第2話 まさかの事故凸


 夏真っ盛りの日曜の正午、S級ダンジョン『破滅の扉」の前に、片や緊張した顔、片や特になにも考えてないようなのっぺりした顔をした2人の女が立っていた。

 緊張している方はダンジョン配信事務所ダンプロ所属の所内NO、1配信者の最上ヒカリ、のほほんとした方はそのマネージャーである大口大火。

 2人は温度差はありつつも、両者共に目の前の危険極まりないダンジョンで配信することを目的としてそこに立っていた。

 

 ・こんピカ

 ・こんピカ

 ・緊急Sランク攻略と聞いてきますた


 立体機動することで、搭載されたカメラに配信者をもれなく写すことができる最新の配信機器ドローンから聞こえるチャットを読み上げる機械音声を聞くことで、改めて大それたことをしていることをヒカリは改めて認識する。

 ダンジョン配信者でS級ダンジョンで配信できた人間は数少ない。

 本来ならば何度も事務所の会議を通して、メンバーを選んで慎重を期してから行われるものだ。

 だがヒカリはそれを待たずして、事務所に無断で配信をすることにした。

 メンバーに選ばれる可能性がゼロだったからだ。

 もうすでにS級ダンジョンの配信の話が出てきた段階で、スケジュールが埋まっていた。

 信用に関わるため、キャンセルはできないし、何よりヒカリよりも適任の配信者がいた。

 ヒカリと同じでA級ダンジョンの深層まで潜れ、なおかつ売れ始めと言うことでまだ半年先の仕事の予定は空いていた。

 能力として同じだが、ただ運だけが違ったのだ。


 たまたま同じ時間に、同じ同接数でデビューしたと言うのに、リスナーにインフルエンサーがいたかどうかーーそんな理不尽な巡り合わせだけで、大きな差ができることなどこの業界に入ってからヒカリとって嫌と言うほど知っている。

 だがこの大きなチャンスだけはそのことを知っていたとしても自分を納得させることができなかった。

 果たせば世界の人々の記憶に残るレベル。

 クリエイターとしてそれを諦めるのを運がなかったからというだけで済ますのは、不可能だった。


 こんなことをすれば、事務所には多大な迷惑がかかる上、呪物を写してしまって、リスナーを殺してしまうかもしれない。

 それを理解しても、果てにある名声の誘惑には勝てなかった。


「ヒカリちゃん。行こうか。まあこれであたしみたいに、配信できなくなっても本望でしょ」


 ヒカリのマネージャーで、まだ当時攻略がされたばかりでA級ダンジョンの配信に慎重になってた時期にヒカリと同じような暴挙を行い、配信する権利を取り上げられた大火がその背中を後押しする。

 ヒカリは大きく息を吸い込むと、S級ダンジョン『破滅の扉』の門を開く。



 ーーー



 暴力的な魔力。

 足を踏み入れた瞬間に、それを感じる。

 ダンジョンに踏み入れている者は徐々に体がダンジョン内の魔力を取り込むようになり、それに応じて、魔力を感じられるようになっていく。

 そのため配信で毎日単位でダンジョンに入っているヒカリには、曖昧にしか感じられないそれを正確に感じられた。

 だからこそ、ここが人が踏み入れてはならない領域だとわかった。

 まかり間違っても興味本意で入っていい場所ではない。


 魔力が強い場所ーー深層ほど強い魔物が出る。

 ヒカリにはこの場所からA級ダンジョンの最深層にあるボスの間よりもよほど強い魔力の圧を感じていた。

 魔物の姿を見る前に自分に手に負える代物でないとわかってしまった。


「落ち着いて、ヒカリ、あたしもいるから。ドローンのカメラを入れて」


 大火のその言葉でヒカリはもう戻れないところまで来ていることを悟り、自分の感覚に逆らって奥に進んでいく。


「こんにちわ、皆! 今日はS級ダンジョン『破滅の扉』を配信して行きたいと思います!」


 ・きtr!

 ・日本初キタアアア!

 ・告知なしなのに同接100万超えてて草

 ・楽しみ!

 ・キタアアアアアアアア!


 いつもの様に始まりの挨拶を済ませると鉛の様に重い足を動かす。

 これ見よがし通路の向こう側にある空間に、蛇の胴体の一部が見えた。


 息を詰めて、背中にある剣を引き抜き、雷魔法のエンチャントをかける。


 ・かっこよぎる!

 ・自分腰に雷魔法もらっていいすか

 ・光で目が潰れますた


 保険として付き添っている大火も背にある大斧を抜き、火魔法のエンチャントをかけ、ついにヒカリたちは大広間に出た。


「え!? アスカちゃんのマネージャーさんなんでここに!?」


「ちょっと!? 先輩、なんで遊んでるんですか!?」


 顔見知りのマネージャーである伊藤淳が大蛇をウォータースライダー代わりにしているところを目撃し、2人は素っ頓狂な声を上げた。


 

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