第2話 幽霊をお持ち帰り
雅人は俺の幽霊話を散々笑った後、突然話を切り出した。
「そういやさ、帰る時に言い忘れてたけど、お前、明日のコンパ来るよな?」
「はあ!? コンパって何だよ」
「テニスサークルの新歓コンパだよ!」
「なに、それ。そもそも俺、所属してないぞ」
「いいのいいの。来るだろう。もう参加するって言っといたからな」
「
「
◇◇◇
俺は合コンが嫌いだ。知り合ったばかりの男女が仲良く話して、何人かが二人揃って消えていく。イケメン連中がモテて、俺みたいなパッとしない奴には声もかからない。
「おっ、一人で飲んでるのか?」
雅人が俺の隣に座って、ビールを飲んだ。烏龍茶片手にご飯を食べてる俺とは対照的だ。
「……お前未成年だろうが……」
「まあまあ、硬いこと言うなよ。そんなこと言ってるから、モテないんだぞ!」
「うっせえなぁ、モテないのと法律違反するのとは違うだろ」
「そう言う杓子定規な性格が女子に嫌われるんだよ」
「お酒は20歳からだろ!」
「えーっ、拓人くん硬いよぉ」
見るからに軽い系女子の代表である一ノ瀬由美が雅人の隣の席に座ってカシスオレンジを飲んだ。同級生らしいが大学の新歓コンパで知り合ったばかりで、俺は彼女のことを全く知らない。
「由美も拓人、硬いと思うだろ!」
「まあ、硬くてもいいんだけどね。拓人くんは華がないと言うか、なんか暗いんだよねぇ」
「そうだろ! 言ってやれ!」
「うるせえよ、俺は孤独に飲むのが好きなんだよ」
「でた! モテない奴の
こうなるのが分かってたから、参加するの嫌だったんだよ。テニスサークルの新歓コンパは、さながらお見合いパーティだ。
「参加しなければ良かったよ。お前が参加してくれって頼むからさ」
「悪い悪い!」
少しも悪そうに見えない笑顔で目の前で雅人が両手を合わせて頭を下げた。
「でもよ。拓人って、モテないと思えないんだけどよ」
何を言う。小学、中学、高校と彼女がいた事なんてなかった。今だってみんなが盛り上がる中、俺はボッチな訳だしさ。
「モテてもおかしくないと思うわよ」
由美は金髪に染めた毛先を人差し指でくるくる回しながら、そう言った。
「だろ、こいつなんでモテないんだろうなあ」
「拓人くんは顔は整ってるし、むしろイケメンの部類だと思うよ。たださ、凄く冷たく見える」
由美は俺から目を外して、雅人を見た。
「なんかね、人を拒絶しているような……、多分……それが女の子を遠ざけてる理由だと思うよ」
「俺もそう思ってた。こいつ、なんか分からないけれども、そこにいてるのに、遠くにいるようなそんな感じがするんだよな」
「ねえ、拓人くん。昔、恋人と凄く悲しい別れをしたとかないかな?」
「そんなのあるわけないだろ。俺はずっと一人……」
その瞬間、俺の
「あれ、これは……」
「お前、どうしたんだよ。泣いてるじゃん」
「わかんねえよ」
俺はなぜ泣いてるんだ。訳がわからない。そして、俺たちが騒いでるのに気付いたのか、三回生の先輩が近づいてきた。
「おっ、飲んでるねえ」
「げっ、山川先輩!」
「何が、げっだ、何が!」
あの雅人が明らかに気圧されていた。これはヤバい人かもしれん。彼女は俺に視線を移すとニヤリと笑った。
「拓人くん、ビール飲むよねえ」
◇◇◇
酷い目に合った。
あの後、心霊研究サークルの山川久美子先輩に無理やり一気させられ、予想通り倒れた。
「おーい、生きてるか?」
「死にそうだ」
「本気で顔色悪いな、やっぱり送って行こうか?」
「いいっていいって。それより一ノ瀬さんを介抱してやれって!」
「悪いな。由美、大丈夫か?」
「もう、らめぇ……」
一ノ瀬さんが酔った演技をしてるのは分かる。でも、俺は彼女の邪魔をしたくなかった。
「じゃあ、行くな」
「大丈夫かよ、お前ふらふらだぞ!」
「らいじょうぶ、……だよぉ」
「全然、大丈夫じゃねえだろ」
俺はその声を後ろにマンションに向かって歩く。
うわぁ、やべえ。地球がぐるぐる回ってるよ。
ふわふわとした浮遊感は次第に吐き気に変わっていく。本気で気持ち悪くなってきた。目が霞んで二重に見えてくる。足がふらついて、まともに歩ける気がしない。
千鳥足と言うのだろうか。よろよろとよろけながら、歩道を歩く。
さっきまで気持ちよかったが、今は頭がガンガンと割れるように痛い。
「こんなのお祓いになるわけねえだろ!」
調子に乗ってビールを飲んでしまったが、飲むんじゃなかった。
「最悪だよ……」
ふらつく足をやっとのことで制しながら、前に向かって歩く。標識が二重になってハッキリと見えない。
本当に知ってる道で良かった。もし、知らない道だったら、帰ることなんて不可能だ。あー、ここ幽霊の出る交差点だったっけな。今、追いかけられたら、助かる気が全くしないわ。
由美のことなんて考えないで、雅人に無理言ってでも送らせるべきだったよな。俺は後悔しながら、交差点を越えようとした。
「あっ、やばっ……」
足が小さい石を踏んだのか躓く。地面がスローモーションのように近づいてくる。
なんとか手をついたが力が入らない。そのまま顔を強打した。頬が殴られたように痛い。
「痛てててて」
起き上がろうと手を地面につけて力を入れるも力が入らない。このまま、ここで寝てても冬じゃ無いし、死ぬことはないが正直このままだと身体がヤバい。それに口の中も痛かった。転んだ拍子に口内を強く噛んでしまったのか。
「たっくん、大丈夫???」
後ろから声がした。たっくんって、誰のことだ。なんか遠い昔に聞いたような……。
「だれ?」
コールタールの冷たい感触が手のひらの柔らかい感触に変わる。ゆっくりと身体が持ち上げられた。暖かく、そして柔らかい。それに、なんかいい匂いがするよ。
なんかこんな感触を遠い昔に感じたことがあったような……。
なんとか焦点を合わせようと努力する。俺を助けてくれたのは誰だろう。じっと見つめているとなんとなくだが、輪郭が見えてくる。
俺と同い年くらいの女の子だ。大学生だろうか。白いブラウスに大きな胸。俺は胸に抱かれているのか。だから、柔らかいんだな。少女は俺の口にハンカチをあてがって止血してるようだった。
(三ツ木交差点には白いブラウスに赤いスカート姿の幽霊が出るんだってよ)
そういや、ここは三ツ木交差点で、俺を助けてくれたのは、白いブラウスに赤の……スカ……。
「ゆっ、幽霊……!?」
「ゆう……れい?」
目の前の白いブラウスの女の子は俺を抱き上げた。
「そんなことより、立てる?」
あれ、優しいな。俺を殺すんじゃなかったのか。
「肩、貸すから、歩いてね。わたしひとりじゃ、たっくん支え切れないからね」
あれ、この幽霊意外と優しいな。俺はなんとか幽霊に支えてもらいながら、一歩ずつ歩く。あー、そうか。人気がないと言っても一目につくかもしれないもんな。きっと、誰もいないところに来て俺を殺すんだ。
「大丈夫? ふらついてるよ?」
「だだただだ、大丈夫でふ……、だからここまででいいでふよ」
「全然、大丈夫じゃないじゃない!」
これは徹底的にヤバいだろ。このままマンションまでついて来たら、確実に殺される。
「こ、ここここ……俺を殺しても仕方ないですよ?」
「うん、わたしがなぜ、たっくんを殺すの?」
「えっ!?」
そういや、幽霊の割には柔らかく、やけにいい匂いがする。目の前の少女の服装は昨日会った時と同じく地味だが、昨日と違ってその瞳には正気が感じられた。
「幽霊……じゃないの?」
「うん、……そうだねえ。たっくんがそう言うなら、わたし幽霊かもね」
えへへへと、笑いながら幽霊は俺を支えて歩く。何度か彼女の顔を見るが、やはり会ったことはなかった。こんな美少女と会っていたら、忘れるわけがない。
「えへへへっ、たっくん、やっぱり男の子だね」
なんか幽霊は俺を見てはにかんでいた。俺がこんな美少女に惚れられる理由はないから、やはり久しぶりの獲物に喜んでるのだろう。
「ごめん。なぜ……」
「そんなことより歩くのに集中してね。ふらふらしてるよ」
目の前の女の子は俺を支えるだけでも大変そうだ。
「わたしは前川由奈って言うんだよ」
俺が聞かなくても嬉しそうに幽霊は自己紹介をした。
「そういや、なぜたっくんなんだよ」
「えーっ? たっくん忘れちゃったの?」
忘れたも何もそんなあだ名で呼ばれたことなんてある訳ない。
「マンション、ここで合ってるよね? 昨日、チラッと見ただけだけども……」
「うん、合ってる。鍵出すね」
俺はスマホで入口のドアロックを解除した。
あれ、これでいいんだよね。そういや、殺される可能性がなくなったわけじゃなかった。
「ここで、いいでふよ」
「ふらついてるじゃない。駄目よ」
由奈は強く否定して、俺の身体を支える力を強めた。やはり、殺されるのかな?
由奈を見ているとそれもいいかと俺は3階に上がり部屋の扉を開けた。
「もう、散らかってるじゃない」
女子を連れて帰れると思ってなかったから、全く片付けてなかった。コンパで幽霊をお持ち帰りするなんて俺くらいのものだろう。
「ほら、ベッドに横になって!!」
俺がベッドに横になると、眠気が襲ってきた。由奈は俺をベッドに寝かせると部屋でゴソゴソと何かしているようだ。何をしてるんだろう。やはり俺を寝てる間に殺そうとしてるのだろうか。まあ、由奈になら殺されてもいいか。何故か由奈と言う言葉に変な安心感を感じた。
「ごめんね、この選択しかなかったんだよ」
俺は意識を失う瞬間、過去を懺悔してるような悲しい由奈の声が耳に届いた。
◇◇◇
本日は読んでいただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。
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