8 その客、冒険者につき――

 

 レイラたち家族三人が暮らすにはやや広すぎる家。

 一階の客を迎えるための広間に並べられた机には椅子が載せられ、居住空間である二階と比べて生活感を感じさせない寂れた風景。

 客が居なければ光を放つ魔導具が灯される事もなく、窓から差し込む光が人のいない広間を寂しげに照らし出す。


 だがそれも、日が沈み始めるまでの間だけ。


 日が傾き、人々が仕事を終える頃になると寂れているように思えた広間は一気に活気付く。


「一角兎の香草焼き一つ追加で!!」

「はーい」

「冷えたラガーを三つだ!!」

「少々お待ちくださーい」

「腸詰めの盛り合わせとミードの御代わり頼む!!」

「はいはーい」


 特にこの日は、開拓村の人間が入れない程の大盛況だった。

 隊商がやってきても、ダルトン一人で料理の運搬や注文受け、勘定をしても事足りるのが、厨房でミリスの手伝いをしているレイラを駆り出すほどの大忙し。

 普段は隊商に所属している行商人五名と、護衛として雇われている子飼いの人間が十人だけなのだが、今日に限って護衛とは別に冒険者と呼ばれている者達が十人以上もやってきたのだ。


 娯楽らしい物が一切ない開拓村に日が沈み始めてからやってきた冒険者達は、目的地である〝深淵アビス〟へ向かうには遅い時間のため暇を持て余し、唯一の娯楽となる酒場へ殺到してきた結果だった。

 広間と厨房を幾度となく往復し、尻を触ろうとする不貞な輩の手を躱し、客の腹が膨れて注文の嵐が止むまで働き続けたレイラ。


「お邪魔しまーす」


 そうこうしている内に広間が落ち着いたと見るやいなや、盛りきれなかった料理の余りを一皿に纏めた物を持ったレイラがとある卓の空いた椅子に腰掛ける。

 そこは店をいつも以上に忙しくさせた原因である冒険者パーティの一つが占有する卓だった。

 冒険者達は一様に怪訝な顔をするが、レイラが屈託のない笑みを浮かべると仲間内で顔を見合わせて追求する事もなく、それどころか僅かに鼻の下を伸ばしてレイラの事を受け入れた。


「ねぇ、お兄さん達って冒険者なんでしょ?」

「あ? まぁ、そうだな」

「冒険者ってどういう事をしてるの?」

「そりゃ、魔獣を狩ったり遺跡を探索したり、困ってる人を助けるために色々な事をやってるんだぜ。今日はちょいと街で流行り病が流行ったせいで品薄になってる特殊な薬草を取りに来たんだ」

「へぇ、じゃあお兄さん達は深淵に行くために来たんだ。 あ、お代わりどうぞ」

「おっと、すまねーな」


 空いたジョッキに酒を注ぎ足し、持ってきた皿を差し出せば、あとは適当に会話で持ち上げるだけで気を良くした冒険者達は次第に口を滑らせていく。


 酔客の話をまとめてると、冒険者とは街や村を渡り歩き、些細なものから大事に至るような依頼を受けては代金を貰う、荒事専門の万屋のような生活をしている者達の事を指しているとの事だった。

 また依頼内容は基本的に魔獣の退治や、一般人では手に入れにくい薬草などの素材の採取。

 果てには強力な守護者が居座る遺跡に、高濃度の魔力が溜まり過ぎた事で発生する迷宮などにも潜る。

 前世で言えば小説やゲームの中にしか存在しないような物の探索や調査をしているようだった。


 レイラは閉鎖的とも言える開拓村では知り得ない情報を、村の外からやって来た客から収集していた。

 冒険者については元冒険者であるダルトンから聞き出せば手っ取り早いのだが、あまり喋りたがらないためレイラは仕方なくこうして酔客を相手にしていたのだ。

 そしてもう一つ、いくつかある冒険者パーティの中で情報源として同じ卓に着くパーティを選んだのには理由があった。


「……ねぇ、その腰に提げてるのってなに?」


 冒険者達は荒事に従事しているためか、常に武装している者が殆どであった。

 席を埋める他の冒険者達も例に漏れず、剣や戦斧などを自身の傍に置いているのだが、レイラが声を掛けた男だけが唯一武装らしい物を身に着けておらず、代わりに腰に見覚えのある物を下げていたのだ。


「コイツが気になるのか?」

「うん。お店に来る人でお兄さんが持ってるような奴を持ってる人を見た事なかったから。まぁ、冒険者の人が来たのは今日が初めてなんだけどね」

「なるほどな。しかし、よく見てるじゃないか。そんな目ざとい君に今日は特別に見せてあげよう」


 男はレイラにそう言って留め具を外し、腰に下げている物を掲げてみせた。


 掲げられたものはL字型の物だった。

 短い部分は握りやすいように手の形に調整され、握った時に人差し指が来る弧の字を描く突起がついており、更に指を守るように鍔が備えられていた。

 また長い部分は細長い筒を囲むように、二種類の金属が上下に備えられた複雑な機械の様な見た目。




 それは前世で『銃』と呼ばれ、更には『拳銃』に分類される物と酷似していた。




「コイツは魔銃マナ・バレットって言ってな。魔石や自分の魔力を込めることで、離れた相手を瞬時に射抜ける弾を撃ち出す優れもんの魔道具さ!」


 自慢げに胸を張る男に対し、他の仲間達はなんとも言えない微妙な表情を浮かべながら顔を見合わせていた。


「な、なんだよ。何か言いたいことでもあるのか?」

「いや、別に文句がある訳じゃないんだが、撃ったときの音は大きいし、弾を撃つための魔石代は嵩張るしで、あんまり優れもんって印象がないんだよなぁ」

「そうそう、そのくせ相手によっちゃあ弾は避けるし、そもそも弾を弾く奴も居るしな」

「おいおい、そりゃねーぜお前ら。一体何回俺の魔銃のお陰で窮地を脱したと思ってるんだ?」

「そりゃそうなんだがなー」


 周囲の反応の悪さに顔を顰める男と、その表情を肴に笑い話へ話題を変遷させていく冒険者たち。レイラはその話題に相槌を打ちながら、頭の中では男が取り出した魔銃の存在で埋め尽くされていた。


 なにせ、銃である。

 火薬ではなく、魔力を使用した物とは言え銃なのである。


 開拓村の建造物や生活様式から考えられる文明はレイラが見る限り良くて産業革命以前の近代であり、地球であればまだ先込式のマスケット銃が普及し始めているかどうか怪しい頃であろう。

 辺境と都市部では生活水準に大きな差が生まれるものだが、それでも拳銃――しかも自動拳銃オートマチックに似た形状である――を軍人でもない人間が手にできるとは到底思えない。

 魔法という前世の常識外の法則がある以上は予想を超える事象が起きても不思議ではなかったが、それでもまさか魔導具に関する技術が銃を製造できるレベルに達していると誰が思うだろうか。


 どれほど量産されているのか、どんな技術があるのか。


 レイラは警戒と好奇心から更に冒険者達へと問い掛けた。


「ねぇ、お兄さん。冒険者の人達で魔銃みたいな魔道具?を使う人って結構いるの?」

「うん? あぁ、ここみたいな開拓村じゃあ魔銃どころか魔道具もあんまり見掛けないから実感が湧かないだろうけど、大きな街に行けば割と魔銃みたいな魔導具を使ってる人間は冒険者以外にも居るぞ」

「そうなんだ、そんな物が一杯あるって街は凄いところなんだね」

「そうでもないさ。ただ、ここみたいな開拓村に魔道具とかを売りに来たがる行商人が少ないだけさ」

「そうなの?」

「あぁ、なにせ魔道具は遺跡から産出した物を組合ギルドが買い取って、専門家が解析して、複製してできたレプリカだから原価が高いんだ。そんな物を運んでる途中で魔獣やら野盗やらに狙われて、命が助かっても商品を失ったら再起も狙えないぐらいの大損になっちまうからな」

「へぇ、組合なんてのがあるんだね……」


 更に詳しく聞き出せば、そもそも遺跡とは前世の誰もが想像するピラミッドやアテネ神殿のような構造物などではなく、高度な域にまで達していた文明が滅び、だが今なお活動している施設を遺跡と呼んでいるらしい。

 今世での歴史に興味がなく、もっぱら魔力の扱いや文字の読み書きに重点を置いていたが、考えを改める必要があるだろう。


 そう一人やるべき事をまとめていると、突然頭頂部に激痛が走り、視界がチカチカと明滅する。


「何時までサボってる気なんだ、ウチのじゃじゃ馬娘は」

「お、お父さん……」


 ズキズキと痛む頭を抱えながらレイラが振り返ると、薄っすらと青筋を浮かべたダルトンが拳を握って立っていた。

 更に周囲を見渡してみれば、各テーブルを占有していた冒険者や隊商の護衛たちの姿はだいぶ減っており、常連の村人達が代わりに各テーブルを占拠し始めていた。

 レイラは随分と話し込んでしまっていた事に今更ながら気づくのだった。


「それで、いつになったらいつもの真面目な娘に戻ってくれるのかな?」

「でもぉ……」

「ん?」


 それでも若干涙目に成りつつ思考を邪魔してくれたダルトンを睨み付けるが、反抗的な様子にニッコリと笑みを深めたダルトンが再度拳を振り上げる素振りを見せる。


「今すぐ戻ります!!」


 椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がり、レイラは騎士風の敬礼を返して逃げるように厨房へと駆け出すのだった。

 その際、ちらりと背後を振り返ると何やら真剣な表情で冒険者に話しかけているダルトンの表情がやけにレイラの脳裏に焼き付いた。


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