5 その二人、逢引につき――

 

 店に戻ってから一時間と経たず、背丈ほどの布袋を背負ったレイラは再びバルセットの雑踏の中にいた。


「しかし嬢ちゃんも人が悪ィぜ、なにも店ん中であんな風に誘わなくても良いだろうによォ」


 先頭を歩いていたレイラの後ろに続き、しかめっ面をしていたガランドの言に振り返って微笑みを返すレイラ。

 反省の色が見えないレイラの表情にガランドは大きなため息を吐き出し、ついさっきの出来事を思い出す。







『ねぇ、ガランドさん。私とデートしましょう?』







 〝羊の踊る丘亭〟でレイラがそう言った瞬間、にわかに殺気立った店内。

 殺気を漏らしたのは店を利用する常連客の中でも若く、レイラの年齢と比較的近い客たち。

 そして最も敵意を剥き出しにしていたのはレイラの保護者であるエレナだった。


 物音一つしない静寂に包まれながら、煮えたぎる殺意に満ちた店内。

 唖然としているガランドをそのままに、騒動の元凶たるレイラはくすくすと控えめに笑いを零すばかりで店内は混沌の極みにあった。


「ま、待て嬢ちゃ――――」


 ハッとしたように我に返ったガランドは店内の殺意が自身に向けられていることに気付いて断ろうとした。


 だがそれを遮る者がいた。


 ガタンッ!! と盛大に音を立て、ゴブレットを叩き付けるようにテーブルに置いたエレナがガランドを無言で睨みつけたのだ。


「まさかガランド、ウチの可愛いレイラの誘いを断るつもりじゃないだろうねぇ」

「い、いや、それは、まて、オメェ……」

「あ゛ぁ゛ん゛」


 地を這うような低い声を出すエレナに思わず気圧されるガランド。

 周りに助けを求めるように見回すが、客の中で若い者たちは嫉妬と殺意に満ちた視線を向けてきており、比較的歳をとってる連中は揶揄い交じりに二やついてばかりだった。

 助けを期待できないことを悟ったガランドは疲れたように溜め息を吐き出し、両手を掲げて降参を示すことしできなかった。





「まったく、夕方には久方ぶりに仲間と店で落ち合うってのに、あの様子じゃゼッテェ揶揄からかわれるぜ……」

「あら、こんなに可愛い娘とデートだって言うのに何が不満なの?」

「デートってお前、ただ武器屋を紹介するだけじゃねェか」


 呆れてものも言えないとばかりにガランドは再び溜め息を吐き出し、レイラはクスクスと笑い声を零す。

 レイラがガランドを買い物デートに誘ったのは武具を買い揃える金が十分に溜まったからだった。


「しっかし、武器ぐれェ一人で買いに行きゃいいじゃねェかよ」

「私もそう思うのだけど、客だと思って貰えなかったみたいでろくに話も聞いてもらえなかったのよ。」

「あぁ……まァ、嬢ちゃんの見た目なら仕方ねェか」


 数日前、レイラは買い揃える武具の種類や値段の下見を兼ねてバルセットにあった武具店を数件尋ねていた。

 しかしどの店でもレイラは客として見られることはなかった。

 物見遊山か冷やかしとでも思われていたのだろう。

 理由は恐らく、戦いとは無縁そうなレイラの容姿と町娘然とした格好のせいだった。


「それに売ってる物に貴賤はないのでしょうけど、あんな対応をされた所で自分の命を預ける物を買うというのも、ね」

「そりゃ、そうだわなァ」


 ガランドもレイラの姿を見て店員の対応が想像ついたのだろう。

 納得したと言わんばかりに苦笑いを浮かべながらガランドはレイラを見下ろし、レイラは疲れたような溜め息を吐き出しながら肩を竦めた。


「しかしそれなら俺でなくても良かったんじゃねェか?店には歳の近い奴もいただろうによォ。アイツ等なら喜んで店を紹介したと思うぜ?」

「それも考えたんだけど、あんまり若い人を誘うと店で流血沙汰が起きそうだったから、誘うに誘えなかったのよね……」

「あぁ、なるほど。確かに店で流血沙汰は不味まじィなァ……」


 レイラがデートという単語を出した時の若い冒険者たちの反応を思い出し、もしレイラが若い連中の誰かを誘った時の事を考えたガランドは起こりえる騒動が容易に想像できた。

 流石に命に係わるほどの事にはならないだろうが、殴り合いの喧嘩ぐらいには発展してもおかしくはない。

 そうガランドに思わせるだけの殺気を、若い冒険者たちは漏らしていた。



 レイラとそれなりの接点があり、質の良い武具を扱っている所を知り、若い冒険者が短気を起こそうと思えない相手。



 そこまでの条件が揃っているのは〝羊の踊る丘亭〟を利用している常連の中でも、ガランドを含めて片手で数えられる程度しかいないだろう。

 その上であの時店にいたのはガランドだけだったことに気付き、自分の間の悪さをガランドは呪うしかなかった。


「それでガランドさん、おススメの店はどこにあるのかしら?」

「……あァ、それなら職人街の所に馴染みの店がある」


 諦めるほかない。

 そう結論付けたガランドは仲間たちからの面倒事からかいについては考えないことにして、馴染みの店へ向けて歩き出した。





 ◇ ◇ ◇







 ガランドに案内されてたどり着いた店の前に立ったレイラは片眉を上げる。


「……随分とこじんまりとした店なのね」


 職人街と呼ばれるだけあって周囲は耐久性を重視したのか石造りの建物が多く、見た目に華美さのない機能性を重視した物ばかり。

 周りからは作業に勤しむ者たちの声や作業音が絶え間なく響き、大通りとは違った喧騒に包まれている。


 そんな区画の中にあるのだからと分かっていたが、目の前にある店はレイラが足を運んだ事のなる武具屋と比べてもこじんまりした――――言い方を変えれば、侘びしい佇まいをしていた。


 品の質を誇るように全身鎧フルプレートアーマーが飾られていることも無ければ、一目で業物と分かる一振りが外から見える場所に展示されている事もない。

 外壁も久しく手入れされていないのか、周囲の建物同様に薄汚れていて、ここが武具屋だと知らなければ通り過ぎていただろう。


 レイラが見知った店構えとはかけ離れた武具屋への感想を呟くと、ガランドが同意するように苦笑いを浮かべる。


「店はこんな見てくれだが、質は保証するぜ。なにせここは、有名どころの武具屋に卸してる職人が気まぐれでやってる店だからな。皮鎧なんかも作ってるからここで一式揃えりゃ良い」


 そう言いながら店に入っていくガランドに続き、レイラも店の中へと足を踏み入れる。

 中も外観と違わず最低限の掃除がされているだけで、品を誇るように飾られているようなことは無く、剣や戦斧、槍に斧槍に盾など、種々様々な物が乱雑に置かれ、物を売る気があるのかと問いたくなる有様だった。


「おォい、ゴンドルフ。いるかァ? 客足のほとんどねェお前ェの店にお客様が来てやったぞ」


 あまりに雑多な様子に物置なのかと思うほど、商品である筈の武具たちが雑な扱いをされている。


 更に書き殴ったような字で書かれた値札を見て首を傾げる。


 武具屋に卸す程のデキではない品か、この店を構える職人が手慰みで作った物を置いている。

 そんな印象を受けるほど、有名店に武具を卸している職人が作ったとは思えないほど安かったのだ。とは言え、普通の武器と比べれば割高であることに変わりはなかったが。

 店主兼職人はどんな人物なのかとレイラが考えていると、店の奥から大柄なガランドよりも更に野太く、しわがれた声が返ってくる。


「相も変わらず口の悪いガキだなガランドよ。で、剣と盾はこの間修理してやったばっかだろうに、今日は何の用で来たんだ?」


 店の観察もそこそこに奥まで進んでいたガランドの元まで歩み寄ると、二足歩行の樽―――実際には樽と見紛うほどに肩幅が広く、木の幹のように太い腕をし、豊満な髭を蓄えたレイラよりも背の低い男だ――――が金槌で肩を叩きながら現れる。


「あァ、今日は新規の客を連れてきてやったんだよ」

「客だぁ?」


 ガランドが後ろに立っていたレイラが見えるように半身を引くと、樽のような風貌の男は片眉を釣り上げる。


「あぁん? まさかガランド、そのガキが客とか言うんじゃねーだろうな?」

「そのまさかだ」


 他の店と同様、怪訝そうな表情をする男にレイラは慣れたものだと言わんばかりに肩を竦める。


「嬢ちゃん、悪ィがコイツには俺が話を通しとくから店の武器でいいモンがねェか見てこいよ」

「そう? ならお言葉に甘えましょうかね」


 低い位置にあるゴンドルフの肩に腕を回しながらそう言ったガランドの言葉に従い、レイラは二人から離れて武器を見て回ることにした。

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