好きだと告白され幽霊と同棲することになったのだが。もしかして、取り憑かれてる!?

楽園

第1話 幽霊の噂話

「結城拓人、お前、知ってるか?」


 イタリアンレストラン・フルムーンの更衣室で、悪友の白川雅人が着替えながら俺の肩に手を置いた。10時閉店のレストランは、すでに店長も帰ってしまって、遅番の俺と雅人だけが最後の片付けを終えて着替えているところだった。


「なんのことだよ!?」


 知っているかと言われても、分かるわけがない。そもそも、範囲が広すぎて、何を指しているのかすら分からなかった。


「知らないのか? 三ツ木交差点で振り返ると美少女の幽霊が手招きしてるとか……ちょうど今くらいの時間じゃなかったかな?」


 ニヤけた表情で雅人が、俺に顔を近づける。言葉からも俺を驚かせようとしてるのがハッキリと見てとれた。


「知らねえよ、そんな話。どうせ誰かが作った作り話だろ」


「おっ、怖がってるなあ。そう言えば、三ツ木交差点と言ったらお前が帰る時に必ず通る道だっけ……?」


 三ツ木交差点と言った瞬間に分かったが、要するにこの話は俺を驚かせようとしているのだ。その手には乗らないぞ、と俺は平静を装った。今まで大学の友人達も俺の目の前でそんな話をしたことがなかった。


 ただ、俺が来た途端、今までしていた話を止めたことはあった。幽霊とか言ってたような……。


「今日帰りに確認して、何もないことを証明してやるよ!!」


 俺は雅人に中指を立てて威嚇いかくしながら、更衣室を出た。雅人は悪いやつではないのだが、少し調子に乗りやすい性格だ。本気で信じているのならば、こんな話を俺にしてくるわけないので、俺をビビらせようとしているのが見え見えだった。


 三ツ木交差点は、店から出て交差点を一本渡って、10分ほど歩いたところにある。その辺りはもともと人通りが少なく、この時間になると俺以外誰もいなかった。


 交差点はマンションとバイト先のちょうど対面にあり、この通りを通らないと、俺はマンションに帰れない。俺は交差点を渡ろうと一歩踏み出した瞬間、ふと気になって後ろを振り返ってしまった。


「嘘だろ……いたっ……」


 思わず声に出るくらい驚いた。少し青白い顔の少女は、俺より10センチほど背が低く、女子の平均身長くらいだった。年齢は俺と同い年くらい。長い髪に切れ長の二重の瞳、整った輪郭は正直可愛いと言うよりも氷の彫刻のように綺麗だった。


 だが、それよりも気になったことがあった。瞳に生気せいきが無かったのだ。服装は美しい顔とは裏腹に白いブラウスに赤の長いスカート言うシンプルなものだった。それは戦時中の写真と言われても納得できる程、みすぼらしかった。


 そして、その視線が今俺に向けられている。俺は冷や汗を拭った。本気でヤバい。時代遅れの衣装に、正気のない青い顔、化粧もしてないのに、一目見たら印象に残るくらいの美しさ。その全てがこの世のものとは思えなかった。


 しかも彼女は俺と視線があった時に小さく微笑んだ。まるで長く付き合ってる彼氏を見るような微笑みだった。俺は呪い殺される。


「たっ、助けて……くれ……」


 俺は横断歩道の方に視線を戻し、疲れなんか忘れて全力で走った。冗談じゃねえぞ。幽霊なんかに殺されてたまるか。


 俺はなんとか足を絡ませながら奇跡的に転ばずに走った。後少しだ。もう少しでマンションに着く。俺はマンションに転がり込むように、スマホでドアロックを解除して飛び込んだ。ゆっくりと入口ドアが閉じていく。その締まったドアの向こうに、……彼女がいた。


 焦点の定まらない寂しそうな瞳がやがて、扉の向こうの俺に焦点を合わせた。


 その瞬間、俺は7月なのに身体中の血が凍りつくような寒気を感じた。


「うわあああああっ」


 三階にかけ上がると力づくでドアを開け、音が鳴るのも構わず強く締めた。オートロックの扉はすぐに施錠される。俺は慌ててスマホを取り出して、電話をかけた。


「おっ、拓人から電話してくるなんて珍しいなあ。どした?」


 さっきと変わらない雅人の明るい声が聞こえた。幽霊のことなど微塵も気にしてないようだった。


「三ツ木交差点の幽霊な。本当マジだったんだよ。でっででででで、……出たんだ!」


 俺はやっとのことでそれだけを言った。


「本気で言ってるの? ウケるぅ」


 少し間を置いて今時、女子高生でも言わないようなギャル語で雅人は思い切り笑った。


「交差点にいたんだよ。お前がさっき言った青白い顔の美少女がな」


「何かの見間違いじゃねえの?」


「何言ってんだ。お前が言ったんじゃねえかよ」


「あのさ、この科学万能の世の中に幽霊なんかいるわけないんだよ。お前が驚くのが面白いから言ったんだけさ。そんなにビビるなんて、有り得ねえぞ、マジ、ウケるぅ」


 電話口から思い切り笑い声がする。それを聞いていると俺もさっき見た光景が本当だったのか怪しくなってきた。俺は見間違えをしたのか? そんなことあるわけがなかった。彼女は今もきっと一階にいる。


 俺は唾を飲み込み、平静を取り戻そうとした。それにしても、あの悲しそうな表情はなんなんだよ。俺は彼女のことを見たこともないと言うのに……。


 死んだのなら、頼むから成仏してくれよ。



◇◇◇


本日より新作を毎日の予定で上げていきます。

よろしくお願いします。


本日19時前後に二話目をあげます。

よろしくお願いします。

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