7 その思い、空回りにつき――
少女の記憶とレイラの記憶にあるラッドの変わらない表情。
前世同様、周囲と比較すればかなり整った部類に入るレイラの顔立ち。
そして前世で周囲に居た同じ年の頃の男児達の思考回路と行動原理を結んでみると、一つの予測がレイラの脳裏をよぎる。
予測というよりも、最早確信めいた結論を導き出したレイラはディットの叱責が落ち着いたのを見計らって二人に近寄った。
「ディットのオジさん、ラッドをそんなに責めないで? 私が魔法を使えないのはホントなんだし、もし私が偉そうにしてラッドの癪に障ったのなら、私が悪いんだし……」
「でも、レイラちゃん――」
「ねぇ、ラッド?」
納得がいかないとありありと分かる表情で、なにか物言いたげなディットを無視してレイラはラッドに向き直る。
ごく自然な動作でわずかに腰を曲げ、同程度の身長であるラッドの目を上目遣いで見るようにしながら首を傾げるレイラ。
「ラッドは魔法が使えなくなって、皆みたいに私のこと、嫌いになった?」
「――ッ?!」
若干瞳を潤ませて問いかければ、ラッドは目を見開き即座にそっぽを向く。
顔を背けたせいで茹でダコのように真っ赤になった耳がレイラの目の前に晒されているのだが、ラッドは気付いて居ないのだろう。
レイラは顔を背けたラッドの反応に内心ニヤりと嗤いながら、外面ではやはり悲しげにしてディット達から一歩離れる。
「やっぱり嫌い、だよね……病気が治ってから皆に避けられてるのにラッドだけが話しかけてくれてたから、私、勘違いしちゃってたね。ラッドが嫌なら、これからはなるべく顔を合わせないようにするから――」
「ち、違う!!」
俯きながら喋っていると、ラッドの遮る声がする。
驚いて顔を上げると真剣な表情でレイラを見つめながら、けれど何かを言いあぐねて再びそっぽを向くラッド。
辛抱強く次の言葉を待っていると、ボソボソと小さな声で言葉を紡ぎだした。
「べ、別に、嫌いになった訳じゃ、ない……」
そんな事を言うためにどれだけ時間を使ってるんだ、と辟易しながらレイラは満面の笑みを浮かべる。
それから牽制と、状況の改善となりそうな言葉を見繕う。
「そっか! なら、これからも私の大切な〝友達〟でいてね!!」
「お、おう。と、友達、な……」
「うん! 友達!!」
手を握り、笑顔を浮かべながら"友達"の部分を強調して言うと、ラッドは安堵しつつもガックリと肩を落とすのだった。
そんな息子を憐れみの目で見ているディットに気付きつつも、レイラはそっと手を離して二人から距離を取る。
「じゃあ、私はもう行くね。これからもよろしくね、ラッド!」
なんとも言えないような表情をしている二人に見送られながら、レイラは自身の家に向って駆け出した。
ディット家から歩いて五分と離れていない家に到着するとレイラは裏手に周り、勝手口を開ける。
「ただいま! お父さん、ちょっと来て!」
中には入らず、威勢よく声を掛けると厨房の奥に見える客間から掃除でもしていたのか、モップを手にしたダルトンが現れる。
そして勝手口から入ってこないレイラを怪訝そうに見つめるが、その視線が足元に向かい、靴がやたらと血で汚れているのを見つけて苦笑いを浮かべた。
「おかえり。今日は随分と汚れて帰ってきたな」
「えへへ、血抜きをした時に間違えて踏んじゃって。それより今日はいっぱい取れたんだ!」
「そうかそうか。ただ、成果を見せてもらうのは靴を洗ってからだな。父さんは片付けを済ませたら直ぐに行くから、先に準備をしててくれ」
「はーい」
桶を手渡されたレイラは裏庭に置かれた木箱に腰掛け、靴を脱いで桶の中に靴を置く。
先に準備をしてくれと言われていたが、レイラのすること――――否、できる事はほとんどない。
なにせ、この世界では魔法で飲料水すら誰もが魔法で作れるせいで、前世では人々が生活を営むのに欠かせなかった井戸などと言った水源が存在しないのだ。
他にも魔法さえ使えれば火打石がなくとも火を付けることも可能であり、薪などに火を付ける道具が一切存在しない。
そのため魔法の使えないレイラに出来ることは少なく、靴を洗うのも、料理をするにも誰かに頼まなければままならない。
常に人手が足りない開拓村において、一人では普通に生活するのもままならない存在であるというのが、レイラが周囲から疎まれ、蔑まれる大きな理由の一つでもあった。
……当の本人は全く気にしていなかったが。
井戸も川もなく、用水路といった水を汲める場所すらなく、ダルトンがやってくるまで水を用意できずに手持ち無沙汰になったレイラはラッドとのやり取りを振り返る。
赤くなった耳
若干照れたような表情。
関係を切ろうとした素振りに対する食い気味な否定の言葉。
思春期真っ只中にいるであろうラッドがそのような反応を示せば、他者と共感を得たことのないレイラでもラッドがレイラに対して好意を抱いているのだと容易に分かる。
未だ精神的に男の部分が残っているレイラにとって、異性と男女の関係へ至るなど、恋愛観に無頓着だったレイラと言えど御免被りたいものであったが。
「しかし顔はある程度整ってはいるとは思うのだけど、こんな体のどこが良いのかしらね」
感情を捨て置き、レイラは自分の胸に手を当てる。
そこは平原であった。
限りなく水平に近く、なだらか極まる小さな丘と言い換えてもいいだろう。
そう表現して憚られないほど、女性の象徴とも言える胸は発達の兆しが見られなかった。
母親であるミリスは豊満、とまではいかなくとも服の上からでも起伏が分かる程度には大きかった。
また村にいる女性陣も総じて胸が大きい――前世の日本と比較してだが――ように思われた。
更に言えば、ミリスが経営する酒場を利用する男客の話題に登る女性は殆どが豊満であり、どれだけ自分の伴侶や恋人が豊満なのか自慢している者もいるほどである。
それらの事から考察すれば、貧乳であるレイラが恋愛の対象になるとは考えられず、ラッドの嗜好に首を傾げざるを得なかった。
とは言え、前世でも貧乳どころか幼児、果てには無機物や動物に欲情する人種もいることを考えれば、まっとうな分類なのだろうと、ダルトンが勝手口から出てきたのを見てラッドへの評価を結ぶレイラだった。
「それで、今日は一体何を仕留めてきたんだ?」
「ふふん、朱長尾雉と一角兎をそれぞれ三羽仕留めたのよ」
ずしりと重みを感じるズタ袋をレイラが手渡すと、中身を確認したダルトンが顔を綻ばせ、頭を撫でてくる。
「その歳でこんなに捕れるなんて流石は俺の娘だな。レイラは自慢の娘だよ」
「そんなこと無いよ、お父さんが身体賦活を教えてくれたお陰だよ」
「そうかな?」
「そうだよ」
なんてことのない会話をしている間、ダルトンは事もなげに魔法で作り出した水で桶を満たし、血で汚れたレイラの靴を洗っていく。
その姿を木箱に腰掛けながら眺めていたレイラは、血で汚れていく水を見て記憶の片隅に追いやっていた事を思い出す。
「ねぇ、お父さん。村の近くの森に狼みたいな魔獣っていたっけ?」
「……狼型の魔獣だと?」
「うん。今日、狩りをしてる時に群れで歩いてる所を見たの」
「…………その狼はホントに魔獣だったのか?」
「遠目だったからよく分からなかったんだけど――」
遠目で見たという設定を元に、自分が殺した魔獣について違和感が出ない程度に説明をしていく。
二対の真紅の瞳をしていた事や、ボサボサの黒い体毛をしていたこと。それらをボカシた表現で伝えていくと、ダルトンの表情が次第に険しくなっていく。
レイラにとってはそれほど脅威になるとは思えない相手であったが、普通の人間では危険な魔獣なのだろうかと首を傾げる。
もしくは、あの魔獣が縄張りを出てきたことが問題なのだろうかと考えたところでダルトンが表情を変えずに口を開いた。
「そいつは
「ハウンドウルフ……」
名前こそ知らなかったがレイラの知識はやはり正しかったようで、またダルトンの表情と口ぶりから推測の後者であることが裏付けされた。
これは何か面白いことが起こるかもしれない。
レイラが内心期待でほくそ笑んでいると、真剣な眼差しをしたダルトンと目があった。
「襲われなかったか?」
「遠かったし、風下で見つけて向こうはこっちに気付いてなかったから大丈夫だったよ。あ、さっきディットのオジさんに会ったんだけど、ハウンドウルフのこと伝え忘れちゃった」
「そうか。襲われなかったのなら良いんだ。ディットには俺の方から伝えとこう。よし、靴も綺麗になったぞ」
「ありがとう、お父さん」
若干湿った靴を履き、レイラはお礼を言いながら木箱から飛び降りる。
ダルトンもそれに合わせて桶の中身を捨て、レイラの横に並んで家へと向かう。
「今日獲ってきた奴は貯蔵庫にしまっとけばいい?」
「そうだな、ついでに皮を剥いでくれると父さんは嬉しいかな」
「うーん。皮剥ぎはあんまり好きじゃないのよねー」
レイラにとって皮剥作業はそれほど苦ではないが、準備やら後片付けでかなりの時間を浪費するため好みではなかった。
何より物言わなくなった死体に興味がまったく湧かず、そんな作業に時間を費やすぐらいであれば、表に出て夕方からやってくる予定の隊商から話を聞くために時間を裂いた方が遥かに有用に時間を使えると言うもの。
さて、どういう風に説得するべきか考えながらダルトンに関する情報をいくつか引き出し、その中から今回使えそうな物を選び取る。
「ねぇ。お父さんもやっぱりこの間新しく村に来たリータさんみたいに、胸が大きい女の人が好きなの?」
「ん゛?! んん? 唐突に一体何の話だい?」
「うーん。この間、村の集会からディットのオジさんと一緒に帰ってくる時にたまたま聞いちゃったんだ。この話、お母さんに伝えちゃおっかなー??」
「ん、ん゛?っ!!待て、いや、うぅぅん……はぁ、 分かった。今日の皮剥はお父さんがしておこう。その代わり、さっきの話はお母さんには絶っ対に内緒だぞ?」
「分かった! 私、お父さんのこと大好きよ!」
「……俺も、レイラのことが大好きだよ」
ラッドとは違う形で肩を落としたダルトンと共に家に入り、一人忙しなく働いていたミリスにせっつかれ形で、二人は夕方にはやってくるだろう隊商を出迎える準備に駆り出されるのだった。
こんなどうでも良い、退屈極まる日々がレイラの過ごす日常であり、自身の欲望を抑えきれなくなるその日まで続く。
本当の自分を隠しながら、漫然と過ごしているレイラはそう思っていた。
何気ない日々の裏で、世界は思いも寄らない動きをしていることに気づくことも無く。
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