9 その武具、完成につき――

 

 ゴンドルフに装備の注文を済ませてから十日。


 これまでと同じく方々へ出向き、空いた時間にガランド含め先達の冒険者たちからの助言を聞きながら雑品を買い揃え、〝羊の踊る丘亭〟のウェイトレスとして働く日々。


 そんなレイラにとっては退屈な日常を過ごしていた昼下がり。


 珍しく昼間から店員の一人として〝羊の踊る丘亭〟でレイラが働いていると、大きな包みを抱えたゴンドルフがやって来た。


「おや、誰かと思えばゴンドルフじゃないかい。最近めっきり来なくなったから、てっきりくたばったもんだと思ってたよ」

「はんっ! 相も変わらず口の悪い店主だぜ。憎まれ口出す前に酒の一つでも出したらどうだ?」

鉱鍛族ドルキンに昼間っから酒を出したら店の酒樽が全部空になっちまうよ」


 付き合いが長いからこそできる軽口の応酬を横目で見ていたレイラが、ゴンドルフがカウンターに座るのを見計らって水で満たされたコップを眼前に置く。


「お、悪いな嬢ちゃん。って、鉱鍛族に水出す奴があるかよ」

「ごめんなさいね。でも私、チップをくれたことがない人には水しか出さないことにしてるの」

「おいおいそりゃないぜ。まさかそうやってここの客から巻き上げて装備代を工面したんじゃねーだろうな?」

「ふふ、ご想像にお任せするわ」


 エレナに倣ってレイラも軽口を交えると、ゴンドルフは大仰に嘆く素振りを見せて差し出された水を一気に飲みほした。

 そして入れ替わるようにエレナはゴンドルフが好む蒸留酒を注いでやる。


「かぁー! やっぱモルガディの三十年ものは最高だな!!」

「……で、こんな時間にアンタが来るなんて珍しいじゃないか。どうしたんだい?」

「あぁ、そうだった。今日は嬢ちゃんに頼まれてたモンが出来上がったから届けに来たんだよ。ホレ、まずは防具だ」


 水と同じく一息で酒を飲みほしたゴンドルフは背負っていた包みをレイラに差し出してくる。

 それを受け取り、ズシリと重さの伝わる包みをしっかりと抱えたレイラは、代わりに硬貨の入った布袋をゴンドルフへと手渡した。


「こっちは取り合えず勘定してるから、嬢ちゃんはソイツに袖を通して来いよ。きっちり採寸通りに作っちゃいるが、もしかしたら具合の悪い所があるかもしれねーからな」

「いいの? ならお言葉に甘えようかしら。エレナ伯母さん、私が着替えてる間、ゴンドルフさんがお金をちょろまかさないか見てて」

「わかった。私がしっかりと見張っておいてあげるよ」

「誰がそんなみみっちい事するか!! とっとと着替えてこい!!」

「はーい」


 カウンターに叩き付けられた拳の盛大な音に背中を押されるようにクスクスと笑いながら店の奥へと引っ込むレイラを見送り、ゴンドルフは盛大な溜め息を吐き出した。


「まったく、相変わらず物怖じしない嬢ちゃんだぜ」

「……ねぇ、ゴンドルフ。アンタから見てあの娘をどう思う?」

「藪から棒になんだ? ガランドに事情は聞いちゃいたが、まさかこの期に及んでまだ気乗りしねーのか?」

「……まぁ、ね」


 エレナにとって今の状況は想定外に過ぎた。

 エレナの予想ではレイラは装備を買う金を満足に用意できず、その間に冒険者になるという夢を断念すると思っていたのだ。

 大人ですら六バーツという金額を貯めるのは容易ではないのに、成人すらしていないレイラがたった数ヶ月で貯めこむなど誰が予想できると言いうのか。


 物憂げな表情を作るエレナとは対照的に、ゴンドルフの表情はつまらなそうなものだった。

 そしてエレナを見ることもなく、レイラから渡された硬貨の枚数を数え始める。


「俺は嬢ちゃんが戦ってる姿を見たことねーし、戦士でもねーから嬢ちゃんの強さまでは分からねーよ」

「なら――」

「だけど嬢ちゃんの手は昨日今日武器を握った奴の手じゃなかったぜ。毎日毎日血が滲むほど素振りでもしなきゃあんな手にはならねー。そんな嬢ちゃんの意思を曲げさせるのは無理ってもんだ。それは身近にいるお前さんが一番よく分かってるんじゃないか?」

「…………」


 ゴンドルフは採寸の時に見たレイラの手を思い出す。

 白魚のように細くしなやかに見える裏、目に付き難い掌の皮は固く分厚くなっていた。一部には少女に似つかわしくない大きなたこまでできていた。

 これが荒事に長い間身を置いた人物なら、ゴンドルフも何とも思わなかっただろう。

 だが成人すらしていない少女が持つにはあまりにも異質で、生半可な努力では到達しえないことをゴンドルフは理解していた。


 エレナは冒険者となる条件を出した翌朝のことを思い返す。

 朝から従業員ともども仕込みを行い、昼前の開店から夜遅くまでやっている〝羊の踊る丘亭〟で自由に過ごせる時間は思いのほか短い。

 それは閉店までウエイトレスの一人として働いてくれているレイラも例外ではない。

 それどころか雇っている他の店員とは違い、店舗の上の階でエレナと共に住んでいることもあって、閉店後の片付けや開店前の下準備すら手伝ってくれているレイラ個人の時間は 、ほとんど皆無と言ってもいいだろう。

 そんな生活の中、レイラはエレナが起きだすよりも早い時間帯から店の裏手にある共同スペースで毎日のように素振りを欠かすことなく行っていた。


 その日までレイラがそんなことをしているなんてエレナは知りもしなかった。

 だが条件を出した翌日、エレナはたまたまレイラが鍛錬している姿を見かけてしまった。

 最初はエレナにアピールをしているのだと思ったが、レイラは何事も無かったかのようにエレナが店へ降りるのに合わせ、開店の準備を手伝い始めたのだ。

 そんな日々が何十日と続き、慣れたその姿にエレナも察した。


 バルセットにやってきてから一日と欠かすことなく修練を積んでいたのだと。

 エレナが今まで気付かなかったのは、エレナが気を使わないようにレイラが巧妙に隠していたのだと。

 エレナから妥協案が出され、迂遠ながらも冒険者となるのを認められて隠す必要がなくなっただけなのだと。


「まったく、あの子の頑固さは誰に似たんだろうね……」

「んなもん、母親以外におらんだろうよ。ま、故郷を焼かれたってのもあるんだろうがな」


 二人の間に物寂しい空気が流れるのを誤魔化すようにエレナが開いたグラスに酒を注ぎ、ゴンドルフは無言で飲み干した。

 そうこうしていると店の裏手から装備一式をまとったレイラが現れる。


「どう? 似合ってるかしら……」


 そう言って姿を見せたレイラに、店内にいたほとんどの客が感嘆の声を漏らした。


 上半身はシャツのように薄く漉かれた皮鎧、下半身は日本でいう裁着袴たっつけばかまのような膝下辺りで絞られた布地のボトム。

 上下とも黒で統一されているが、野暮ったさは見られない。

 それは胸部と肩の一部を施された金属板、両手に嵌められた籠手、脛から下を覆う脛当てと僅かにヒールのついた鉄靴が暗い緋色ひいろをしており、それがアクセントになっていた。

 レイラの凛とした顔立ちと相まって統一感のある装備は、レイラの凛々しさを遺憾なく引き出していた。


 だが客たちが感嘆したのはなにもレイラが見事に着こなしているからではなく、レイラが身にまとう鎧の出来とその機能性故にだ。



 皮鎧は革でありながら非常に高い伸縮性と、耐刃耐打撃性のある刀角鹿フィリムアルテイスの鞣し革。

 身体の各所を守る金属板は鉄よりも軽く強固な緋彩鉱クリムダイト

 ボトムは大鎧蛾アルモスティニの幼虫が吐く糸で紡がれた頑丈な生地。



 それらの素材は目を引くほど珍しいものではない。それどころか防具として使われる素材の中では安価な分類になるだろう。

 だが動き易さを追求するならば適した素材であり、また防具の作りがそれを後押ししていた。


 特に各所を守る金属部分はそれが顕著だ。


 実力のある客たちは一目で機動性を重視していることを見抜き、やや劣る者たちは歪み一つない金属部分の出来から質の良さを見抜いていた。

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