7 その少女、初めてにつき――

 呆れたような表情を浮かべるレイラを他所にしかめっ面をしたゴンドル。


「おいおい、随分なこと言ってくれるじゃねーか。え?」

「そう思うのならまともな武器を鍛えればいいじゃない。不良品を不良品と言ったからって、文句を言われる筋合いはないわ」

「クククッ、ホントに随分な物言いをする嬢ちゃんだぜ。だが気に入った」


 しかめっ面を一転させ、ニヤリと口角を上げたゴンドルフの変貌ぶりに三度溜め息を吐き出したレイラはネタばらしを要求すると、悪戯が成功したことを喜ぶ子供のような童心を滲ませたゴンドルは言う。


 曰く、展示されている武器は値が高くなればなるほど魔力が込め難い材料で作ってあるらしい。

 しかし仕掛けはそれだけでなく、魔力を込め難い刃を値段相応の純度をした精銀鉄ミスリルでメッキをしてあった。

 そうすることで見かけ上は魔力が抵抗なく流れているように感じられ、武器強化を使いこなせている者でなければ武器に十分な魔力が篭っていないと気付けないようになっていたのだ。


 そんな回りくどい仕掛けをした意図を察しながらも、レイラは首を傾げる。


「ここの武器を求めてきた人を選別する意図があるのは分かったけど、どうしてそんな面倒な事を? 武器なんて売れれば何でもいいんじゃないの?」

「まぁ、そうなんだがなぁ……」


 ゴンドルフは疲れたように大きな溜め息を吐き出し語りだす。


 曰く、精銀鉄を武器として作ろうとすると、基本的に特注品オーダーメードであり非常に手間のかかる一品らしかった。

 そも、精銀鉄を含んだ物はその使用用途に合わせて精銀鉄を精製する所から始めねばならず、精製した精銀鉄も鉱石段階の質によって合金とする際に工程を逐一変える必要があったのだ。


 更に厄介なのが同じ鉱石を使っても精銀鉄は精製した人物や設備によって残留物質が異なる場合が多く、それは僅かな違いだが完成度に大きくかかわってくる。

 そのため殆どの鍛冶師は自身で精銀鉄を精製する必要があったのだ。

 また精銀鉄と鉄だけでは強度の維持が難しく、多種の特殊金属を混ぜて使い手に合わせて調整しているらしい。


 そんな準備段階から武器の製作に取りかかるため、精銀鉄を用いた武器は普通の武器よりも遥かに手間と時間のかかる代物なのだ。


「さっきも言ったが魔力も碌に扱えねぇ奴が高純度の精銀鉄を使った武器を持っても直ぐに壊れちまうんだよ。なのに誰も彼も精銀鉄製の武器を使えば強くなれるって勘違いしてやがる。それで誰が死のうが興味もねぇが、丹精込めて鍛えた一振りが満足に使われないで壊されるなんてのは我慢できなくてなぁ。だから最低限扱うに足る実力があるかどうか調べてるんだよ。ま、簡単に言えば俺の我が儘さ」

「ふーん」


 ゴンドルフの思いの乗った呟きを聞いたレイラは気のない返事を返す。あまりに拍子抜けするその返事に、ゴンドルフは思わず転びかける。


「ふーんって、自分から聞いておいて適当だな、オイ」

「だってゴンドルフさんが自分の意思でやっているのなら他人の私がとやかく言うことでもないでしょう? それより、私はお眼鏡に叶ったかどうかの方が重要よ。で、私は合格かしら?」


 冷淡に感じるほど割り切った考え方をするレイラに苦笑いを零し、大仰に頷くゴンドルフ。


「勿論。で? 嬢ちゃんはどんな武器と防具が欲しくて、どれぐらいの予算があるんだ?」

「そうね。手元には五バーツと少しあるから、二バーツ五〇〇ルッツぐらいを武器にってのも考えたのだけど、防具も揃えないとだし、どれにどれぐらいお金を掛けるべきか分からないのよ。それが分からないから武器も選べないのよね。相場も知らないし……」


 レイラはそう言ってガランドに紹介してもらった経緯を話し、自分が動かせる全財産、自身に武器にまつわる知識がまったく無いことを臆面もなく告げる。


「……なによ」

「いや、嬢ちゃんにそこら辺の知識が全くねェ事にチョイと驚いたんだよ」

「それは当然でしょ? 武器なんて買うのは初めてなんだし、そもそもこう言う店に入るのも初めてなんだから」


 ガランドとゴンドルフの二人は一瞬ぽかんと間の抜けた表情を浮かべるが、むくれたようにそっぽを向くレイラを見て直ぐにレイラが駆け出し未満の冒険者であることを思い出すのだった。

 店に飾られた武器の仕掛けを見抜くなど、経験豊富な冒険者でもできる者の少ない優れた識見しっけんを目の当たりにした二人は、すっかりとそのことを忘れていたのだ。

 思わず似た苦笑いを二人は浮かべ、お互いに顔を見合わせるとそれぞれに思案し始める。


「使える金が五バーツか。それで防具やら諸々も買うとなると、武器に回せるのは多くて二バーツまでだな。んで、防具には残った分をつぎ込む方がいいな。その他の備品とかは余った分で事足りるだろ。ガランドはどう思う?」

「俺もそれで良いと思うぜ。武器と防具なら防具を優先するべきだしなァ」

「そう? なら、金属部分が少ない手斧みたいなのがいいかしら? それなら使い慣れてるし、そこそこの値段でもある程度は純度の高い精銀鉄を使ったやつができるでしょ」

「ふむ、そうだなぁ……」


 顎に手を当て、考える素振りを見せたゴンドルフは何やら独り言を呟きながら店の奥へと引っ込んでしまう。

 そして幾ばくもしないうちに戻ってくると、その両腕には延べ棒インゴットや木材らしき物が抱えられていた。


「取り合えず二バーツで手斧みてぇなのとなると、実際の物とはちと違うが、これぐらいの合金モンは使えるだろうよ。あと、柄に使う木の種類も決めてくれ」


 延べ棒を手に取りながら魔力を流し、自分が使っていた手斧よりも魔力が流れやすいのを確かめながら首を傾げる。


「合金は分かるけど、木の種類?」

「おうよ。鉱物とかと違って、生物由来の素材には相性ってのがあるんだよ。同じ木でも使い手によっては魔力が流しにくいってこともあってな。まぁ、普通の奴はそこまで気にしねーんだが、魔力の扱いが得意な奴からしたら雲泥の差が出るもんだ」

「へぇ、それは知らなかったわね。もしかしてガランドさんも選んだの?」

「まァな。ちなみに俺と相性が良かったのは群青欅マリネアゼルカっつゥ奴だな。コイツの柄と、今日は持ってきてねェが盾にも使ってるぜ」


 コツコツと柄頭を指で叩くガランドに納得したレイラは、カウンターに置かれた木材に手を伸ばす。

 両手に違う種類の木材を手に取り、流している魔力に意識を向ける。

 返ってきた感覚には、確かにゴンドルフの言う通り魔力の流しやすさには違いがあった。

 だがゴンドルフが言うほど大きな違いがあるようには感じられない。

 訝しみながらも一つ一つ比べるように木材を手にしていく。


「あら、これは……」


 何十とある木材に魔力を流していく中、一つの木材に魔力を流すとレイラは目を見開いた。

 するすると流れていく魔力の流れに一切引っ掛かるような感触はなく、精銀鉄ほどではないが魔力で満たされているようにも感じ取れる不思議な感覚。


朱殷檀ブラッディ二ーか、こりゃまた珍しいのと相性がいいな」


 レイラの反応に気付いたのだろう。

 手に握られた木材を覗き込んだゴンドルフが蓄えられた髭を扱きながら呟いた。


「朱殷檀ってそんなに珍しいのかしら?」

「いや、割と使われてるぞ。他の木に比べりゃやや重いが、その代わり硬く、水にも強いから城門とかに使われてる奴だな。ま、あまりに硬いもんで家具とかには滅多に使われねぇから、普通に生活してれば目にする機会は少ないだろうがな」

「へぇ、そういう木もあるのね」


 ゴンドルフの説明を聞いて改めて手の中の木材に目を向ける。

 その木材は名前の通り渇いた血のように暗い朱色をしており、他と比べてやや重く感じる木材だった。

 試しに朱殷檀でカウンターを軽く叩いてみると、木材とは思えない硬質な手応えと音が返ってくる。

 これなら武器に使っても問題なさそうだと思ったレイラは朱殷檀をゴンドルフに渡す。


「これで問題ないか?」

「えぇ、お願いするわね」

「わかった。あと手斧の形に要望はあるか?」

「いいえ、特には。全部ゴンドルフさんにお願いするわ」


 レイラがそう言い切るとゴンドルフだけでなく、隣にいたガランドも呆れたような表情を作る。


「俺が言うのもなんだがよォ、嬢ちゃんはも少し武器に興味を持った方が良いんじゃねェか?」

「そうかしら? 潤沢な予算があって、自分の癖とかに合ったのを作れるならともかく、そうじゃないなら武器の特徴に合わせて戦い方を変えた方が良いと思っただけなんだけど。それに熟練の職人が作る物に素人が口出ししても仕方ないでしょ」


 レイラがそう言い切ると、ガランドとゴンドルフは何とも言えない表情を作る。

 レイラの言葉は一般常識からはやや外れた考えではあったが、間違っていると断言できるほど的外れではなかったからだ。


 基本的に精銀鉄を使った武器は特注品になる。

 そのため武器を買い求める相手は細かい要望を出してくることは多いが、全ての要望を叶えた物が誂えられることは少ない。

 使用される合金の特性上の問題であったり、要望と比べて注文者の技量が足りないなどと理由は様々だが、大抵の場合はそれらを叶えられるだけの予算が無い場合がほとんどだ。


 そして限られた予算の中で要望を叶えようとすれば、性能面などにしわ寄せがいき、逆に使い勝手が悪くなるということもなくはない。

 特に初めて特注品を頼む人間に多い傾向があった。


 そういう意味では下手に要望を出さず、職人に全てを任せれば下手な仕上がりにはならない。

 だからレイラの注文の仕方はある意味ではあっているとも言えたのだ。

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