれは、魔力を流すことで一時的に思考速度が飛躍的に早くなるというもの。

 簡単に言ってしまえば、極度の集中をもって時間が間延びしたように感じる感覚を人為的に引き起こす魔道具だ。

 これも一見すると非常に便利に思えるが、思考速度と身体の動く速度が極端に乖離するため、使い慣れなければ思ったように身体を動かすのもままならない。

 更に魔力消費量は馬鹿にできないほど多く、身体への負担も大き過ぎるため、そう簡単に使い慣らせない代物だった。

 日々の瞑想で余程の事がなければ魔力が枯渇することがなくなったレイラをして、一回の使用で魔力が枯渇したときに感じる倦怠感に襲われ、酷い頭痛を覚えたほどだ。


 そう言った有用だが使い勝手が悪すぎるせいで買い手のつかない物も、魔道具組合では安価で売り出されていた。


 とは言え、一般的に魔道具は高価なものであるという認識に間違いはない。

 その認識で見ればレイラは真新しい装備に身を包み、それと同額の逸品を複数身に着けた少女に見えるだろう。

 実際にレイラが持っている戦斧やカンテラの魔道具を買おうとすればそれなりの金額が必要になるなものであるため、あながち間違いとも言い切れないが。


「……ッチ、コッチは生活が掛かってんだ。ボンボンのガキが道楽で来てんじゃねーよ」


 そしてそれを裏付けるように広場に集まった他の冒険者たちがレイラに向ける視線は冷たく、忌々しげなものばかり。

 それどころかこれ見よがしに侮蔑の言葉を口にする者がいるにも関わらず、レイラは普段から浮かべている微笑を崩すことはなかった。







 ――――否。








 笑顔を崩さないのではなく、崩れないよう必死に取り繕っていた。


「あぁ、もしここであの人たちの首を掻き斬ったらどんな表情を見せてくれるのかしら……」


 ボソリとこぼれ出た呟きに釣られ、口元が恍惚で歪んでいるのに気付いたレイラは咳を装って慌てて隠す。

 周囲を見渡し、レイラの表情の変化に気付いた人間がいないのを確かめ、ほっと一息ついた。


 故郷が滅びたあの日から既に四ヶ月、今日までレイラはずっとお預けを喰らっている。

 それでも普段なら問題なくこの場に相応しい態度を装え、安堵の息を吐くような愚を犯すことはなかっただろう。

 だが既に極上の瞬間を体験、少女の影響が外れるほど殺意のこもった視線を所々から感じ取り、衝動を抑え込んでいた理性の蓋が緩みかけていた。

 この場で欲に従わないのは、この日を超えればより上質な日々が待っていると思えばこそ。


 打算と衝動の天秤は大きく揺らいでいたが、レイラに殺気を向けた者たちにとって幸いだったのは、その天秤がまだわずかに打算へ傾いていたことだ。

 さもなければ、この広場は早々に赤く染まっていただろう。


「よォ、嬢ちゃん。元気にやってるか? って、流石の嬢ちゃんでも今日は緊張するってか?」


 聞き覚えのある声に振り返れば、皮鎧を着込んだ上で剣と盾を携えたガランドが立っていた。


「おはよう、ガランドさん。私、そんなに緊張してるように見えるかしら?」

「あァ。ちょいとばっかし表情が硬ェぜ」


 ふざけたように自身の口角を押し上げるガランドの言葉を聞き、レイラは自分の顔に手を伸ばす。

 緊張など欠片もないが、欲を抑え込もうとして表情に出てしまったのだろうか。

 ガランド曰く強張った表情をしているらしい顔を揉み解しながら、レイラはガランドに向けていた視線を横へとズラす。

 そこには軽鎧に身を包んだ、神経質そうな痩せぎすの男が立っていた。


「それでガランドさん。いつになったらお隣の人を紹介してくれるのかしら?」

「あァ、そういや。嬢ちゃんはウチのバーティ―連中と合ったことがなかったんだっけか。コイツはダッカ。ウチのところで斥候スカウトをしてる。ダッカ、この嬢ちゃんがエレナの姪っ子のレイラだ」



 ガランドの紹介を受けて前に進み出たダッカと呼ばれた男。それをレイラはさりげなさを装ってダッカを改めて観察する。


 斥候と言うだけあってか、堅革の胸当てぐらいしか防具らしいものはなく、軽装備のレイラよりも更に身軽そうである。

 武器は二本の短剣を使っているようで、鎧の上から羽織っているローブの隙間から柄が見え隠れしている。

 その他にレイラと同じようにポーチやクナイのような投げナイフを装備しているが、どれも一挙動で使えるように手の届く範囲に分散して身に付けられている。


 身長に対してかなり痩せ型のようではあるが、病的なものではなく、極限まで無駄をそぎ落とした引き絞られた体つきをしている。

 力は見た目通り期待できなさそうだが、その分速さに特化しているのだろう。

 また戦い慣れた者独特の雰囲気もあり、対人戦闘の経験が少ない今のレイラでは負けることはなくとも勝ち切るのは難しいかもしれない。


「今日はよろしくお願いしますね」

「こっちこそ、よろしく」


 レイラがダッカを観察していたように、ダッカもレイラのことを観察していたのをさりげなく向けられた視線で察し、レイラは笑顔を浮かべて手を差し出した。


 ガランド然り、ダッカ然り。

 まだまだ自分よりも強い人間がいることを再度実感し直し、握り返される感触を感じながら欲望を笑顔の陰にそっと隠すのだった。

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