10 その者たち、暗躍につき――

 

 捲し立てるように声を上げる客たちへ自慢するようにポーズを決めていたレイラの元にエレナが歩み寄る。

 そしてつま先から頭の天辺までしっかり見てからエレナは苦い笑みを浮かべた。


「武具を着ければそれっぽく見えるもんだね……」

「そりゃオメー、俺の見立てで作ったんだから当然だろうが。それより嬢ちゃん、具合はどうだ? 予算内で可能な限り嬢ちゃんの要望を叶えたつもりなんだが……」

「えぇ、問題ないわ。それどころか、思っていたものより数段良い物になってて正直驚いたわ」

鉱鍛族ドルキン生半なまなかなモンを作るかよ」


 ニヤリと笑うゴンドルフに微笑み返し、レイラは改めて自分が身にまとう鎧を見下ろした。


 身体に張り付くように作られ、各所に金属板が施された皮鎧だったが、ゴムの様に伸縮性があるお陰で身体を動かしても一切の違和感はない。また体側には切れ込みがあり、体の成長に合わせて調節できるように革ひもで結ばれている。

 ボトムも硬くゴワついた布地ではあったが、裁着袴たっつけばかまのように膝下までの生地を敢えて余らせてあるため、下着は必要になるだろうが挙動に支障が出るようなこともない。

 レイラの要望を満たしながら予算内に収めらた物を渡され、不満など出るはずも無かった。


 これはサービスだと丁寧に油を染み込ませやすり掛けされた持ち手のほか、食料などを入れた背嚢に引っ掛けられるベルトが付いた利便性に富んだ鎧櫃よろいびつも渡される。

 予想だにしていなかったサービス品にレイラは柄にもなく心から顔を綻ばせる。


 冒険者となり、本格的に活動するようになれば一日の内に仕事を終えられることは少ない。それどころか移動に野宿を余儀なくされることもあるだろう。

 そんなとき、相当軽量な分類に入るだろう軟皮鎧とは言え、平服などとは比べるべくもない程に重い鎧を着ての長距離移動はあまり現実的ではない。


 ましてや鎧を着て寝起きなど考えたくもない。


 また移動中が晴れの日だけならいいが、そんな都合のいい事など或るわけもなく、通気性に難のある鉄靴を履き続ければ足を痛めてしまう。

 冬になれば前世の北海道よりも冷え込むことすらあるアルブドル大陸で一日以上鉄靴を履き続けようものなら、足の指を全て失うだけで済めば良い方だろう。


 そのためレイラの中で長距離移動用の旅装束を買い揃えることは既に決定していた。


 ただゴンドルフに頼んでいた武具をどう運ぶかに頭を悩ませていた。

 一財産になる鎧一式をただ麻袋に入れて運ぶなどもっての外。

 だが鎧櫃を自弁しようとすれば、金銭的にかなり無理がある――それこそ、他に必要な道具を諦める必要が出るほどに――のは必須だった。

 ここ数日、財布の中身と睨みあいをしていたレイラは素直に礼を言って有り難く鎧櫃を受け取ることにした。


「……防具の方は問題なさそうだな。んじゃ、お次は武器だ」


 簡単に鎧の仕舞い方をレクチャーをしつつ身にまとった状態で防具の具合を自身の目で確かめたゴンドルフは一つ頷き、抱えていた包みの中から手斧を取り出した。

 刃に付けられていた鞘をゴンドルフが外すと、店内の灯りを反射するほど磨き上げられた刀身が露わになった。


「鋼をベースに精銀鉄ミスリルほどじゃないが魔力の通しと蓄積量の良い群青鉱ラディナイト、鉱物の中でも上位に入る硬度の白煙鉱スモーダルト、それと精銀鉄を混ぜて作った手斧だ。色々混ぜたから精銀鉄の純度は低いが、群青鉱と白煙鉱を使ってるから等価の精銀鉄製の武器よりも頑丈で、魔力の通りも遜色ないはずだ。使える金額が金額だけに、精銀鉄製の武器としちゃ下級も良いとこだがな」


 レイラが手渡された手斧に魔力を込めると、薄っすらと青みを帯びた斧頭が俄かに淡く輝きだした。

 小さく感心のため息を吐き出し、目を細めながら薄っすらと光る斧頭を見つめるレイラ。

 以前使っていた手斧を遥かに凌ぐ魔力を込められるにも関わらず、一切の淀みなく全体に行き渡る感触はレイラにとって初めての経験だった。


「形状はこっちで適当に見繕ったが斬撃は勿論、刃の反対側にある突起で刺突、石突で打突もできるようにしてある。刃渡りも大きくしてあるから、人種ヒュルトサイズの相手なら一太刀で首を落とせるだろうよ」


 ゴンドルフの説明を聞き、改めて手の中にある手斧に視線を向ける。


 振るった勢いが刃に伝わるよう、僅かに湾曲した朱殷檀の柄を含めた全長は凡そ六〇センチほど。

 目釘で止められた斧頭の片側は鉤状に曲がり、人の首程度であれば一太刀で両断できそうな長さの刃。

 反対側にはナイフのように鋭利で、ピッケルのように先端の鋭い突起が作られている。

 柄頭には刃と同じ色味の石突が施されおり、それだけで打撃武器として成立しそうなほど重厚なものだった。


 振るってみればやや重く感じるが、絶妙な位置に調整された重心の御蔭か、今のレイラでも身体が流されるようなこともなく、身体賦活なしでも問題なく扱える。

 相手を殺せれば何でもいいとばかりに武器に拘りなど欠片もなかったレイラだったが、想像以上にしっくりと手に馴染む感触に自然と笑みが浮かぶ。

 またこれほどの質の物を実際に手にしてみれば、多くの人が名工の特注品を求めるのも理解できた。

 これで下級の武器と言うのだから、最上位の武器は如何ほどのものかと珍しく好奇心が擽られる。


「武器の方も気に入ってもらえたようだな」

「えぇ。防具も良かったけれど、こっちも素晴らしいわ」

「そう言ってもらえりゃ、腕によりをかけて作ったかいがあったってもんよ。んで、こいつは俺個人から、冒険者になる嬢ちゃんへの祝いの品だ」


 ゴンドルフから受け取った鞘を手斧に嵌めていると、レイラの目の前に細工の施された二つの鉄輪と対になるように同じ輝石が嵌め込まれた革製の帯が二つ、そして一つの指輪が置かれる。

 手斧をカウンターに置き、首を傾げながら代わりにゴンドルフの置いた鉄輪と指輪を手に取るレイラ。

 それらをよくよく見てみると、鉄輪と指輪の両方に文字のようにも見える模様が刻み込まれていた。


「これは……?」

「そいつは魔具の一種でな、武器とかを留め具なしで固定してくれるっつー奴だ。指輪を嵌めた奴でないと外せねーから、物取りに奪われる心配もねー。コイツを使えば手斧と戦斧の切り替えも楽にできるだろうよ」

「あら、そんな便利なものもあるのね」


 レイラが指輪を右手の中指に嵌め、ベルト状の帯は腰に巻き、ハーネスのような形をした帯を背負っていると、ゴンドルフは手斧と着替えるついでにレイラが持ってきていた戦斧の魔具に鉄輪を嵌める。


 明らかに戦斧や手斧の柄よりも内径の大きい鉄輪だったが、ゴンドルフが鉄輪についている輝石を軽く叩くと、瞬く間に柄とぴったりと合う大きさへと縮小してしまう。

 そしてレイラが嵌めていた指輪も、鉄輪と連動するように丁度いいサイズへと変わる。


 元からそんなサイズであったかのように指に収まっている指輪をよくよく見ると、指輪にも鉄輪や革の帯に似た輝石が嵌め込まれていることに気付く。


「ほれ、これで試してみるといい」


 渡された戦斧を右手で受け取り、背中に付けるようにして手を離すと一人でに戦斧が張り付き、身体を捻っても戦斧はびくともしない。

 にも関わらず、レイラが掴めば戦斧は何の抵抗もなく構えることが出来る。手斧も同じようにしてみると、こちらも問題なく身に着けることが出来た。

 こんな便利な魔具が存在するとは、ますます前文明の発展具合がうかがえるというもの。


 そんな感想を抱きつつも、これでようやく冒険者となる準備が終ったとレイラはほくそ笑む。

 ゴンドルフに戦斧と手斧の位置をそれぞれ微調整して貰ったレイラはエレナへと向き直り、ニッコリとした笑みを向ける。


「これで問題ないわよね。ね、エレナ伯母さん?」

「まったく、仕方ない子だよ。とは言え約束は約束だからね」


 それに対してエレナは大きなため息を吐き出し、カウンターの下から簡素に束ねられた紙束を取り出すとその中の一枚を抜き取った。


「色々言いたいこともあるだろうけど、駆け出しの冒険者が受ける依頼と言えばこれさね」

「『地下水路定期討伐』?」


 バルセット城塞都市を収めるウェイラント辺境伯を示す印章の記された依頼票を受け取り、レイラは首を傾げた。












 ◇ ◇ ◇













 蒼白い灯り照らされた通路を、一人の男が歩いていた。

 紫紺のローブを身にまとい、フードを目深に被った男が狭い通路を曲がってやや広けた場所に出る。

 そこには円を描くように等間隔に篝火が置かれ、中央では複数の人間が神に祈るように指を組んで祝詞を捧げていた。


「ランベント様、良くぞ御越し下さいました」


 祝詞を上げていた高弟の一人がランベントに気付くと、それに釣られるように他の者たちも振り返る。

 だがランベントはそれを手振りで制すと、代表して近づいてきた高弟以外は儀式へと意識を戻す。


「進捗はどうだ?」

「はい、万事遺漏なく進んでおります。このまま何事も無ければ予定通り儀式を執り行うことが出来ましょう」


 自身の目から見ても問題なく儀式が進められているのを確かめたランベントが一人頷いていると、高弟が自分が通ってきた通路を見ていることに気付き、振り返る。

 そこには広間の入り口に背を預けるようにして立っている二人の人族ヒュームがいた。


「ところであの二人はどういった方々で? 師とご一緒されていたようですので、敵ではないのでしょうが……」

「奴らは教団の〝上の方々〟が遣わした者たち、謂わば儀式を成功させるために派遣された護衛だ。珍しく上の方々もこの儀式に関心があるらしい」

「護衛、ですか……」


 人種よりも体格のいい狼人種と、口元を覆い隠すように狼を模した面当てを被った二人の人族を見る高弟の表情は厳しい。

 彼等が字面通りに護衛だと思っていないのだ。


 ランベントもそのことには気づいている。

 屍術師ネクロマンサーの多くは個人主義だ。例え同じ組織に属していようと、派を違えれば他の術師たちと滅多に慣れ合うことはない。

 そんな関係の術者同士が善意で護衛を派遣する筈もなく、彼らは護衛とは名ばかりでランベントが儀式の成果を独り占めしないかの監視か、あるいは成果を横取りするために派遣されたのだろう。


 だが、とランベントは独り言ちる。


 彼らがいようと居まいとランベントの決意は変わらない。

 長い年月を研究に費やし、半年以上の月日をバルセットに潜み続けたのだ。今更この程度のことで儀式を執り止めるなどあり得ない。

 それに成功させれば自分たちの悲願が叶うだけでなく、〝あの御方〟の目に留まる可能性もあると考えればなおのことだった。


「気にするなとは言わん。だが彼らが居ようと居まいと我らのすることは変わらん。お前たちはただ儀式を成功させればいいのだ」

「…………承知いたしました」


 高弟は渋々と言った風に一つ頭を下げ、儀式の輪へと戻っていく。

 ランベントはそんな高弟を見送り、苦節十年の努力が漸く実を結ぶ高揚感を感じながら悲願達成の為に自身も儀式の輪へと加わるのだった。

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