6 その村、開拓村につき――

 

 魔石の回収も滞りなく済ませたレイラは魔獣の死体を簡単に処理し、森を出て開拓村へと続く道を進む。

 道と言っても踏み固められただけの簡素なもの。

 森から伐採した材木を馬車で頻繁に運んでいるせいか、深いわだちがより歩き難さを助長している酷い道であった。


 そんな今にも足を取られそうな道を進んでいくと、レイラの視界にポツポツと家が建ちだし、区画分けされた畑が広がり始める。

 長閑と言っても過言ではない景色を眺めながら進んでいけば、建物が徐々に密集し始める。ただ密集と言っても、五十メートル間隔が五メートル間隔になった程度のものであったが。


 そんな村と呼ぶには散在しすぎているような村が、レイラが生を受けた開拓村である。


 道の脇に立つ家の前で作業をしている住人達に愛想笑いを返しながら進めば、次第に建つ家が大きくなっていき、そして壁のように繋がった巨大な家が見えてくる。

 開拓村の中心地であり、住居と非常事態時には防壁としても機能する石造りの長屋である。


 長屋と長屋の隙間、そこに設けられた簡易的な門を抜けると、その内部は開拓村が作られ始めてからの二十年、その最初期から開拓に関わってきた人々が住んでいる場所であり、散在するように広がっていった村の中心であった。

 レイラの両親が経営する酒場も、この中心部の一角にある。


「おっ、そこにいるのはレイラちゃんかい?」


 レイラが一軒の家の前を通り過ぎると、呼び止める陽気な声がする。

 見やれば、そこにはレイラの同年代と思しき少年を連れた初老の域に差し掛かる大男が家から出てくる所だった。

 比較的長身な部類のダルトンよりも一回りは大きそうなその男は、村で唯一の狩人をしている人物であり、レイラを蔑まない稀有な人間でもあった。

 外見に見合った言葉遣いと仕草を心掛け、仕留めた獲物の入ったズタ袋を掲げて駆け寄るレイラ。


「こんにちは、ディットのオジさん」

「おう! レイラちゃんも今日も元気そうで何よりだ。それより、今日も朝から狩りに行ってたのか?」

「うん。今日は隊商が来るから予備のお肉を補充しとこう思って」

「そうか、レイラちゃんは偉いなぁ。ウチのバカ息子共も見習ってもらいたいもんだ。しっかし今日は隊商が来る日だっけか。そう言えば、前に村長がそんな事を言ってたっけな」


 村長を含めた村の顔役が集まる会議には、一度として欠かさず参加しているディットの惚けた態度に苦笑いを浮かべる。

 しかし惚けた態度を見せながら、さりげなく鋭い視線が袋へと注がれているのをレイラは見逃さなかった。


 袋の膨らみぐわいを見て、どんな獲物をどれだけ獲ったのかを考えているのを視線から読み取ったレイラは少し申し訳無さそうにしながら、二人に見えるようにズタ袋の口を開く。


「もうそろそろ繁殖期だから鶏冠鳩は取らなかったんだけど、他のが見つけられたから一杯取りすぎちゃった。森を荒らしちゃってたら、ごめんなさい」

「……ちゃんとそこら辺が分かってるなら問題ないさ。それにしても、一角兎と長尾雉が三羽ずつか。ダルトンもそうだが、レイラちゃんにもこんなに仕留められちゃ、ウチの商売上がったりだな!!」

「そんなこと無いよ、オジさん。私はお父さんやオジさんみたいに大物は仕留められないし、今日はたまたま投石器の調子が良かったから一杯仕留められただけだよ」

「なぁに、運も実力の内って言うだろ? それが運だろうが実力だろうが、獲物さえ仕留められればどっちでもいいのさ」


 自分の食い扶持である森が荒らされてないと分かったからか、探るような視線を消し去ったディットの率直な言葉に謙遜しつつも、褒められた事を嬉しそうにはにかむレイラだった。

 ただディットの傍にいながら一言も発さず、やけに静かにしていたラッドを見ると、苦虫を噛み潰したように盛大に顔をしかめていた。

 そして表情を変えないまま、ボソりと呟いた。


「……魔法も使えないくせに、偉そうにしやがって」


 ラッドが唐突に暴言を吐いた意図が分からず、パチくりと瞬きをするレイラ。

 それから改めてラッドを観察し、顔を顰める原因に成りそうな事を記憶から漁れば、直ぐに答えは見つかった。


 レイラの記憶が確かなら、ラッドは今年に入り漸くディットと共に狩りをするようになったはずだ。

 そして今までレイラのように獲物を仕留められたという話しを耳にしたことが無い。

 恐らく自分と同い歳で魔法が使えないにも関わらず、自分よりも早く狩りをするようになり、挙げ句の果てに多くの獲物を仕留めて実父に褒められているとなれば、心穏やかでは居られなかったのだろう。

 もしかしたらラッドの兄弟たちに比較され、歯噛みする思いをしたのかもしれない。


 しかし比較対象にされているレイラからしてみれば、前世を含めれば狩りをしてきた年数はラッドの年齢を遥かに超える。

 更に魔力による身体賦活も扱えるようになり、誠時代の経験と才能に裏打ちされたレイラの実力は魔獣を単独で狩れる熟練の域に達しつつある。

 そんなレイラを同い年だからと比較対象にされてしまうのだから、ラッドには同情する他ないだろう。

 とは言え本来の実力を巧妙に隠し、ラッドの境遇を鑑みる優しさを持ち合わせていないレイラは同情すらしていなかったが。

 それどころか、相手をするのも面倒臭いとしか思っていなかった。


 故にレイラは次に起こるであろう事態を分かっていながら不格好な苦笑いを浮かべ、わざとらしく目を伏せる。

 ディットの拳が振り下ろされ、罵声が響き渡ったのはその直後だった。



「自分ができない事ができるからって、できる相手に八つ当たりしてんじゃねーよバカタレがっ!! まったく情けない。テメェ、それでも男かッ!!」



 顔を顰める大声量と拳骨を落とされたラッドは涙目を浮かべながら頭を抱え、こうなる事を予測していたレイラは即座に耳を塞ぐことで難を逃れていた。


「でも、オヤジ――」

「うるせぇ、口答えしてんじゃねーよ!! それに、次レイラちゃんの事を口にしたら家から叩き出すからな!!」


  家族ぐるみで仲のいいディットの前でレイラが魔法が使えないのを揶揄され傷付いた表情を作れば、当人以上に激怒するのがレイラが目覚めてからのディットとの常であった。

 それだけディットの性格が真っ直ぐであり、陰口を叩く相手が許せない情に厚い人間である事の証左ではあった。

 ただレイラにとって真っ直ぐな性格の人間とは行動を予測しやすいと言った認識でしかなく、ディットに至っては面倒な手合をやり過ごすのに丁度いい盾扱いである。


 現に不機嫌そうにしていたラッドの意識はレイラからディットへ向かい、ディットによる説教を受けているのだ。

 後は親子喧嘩が落ち着いた頃合いを見計らって上手いこと仲裁に入れば、レイラの株を下げる事なく面倒そうな事態を封殺できる。

 少なくとも、ディットが傍に居るときはラッドがあからさまな態度を取ることは減るだろう。


「こうなるって分かってるんだから、関わらなければいいのに。馬鹿な子ね」


 レイラのことなど最早意識の外になっている二人を見ながらレイラは呟くが、そこでふと気になる事実に気が付いた。


 ディットの一家とフォレット家は家族ぐるみで仲がいい。

 狩人のディットとダルトンが仕事を抜きにして一緒に森へ向かう事もあれば、ミリスとディットの奥さんが暇な時にお茶会――と言うには些か簡素に過ぎるが――を開いている。

 当然、両親がそんな関係であればラッドとレイラが顔を合わせる機会は非常に多い。

 自分よりも優れた相手と比較されるのが嫌なのであれば、関わりを断てなくとも、接触を避けようとするのが普通である。

 にも関わらず、ラッドとは顔を合わせる機会が減るどころか、接触する回数は増える一方だった。

 ここ最近に至ってはラッドは自らレイラと会おうと行動している節すらあるように思える。


 ラッドの言動の全てとは言わなくとも、好意的なものであれば行動自体に不自然さはない。

 だが、顔を合わせる度に今回ほど直截的な言葉ではないにしろ、殆どがぶっきらぼうな態度で嫌味や皮肉を投げかけてくるのだ。

 レイラからしてみればラッドが何をしたいのか、まったくと言っていいほど理解できなかった。

 まだあからさまに魔法を使えないレイラを気味悪がって、接触するのすら毛嫌いしている他の村民の方がわかり易いと思うほどだった。


「そういえば、まだ前の私本物だったときにもラッドは絡んで来てたのよね」


 ラッドの行動の真意を掴もうと記憶の更に奥深くまで掘り返していると、レイラとして目覚める直前までいた、夢のようでいて妙に現実感のあった空間でのやり取りを思い出す。

 レイラという少女として振る舞うのに必要な情報として、まず少女の人となりを知るために行っていた会話。その中で近所に意地悪をしてくる少年がいると少女は言っていた。


 更に少女の体が死にかけていた居たせいで強引に魂を掌握することにしたせいか、断片的にしか得られなかった少女の記憶の中に、異性である少女に対して過剰とも言える悪戯をしているラッドの姿があった。

 まだ魔法を扱えた頃の少女にすらそのような事をする意図は判然としないが、その時のラッドの表情とここ最近のラッドの表情は変わっていない。


「もしかして――――なのかしら? なら少し、試してみましょうか」


 あまり考えたくはないけれど、そう前置きをしながら自分の脳裏に浮かんだ答えを証明するため、レイラは一つ試してみる事にした。

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