4 その者、裏の人間につき――
「さぁ、知らねーな」
考える素振りも見せず、それだけ呟いてボロゾフは宝飾品の吟味に戻る。
見せた反応はピクりとほんの僅かにだけ動いた眉根だけ。ただその反応だけでレイラには十分だった。
「そう。盗賊ギルドの貴方なら何か知ってると思ったのだけど、知らないなら仕方ないわね」
「そりゃ、残念だったな」
肩を竦めるレイラには目もくれず、まったく悪びれもしないボロゾフは鑑定を続けている。
レイラの今いる場所はバルセットの暗部に根を張る〝夜鷹の爪〟――――前世の
彼らは窃盗団や貧民街にいる不良たちを取りまとめ、主に盗品の売買や闇市の取り仕切りなどを行い、表には流れない収益を得ている非合法組織であった。
しかし〝夜鷹の爪〟の源流は傭兵や冒険者などに軽視されがちな斥候(スカウト)を専門に行っていた者たちの互助会であり、時には冒険者などから依頼を受けて情報収集を行い、時には傭兵や冒険者たちと同行して現場での情報収集や罠の探知を行う斥候役を派遣するなど、合法的な活動をしている一面もある。
そんな表と裏の社会を器用に渡り歩いている特異な組織をレイラが知ったのは殆ど偶然だった。
本物のレイラを飲み込んだ変化を探る傍ら、村長一家から拝借した盗品を売り払える所を探すため、貧民街を彷徨っていた時に襲ってきた暴漢の一人が盗賊ギルドに所属していた人物だった。
一人だけ周囲から浮くほどの実力があったその人物に興味を持ったレイラは、他の暴漢ともども半死半生の状態まで痛めつけた。
そして盗品の売却先について〝懇切丁寧〟に尋ねると、この場所を教えてくれたのだ。
それ以来、レイラはこの盗賊ギルドの面々と顔馴染みになる程度には足繁く通っていた。
「もし良かったら調べておいてやろうか? 勿論、金は頂くがな」
「いいえ、遠慮させて貰うわ。さっきお金が入り用だって言ったでしょう? だからそんなことに使う余裕はないの。それに多少煩わしいだけで特に問題はないし、貴方たち盗賊ギルドに頼るほどの事じゃないわ」
「そうか。折角の商機だと思ったんだがな、残念だ」
表面上は残念そうにしているが、その目はレイラの反応を予想していたかのように動揺の色はない。
それもそうだろうとレイラも思っていた。
そもそも噂を貧民街に流したのはボロゾフか、あるいは彼が属する〝夜鷹の爪〟が流したものだからだ。
レイラがその確信を得たのはボロゾフの警戒を示す表情の動き。
それと貧民街をテリトリーとしているはずの盗賊ギルドの一員が、はぐらかすでも知っていると仄めかすでもなく、知らないと白を切ったことだった。
ボロゾフの言を信じたとして商機だと思っていたのなら、情報を持っていることを臭わせるのが常道だろう。
逆にボロゾフが本当に知らなかったのだとしたら、レイラが質問をしたときに僅かにだが警戒した理由がないのだ。
とはいえレイラにそれを追求するつもりもなかった。
レイラとて折角得た裏社会との繋がりを断つのは惜しく、できれば今後とも末永い付き合いをしていきたいと思っている。それはボロゾフ、ひいては〝夜鷹の爪〟とて同じ考えのはずと言うのがレイラの見解だった。
何故ならレイラに危害を加えたいのなら、流された噂と流した先が弱すぎる。
盗賊ギルドの構成員を返り討ちにしたレイラ相手に、浮浪者の物取り程度ではレイラに危害を加えるどころか、実力を測ることもできないほど弱いのは百も承知だろう。
だとすれば他の目的があり、凡その見当もついている。だがそこまでレイラが知る必要も、考える必要もなかった。
もし障害となるような事があれば、その時は思惑ごと切り捨ててしまえばいい。
そう割り切ったレイラは沈黙を選び、ボロゾフもまた黙々と鑑定を続けている。
そしてしばらく待っていると、鑑定を終えたボロゾフはカウンターの奥にある金庫の元に歩み寄る。
「ほら、これが今回の買取金の一バーツと二〇〇ルッツだ。間違いはないはずだが、一応確認してくれ」
「わかったわ」
そう言いながらボロゾフは一枚の銀貨と三枚の大銅貨をトレーに乗せて差し出した。レイラはボロゾフの言に従って硬貨を手に取り、部屋を照らす魔道具にかざして確かめる。
銀貨は月桂冠を被った壮年の男の横顔が刻まれ、銀の含有率が高くしっかりとした作りで知れたラバート銀貨。
対して大銅貨の方は縁がガタつき、やや黒ずんだ偽フットラ神殿大銅貨。
バルセット城塞都市を有するルトゥゲル帝国では金貨、銀貨、銅貨を貨幣としており、価値の高い方から《ラマート》《バーツ》《ルッツ》となっている。
また
その上でこの世界には数多の種類の金貨銀貨銅貨が存在しており、硬貨の種類によっては額面通りの価値があるとは限らなかった。
今回ボロゾフが差し出してきた銀貨は一枚で一バーツの価値があるのに対し、大銅貨の方は額面通りの価値があるとは言い難い。
が、その分は枚数が一枚多いことからボロゾフの告げた分に届くだろう。
しっかりと告げられた金額と一致していることを確認し、音を立てながら布袋に硬貨を仕舞っていると、その音に混じって息が吐かれる音をレイラの耳は拾い上げる。
レイラが溜め息を吐いたボロゾフを見ると、呆れを隠さない表情をしながら頬杖を付く姿が目に入る。
「……何か文句でもあるの?」
「いいや。ただ嬢ちゃんみたいなガキがここに来るようになって二月にもなるなんて、世も末だと思っただけさ」
肩を竦めながらそう言うボロゾフにレイラは片眉を跳ね上げる
「あら意外。あなたみたいな人にもそんな真っ当な感性があったのね」
「抜(ぬ)かせ。用が済んだらとっとと帰りな」
「照れなくてもいいでしょうに。髭面のオジサンの照れ隠しなんて需要はないわよ?」
「喧しい!! 用が済んだのならとっとと帰れッ!!」
レイラは背後からカウンターを叩く豪快な音にくすくすと笑い、入ってきた回転扉に手を掛ける。
ゆっくりと押し開け、外に出ようとするレイラを引き留める声が掛かった。
「そうだ、嬢ちゃん。次からここに来るときは表からじゃなくて、直接ここへ来な。ここへの入り方は表の連中が知ってる」
「あら、いいの?」
「なに、常連の証みたいなもんだ。それに嬢ちゃんみたいなガキが何度も表から出入りしてると目立つしな」
「そうじゃなくて、もし私が衛兵に通報したら彼らがここに踏み込んでくるかもしれないわよ?」
盗賊ギルドは犯罪組織ではあるが、ある種黙認されている一面もある。
それは表の社会でも活動していることもあったが、不良グループや窃盗団を取りまとめることで、貧民街の治安を一定水準を下回らないように貢献していること。またその情報収集能力で得た情報を衛兵や領主に提供し、目に余る犯罪者や組織を潰すのに役立っているからだ。
とはいえ盗賊ギルドが犯罪組織であることに変わりはなく、衛兵がその活動拠点の通報を受ければ踏み込まなければならなくなる。
そのことをレイラがおどけながら指摘すると、ボロゾフはニヤリとあくどい笑みを浮かべた。
「ふん、二ヶ月も盗品を売りに何度も来るような奴がここを衛兵に通報するかよ」
「それもそうね。なら次から遠慮なく直接来させてもらうわ」
「そん時はできればウチの品を買ってくれると有り難いがな」
「前向きに検討しておくわ」
最後に軽口を叩き合ったレイラは誰に止められることもなく回転扉を潜り、表の部屋で変わらずカードゲームをしていた男たち歩み寄る。
そして裏の店への入り方を聞き出したレイラは今度こそ〝羊の踊る丘亭〟への帰路に着いた。
静かな貧民街を抜け、再び大通りに出たレイラは鼓膜を打つ雑踏の音に僅かに顔を顰めた。
陽の光があたる世界に再び戻ったという実感を感じたレイラはしっかりと表向きの仮面を被り直し、何処にでもいる少女のような明るい表情に様変わりしたレイラは雑踏の中に足を踏み入れた。
ごちゃごちゃとした人ごみの間をするりと抜けていき、短い時間で〝羊の踊る丘亭〟にたどり着いたレイラは正面の入り口から店の中へと入る。
店内はまだ太陽が中天にあるというのに、酒を片手に雑談に興じている冒険者たちでごった返していた。
「おっ! この店の看板娘のお帰りだッ!!」
「お帰りレイラちゃん! 待ってたぜ!!」
客の一人がそんな声を上げると、一斉に客たちの視線が入り口に立つレイラに注がれる。
まるで客寄せパンダようだと思いながら苦笑いを浮かべたレイラは客たちの顔を見渡し、四人掛けのテーブルを一人で占有している男を見つけ出す。
そして茶化してくる客たちに愛想笑いを返しながらフロアを歩き、チビチビと酒を煽っている男の前の席に腰かけて満面の笑みを浮かべた。
「ねぇ、ガランドさん。私とデートしましょう?」
その瞬間、店内が殺気で満ちた。
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