8 その依頼、偏執的につき――

 

 ゴンドルフも長いことやって来た鍛冶職人としての経験、そして客の無茶な要望を叶えつつ最高の一品を誂えてきた自負はある。

 レイラを満足させる武器を作り上げられる自信もある。

 だがゴンドルフでも一切要望のない特注品を依頼された経験はなく、ほんの僅かではあるが不安を抱いていた。

 どうしたものかと考えを巡らせたゴンドルフはガランドとの会話を思い出す。


「うーむ、嬢ちゃんの注文はある意味じゃ職人の腕の見せ所だが、まったく要望が無いってのも困りもんだなぁ。そうだ、ガランドから聞いたが、嬢ちゃんは遨鬼の何体かとった事があるんだよな? もし今持ってるならその時に使ってたモンを見せてくれねーか?」

「えぇ、いいわよ」


 レイラに武器の形状への拘りは見られない。

 ならば今まで使っていた武器を参考にするという考えが浮かぶのは当然の帰結と言えるだろう。

 ただ残念なことに、レイラが背負っていた布袋から取り出された手斧はゴンドルフの期待を満たせるものではなかった。


「……こりゃまた、よくこんなので遊鬼ゴブリンの相手が出来たもんだ」


 凡庸な鉄を打って形だけを整えた刃渡りの短い刃。

 工夫もなにもなく、木材を粗く削りだしただけの真っ直ぐな柄。

 刃と柄はただはめ込まれ、安物の杭で抜けないようにしただけの簡単なつくり。


 正直、ゴンドルフの見立てでは戦闘で使われて壊れていないのが奇跡と呼べる品物だった。

 刃は歪んでいて切れ味など期待できず、斧頭と柄の接続部は僅かにグラついていて、乱暴に扱えばいつすっぽ抜けてもおかしくない。

 柄に使われている木材も普通の使いようなら問題ないだろうが、容赦なく打ち合わされる戦いに耐え得る材質ではなさそうだった。

 それでもなんとかレイラが戦えたのは偏に幸運と、レイラが手斧の許容量ギリギリまで魔力を込めた武器強化をできるだけの技量があったからこそだ。


「うーむ、参考になるかと思ったんだが、これはちと当てにならねーな。んで、そっちはなんだ?」

「これは遊鬼から奪った魔道具よ」

「ほぅ、蛮族が使ってた魔道具か……」


 そんな手斧を見て参考にならないと判断したゴンドルフの興味は、レイラが続いて布袋から取り出した銀色の棒へと移る。

 レイラの許可を取って魔具を持ったゴンドルフが魔力を流し込むと、淡く光り扇状の半透明な刃が魔具の先端に作り出される。


「ふむ、見たところ魔法文明時代中期の武具……の複製品レプリカってところか? 性質は刃の感じから言って刃と同量以下の魔力のないものを斬るって感じか」

「あら、見ただけで性質まで分かるの?」

「まぁ、この手の魔具は意外と出回ってるからな。逆を言えば流通してる分、売ろうとしても安く買いたたかれるし、複製品とは言え魔道具だから買うとするいい値はする。ま、折角手に入ったんなら大切に使いな」

「そうするわ」


 じっくりと観察し終えたゴンドルフから戦斧の魔具を受け取り、袋の中へとしまうレイラ。

 バルセット含め、市壁を持っている大きな都市では抜き身で武器を帯同できないからだ。

 そんなレイラを見ていたゴンドルフは髭を扱きながら首を傾げる。


「しっかし、それがあるなら、わざわざ新しく武器をあつらえる必要はなかったんじゃねーか?」

「それは私も考えたのだけど、奥の手のような形で使うならともかく、今の私が普段使いにするにはちょっと大きいのよね。それにあんまり大振りの武器だと、場所によっては使いにくい時も多いでしょ?」


 レイラが手に持つ魔具の入った袋に視線を落としたゴンドルフはなるほどと思う。

 柄にあたる部分はレイラの肩程の長さがあり、特殊な合金でも使っているのか見た目の割には随分と重い。

 ガランドやゴンドルフが使うのであれば特に問題ないだろうが、細身であり、成長期の只中にいるレイラが十全に扱うには身体賦活が必須な上、使い方を工夫する必要がありそうだった。


 また刺突でも使える槍や剣ならともかく、振るわなければ真価を発揮できない戦斧では一定以上の広さが必要になる。

 冒険者になれば迷宮や森の中など、戦斧を扱える広さのない場所で戦う可能性もある。

 ならば短い間合いの武器は持っておくべきだろう。

 そこまで考え、ゴンドルフは自分の悩みがまったく解決していないことに気が付いた。


「……まぁ、取り敢えず適当な奴を作っといてやるよ。で、防具の方はどうするんだ? 流石に五バーツあってもプレートアーマーは作れねーぞ」

「流石にプレートアーマーなんて重くて着てられないわよ。それでちょっとお願いというか、希望があるのだけどいいかしら」


 レイラがそう切り出して要望を伝え始める。


 どんな素材で作るにしろ、動きを制限されない物が良いこと。

 金属部分は籠手、脚甲、チェストプレートぐらいあれば充分であること。

 極力軽量なものが良いが、左手の籠手については盾代わりに使うこともあるから多少重くなっても頑丈なものが良いこと。


 籠手は手の甲までしっかりと覆っては欲しいが、指と手首の動きは一切邪魔されたくないこと。

 防具に使われる金属は精銀鉄ミスリルのように強度の維持に魔力を必要としない物が良いこと。


 その他、神経質にも見えるほどの注文を付けだしたレイラに対し、最初は苦笑いを浮かべていたゴンドルフだったが、細部にまで注文を付けだした辺りから慌ててメモを取り始める。

 そして一言一句間違いなく書き取ってから盛大な溜め息を吐くのだった。


「まったく、武器はあんなにテキトーだったくせに防具の方は随分と細かいじゃねーか」

「そうかしら? 武器は戦い方を変えればいいけれど、防具は動きが制限されるから多少は拘るわよ」

「これが多少ねぇ……」


 びっしりと書き込まれたメモを見ながら呆れたように溜め息を吐き出し、疲労を感じて目頭を揉むゴンドルフにレイラは肩を竦める。


「しかも細かい注文のくせして、ちゃんと予算内に収まるように妥協点も用意してある。正直、相場も知らねーガキの注文には思えねーな」

「一応、それは誉め言葉として受け取ってもいいのかしら?」

「あぁ。まったく、長年冒険者やってる奴の注文取ってる気分だぜ」


 憎まれ口を叩きながらも、ゴンドルフの表情は職人の物に変わり、髭を扱きながらも宙を見つめる瞳は、既にどんな物を作り上げるかを考え始めていた。


「それでできそう?」

「勿論、伊達に長いこと武具鍛冶はやってねーよ。こんぐらいの注文なんざ屁でもねー」

「そう、ならよかったわ。いつ頃にはできるかしら?」

「そうだなぁ、今は他の仕事もないし、十日かそこらもありゃ出来るだろうよ」


 自信満々にニヤリと口角を上げるゴンドルフに微笑み返し、レイラも武具の完成度に期待に胸を膨らませる。

 お互いに無言で言葉を交わし合っていると、レイラはふと思い出したように腰に提げていた布袋に手を伸ばす。


「まだ代金の話をしてなかったわよね。結局幾らぐらいになりそうかしら? あと武器を作るのにも材料を買う必要もあるでしょうし、前金はあった方が良いのかしら?」

「ふむ、防具も嬢ちゃんの注文を満たすとなると使う金属は少なくて済むだろうし、ちょいと値は張るが四バーツと九〇〇ルッツってところだな。前金については今回はいらねー。斧以外は希少な金属を使うわけでもねーし、幸いつい最近受けた大口の依頼があったんだが、その余りで何とかなるだろう」

「大口の依頼だァ? んなモンが必要なことってあったかよ」


 今まで静かに動向を見守っていたガランドがゴンドルフの言葉に口を挟む。

 その表情は怪訝なものだった。

 ガランドが記憶する限り、鍛冶師に大口の依頼が入るような大きな事件の話題を耳にしたことがなかったからだ。

 精々がレイラが故郷を失う原因になった遨鬼軍の侵攻と、それに呼応するように蛮族達による最前線の開拓村への攻勢が強まったことがあったぐらいだ。

 だがそれも三か月も前の事で、既に遨鬼軍も最前線を責め立てていた蛮族達も鎮圧され、時期を外していると言ってもいいだろう。


 一党パーティーを組んでいるガランドにとって情報収集は他の仲間の役割であったため、それほど得意な分野ではなかったが、ある程度は自分で情報収集をしていたのだ。

 それでも自分の耳に入ってこないとなると、多少の興味がわいてくるというもの。


「ん、あぁ、大口の依頼って言っても兵士とか傭兵、冒険者から大量の剣や鎧の注文が入ったわけじゃねー。たった一人の専用装備だからオメーさんの耳には入らなかったんだろうさ」


 ゴンドルフの言葉にガランドとレイラが顔を見合わせる。

 大量の注文があったわけでもないのに、大口の依頼とはどんな依頼かと二人とも首を傾げる。

 二人の疑問を理解しているゴンドルフは言葉を続ける。


「なんでもこの間あった遊鬼軍の侵攻に合わせて北方砦群に蛮族の一団が攻めてきたらしいんだが、そいつをたった一人で塵殺した化け物みたいな冒険者が居たらしくてな。ソイツを領主様がスカウトしたってんで、専用の装備一式作り上げたんだよ」

「たった一人相手に大口の依頼たァ、どんな仕事だったんだよ」

「プレートアーマーに身の丈ほどのタワーシールド、大振りの戦棍、大身槍、ブロードソード、刺突剣スティレット数本に、投げナイフが大量ってところだな」


 注文内容にガランドが片眉を吊り上げ、レイラもその内容に思わず目を瞬かせた。

 明らかに一人で扱うには量が異常だった。


「おいおい、それはホントに一人用の装備かァ? 武器屋でも始める気なんじゃねェのか?」

「いや、俺も注文を聞いたときは耳を疑ったが、実際にこの目で件の冒険者を見たから間違いねー。それに――って、領主様との契約でスカウトした冒険者についてはまだ口にしちゃいけねーんだったわ。悪いが俺の口からはこれ以上言えねーな」


 もう少し聞き出したいところではあったが、固く閉じられたゴンドルフの口を開かせるのは難しいと判断した二人は、これ以上追及しても無駄だと判断した。

 その後、話題を変えるように装備の話に戻し、サイズの確認や受け取り方法などの細々とした打ち合わせを済ませ、レイラたちはゴンドルフの店を後にするのだった。

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