6 その者、鉱鍛族につき――

 

 あまり広くない店内に置かれた武器を見て回る小さな姿を眺めながら、樽のような見た目をした背の低い男――――鉱鍛俗ドルキンのゴンドルフは呆れを多分に含んだ目をガランドに向ける。


「まったく、この間来たと思えば今度はあんなガキを連れてくるとは。お前、何を考えてんだ?」

「まァ、ちょいとばかし色々あってなァ」


 ガランドはそう言ってここに来るまでの経緯を愚痴交じりに語りだす。


「はーん。あの娘っ子がダルトンとミリスの娘かぁ……俺も年取るわけだ」


 人よりも長寿な鉱鍛族であるゴンドルフも数代前から"羊の踊る丘亭"を時々利用している常連の一人であった。

 そしてミリスだけでなく、ダルトンもよく知る人物でもあった。

 なにせレイラの父であり、魔法剣士として冒険者をしていたダルトンの武器を鍛えたのはゴンドルフだったからだ。

 懐かしい顔を思い出そうと遠くを見ていたゴンドルフだったが、直ぐに怪訝そうなものに変わる。


「しっかし、ダルトンの娘っ子が武器を探しに来たって言うのは分かった。だからってわざわざ此処を紹介する必要あったのか? いっちゃあなんだが、武器を探してるだけならここじゃなくても良かったろうに」


 ゴンドルフはボヤくようにガランドに胡乱な瞳を向け、次いで武器を見るともなしに見ているレイラに視線を投げかける。

 荒事とは無縁そうな見た目の少女を見て、その少女がこの店で売っている"ある特性"を持つ武器を扱えるにたる人物には到底思えなかった。


「なァに、それは見てれば分からァ」

「ふん、いつもの気紛れか? まぁ、オメェさんがそう言うなら、嬢ちゃんのお手並み拝見と行こうじゃないか」


 肩を竦めるだけのガランドに鼻を鳴らし、言葉とは裏腹に自身の店に施した〝ちょっとした仕掛け〟を解けるかどうか、興味深げな視線をレイラに注ぐのだった。






 一方、そんなやり取りがされている事を知らないレイラは、壁に掛けられた武器を眺めながら首を傾げていた。


 視線の先にあるのは二振りの剣。


 同じ形状、同じ装飾、似た鞘と共に飾られた剣。

 どこをどう見てみて同じ物にしか見えない二振りの剣だったが、それぞれの剣に付けられた値札は金額が異なっていた。

 身体に魔力を流し、身体賦活をしつつ二振りの剣を両手で実際に手に取ってみるが、重さもほぼ等しく、どちらも刃に歪みなどもない。

 見た目上はほぼ同一のものにしか見えないにも関わらず、片方は一バーツと二〇〇ルッツなのに対し、もう一方は三バーツと値に大きな開きがある。

 前世を通しても武器と呼べるものはダルトンが使っていた擦り減った長剣ぐらいしか見たことのないレイラでは、何故これほど値段に大きな違いがあるのかはいくら考えても分からなかった。


 知識にないものをいくら考えても答えは得られない。


 そう結論を出したレイラは訳を知っているだろう人物たちに視線を送る。


「ゴンドルフさん、だったかしら? この二つの剣の値段に違いがあるのはなんでなのかしら?」

「ん? あぁ、俺の作った武器は材料に精銀鉄ミスリルを使ってるんだよ。値段の違いは、まぁ、精銀鉄の含有量の違いだと思ってくれや。基本的に精銀鉄を多く使ってるやつの方が高いんだ」

精銀鉄ミスリル?」


 首を傾げながら疑問を口にするレイラに気を悪くした風もなく、ゴンドルフは厳つい見た目に反して丁寧な説明をし始める。



 ゴンドルフ曰く、精銀鉄とは魔力の伝導率が高く、その内に魔力を蓄える性質を持ち、また込められた魔力に呼応して硬度が増す希少金属とのこと。

 多種の金属と混ざりやすく、非常に高価な代わりにその効果は劇的であり、魔導機文明時代の遺物―――魔導機の中でも大量の魔力を必要とする物には必ずと言っていいほど高純度の精銀鉄を含んだ合金が使われているらしい。

 ただし銀と名がつく通り、魔力の通されていない精銀鉄は非常に柔らかく、精銀鉄を使った武器では武器強化を使えないとまともに鍔迫り合いもできない代物らしかった。

 そんなある種欠点のようにも見える精銀鉄だったが、魔力で満たされた精銀鉄の頑丈さは他の金属を遥かに凌ぎ、魔力の許容量も多い。

 時には悪霊レイス影法師シュレイブといった、実体を持たないアンデットや蛮族を切り捨てる事も出来るという。


「なるほど、そういう特殊な金属も存在するのね。一つ勉強になったわ」


 関心したように頷きながら試しに魔力を流してみてもいいかゴンドルフに問うと、一ニもなく諾の返事が帰ってくる。

 そうして返事を確認したレイラが両手に持つそれぞれの剣に魔力を流すと、直ぐに怪訝そうにしながら眉根を寄せた。


 僅かに右手に持つ剣――――値段が高く、精銀鉄の含有量が多いはずの剣の方が僅かに魔力の流れが悪く、魔力が蓄えられると言うより澱んでいるように感じたからだ。


 まるで人為的に流れを悪くしたような不自然な魔力の流れは、小さな違和感となってレイラに帰ってくる。

 だがそれはあくまでもレイラの感覚に過ぎず、また誤差と言ってしまってもいいほどの小さな違和感でしかない。

 その上、どちらの剣にも程度の差こそあれ、似たような魔力の流れの悪さはあったのだ。

 手斧では感じたことがないその違和感も相まって、レイラは大きく首を傾げた。


「この違和感は私の気のせいかしら? それとも手斧と違って金属が多い剣だから? うーん、二つだけじゃよく分からないわね」


 明言できるほどの確証はないが、ゴンドルフの説明と食い違う自身の感覚に首を反対側に傾げるレイラ。

 一旦剣を元の場所に戻したレイラはどうしたものかと考えるが、ふと最高価格の武器はどうなのかという疑問を覚える。

 さっと周囲を見渡し、手に取れそうなものの中で最も高値を付けられた剣を見つけたレイラは近寄って観察し始める。


 柄や鍔に細かい装飾が施され、室内の照明を青白く反射する刀身はレイラの顔を映し出すほど磨き上げられている。

 共に飾られた鞘には所々に金の細工が埋め込まれ、鞘だけでも相当に価値がありそうな仕上がりだった。

 値段もその見た目相応であり、値札には一振りで二〇バーツと書き込まれていた。

 一般的な年収を優に超える一品である。


 そんな高額な武器を前にしたからと言ってレイラが臆するはずもなく、ゴンドルフやガランドが制止しないのをいいことに躊躇いなく剣を手に取り、魔力を流し込む。


「あら? おかしいわね、魔力が全然乗らないわ」


 目につく範囲で最も高額であり、ゴンドルフの言を信じるのならば最も魔力の乗りが良いはずの剣。

 だが実際にはどれ程魔力を流し込もうと意識しても、最初に手にした剣よりも遥かに劣る量しか魔力が流れていかない。


 いや、と剣に流した魔力の動きに感覚を研ぎ澄ませたレイラは目を細める。

 レイラが込めようとした魔力は確かに剣へと伝わっていた。

 だがそれは表面をなぞるように流れているだけで、芯には一切伝わっていなかった。


 漠然と剣に伝えていた魔力を一旦止め、今度は意思をもって芯に沁み込むように魔力を注ぐレイラ。

 だが流し込んだ魔力量に応じて刀身から発せられる青白い輝きが僅かに増すだけで、芯に魔力が伝わった感触はどれだけ魔力を込めても返ってこない。


「その剣、それ以上魔力を込めても芯には伝わらねーぞ」


 まるで意図的に魔力が流れないようにされているかに思える剣を矯めつ眇めつ観察していると、思考を読み取ったかのような言葉にレイラは振り返る。

 そこには感心したような表情を浮かべたゴンドルフと、訳知り顔で得意げにしているガランドがいた。

 その表情から何となくだが事情を察したレイラは剣を戻し、二人の元に歩み寄る。


「で、高純度の精銀鉄が使われた剣の感想はどォよ?」

「そうねぇ。正直、この程度だったら今まで使ってた手斧で冒険者になった方が遥かにマシね」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべたガランドに肩を竦めながら正直に答えると、我慢できなかったのかガランドはクツクツと笑い始める。

 ネタばらしをする気がないと判断したレイラは傍らのゴンドルフに視線を向けるが、こちらはこちらでわざとらしいしかめっ面を向けられた。

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