かつてダンジョン配信者として成功することを夢見たダンジョン配信者マネージャー、S級ダンジョンで休暇中に人気配信者に凸られた結果バズる

竜頭蛇

第1話 ウォータースライダー

 

 四年前、未曾有の大事件が起きた。

 ダンジョン配信中に呪物が発見されたことで、その配信を見た600人の人間が、一瞬で画面越しに即死する事件が。


 それまではそれほど多くなかったダンジョン配信者事務所は、きちんとした企業による『安全な配信』を前面に押し出したことで、隆盛を誇るようになり、爆発的に数を増やし、企業によるバックアップを得た。

 このことで危険性から素人には敷居の高かったダンジョン配信を行う配信者も比例するように増えていた。


 俺こと伊藤淳も十年前、人気ダンジョン配信者を夢見て、配信を活動をしていたが、泣かず飛ばずで六年活動して、四年前の事件で、個人配信者が世間からの信用を失った時に夢を諦めざるをえなくなった。

 事件後以降、微々たる数だった同接人数は常にゼロ、さらに危険性の塊だと世間から認識されていた個人のダンジョン配信者の風当たりは悪くなっていく一方で、見つけ次第通報されてBANされる始末になり、俺も例外ではなくアカウントを削除された。

 そこから配信者としての実績があったり、容姿が良ければ、事務所からスカウトが来たり、面接やオーディションを突破して、まだ夢への道は残ったかも知れないが、俺にはどちらもなく、代わりにあったのは最高ランクのS級ダンジョンにも潜れる攻略能力のみ。

 それを前面に押し出して、面接やオーディションに臨んだが、自分の力を過信して攻略を進め、呪物を配信で映すリスクや、ダンジョンのランクが高くなるほど配信中に死亡する放送事故の危険性が高いことから返って敬遠される形になった。


 確認できる限りの配信者事務所全てからお祈りメールをもらい、流石に諦めがついた時、当時の大学の同期に一緒にダンジョン配信者事務所を起業しないかと誘われ、現在マネージャーとして働いている。


 配信者のマネージャーは裏方であるが、夢を叶えて最終的にはたくさんの人が笑顔を見ることを目標としてきた俺としては間接的だとしてもその担い手になれているのが天職と言ってもいい。

 不意に配信者として成功することができるかもしれなかった未来が頭の中にチラつくこともあるが、マネージャーになったことは後悔したことはない。


「働き過ぎって言われてもな」


 むしろ1ヶ月無休で働くほどにはこの仕事のことが好きだ。

 それが災いして社長から今日、強制的に休暇を取らされたが。

 一日寝てしまおうかと思ったが、ダンジョン配信の下準備の時に体が鍛えられてしまっているせいで、日々の労働だけの疲れでは足りず、まんじりともしなかったため、事務所に感知されない仕事をすることにした。


 半年後に配信予定であるS級ダンジョン『破滅の扉』の下調べだ。

 世にあるダンジョンの最高難度な上、実際に動くのは半年先なので、まだウチーーダンプロも下見にもきていない。

 事務所のダンジョン下見には、配信者の安全確保のためのモンスターの間引きや、配信コースの決定、呪物の排除などがあるため、基本的にはダンジョンを攻略することに特化したダンジョン攻略者を雇って担当マネージャーがついていくのが基本だが、ダンプロが創業当時依頼する経費がもったいないと思った俺が引き受けて以降、未だにほとんどのものは俺が担当している。


 普通のダンジョンであれば、半年前にモンスターを間引いたり、呪物を排除しても、リポップしてしまうが、このS級ダンジョンは別で一度倒すとリポップするのに一年以上はかかる。

 理由はS級ダンジョンに入れる者がほとんどいないこともあり、まだ不明だが、おそらくA級ダンジョンでボスを張っているモンスターが雑魚敵として出てくることが関係しているじゃないかと俺は密かに思っている。

 ここの雑魚のリポップの性質とダンジョンのボスモンスターは基本的に一度倒されると一年はリポップしないという性質とかっちりと噛み合うのだ。


「厄介そうなのから間引くか」


 入り口からしばらく進むと大広間になっており、メガオーク、ギガマーマン、テラスネークなどのダンジョンによく出てくる雑魚敵の巨大種が現れた。

 サイズが凶悪というだけで特殊な能力を使うわけでもないので、A級ダンジョンのボスとしては倒しやすい部類ものたちだが、こうやって一堂に会するのは珍しい。

 初めての組み合わせと言ってもいいだろう。


「三体は流石に多いし、最低でも一体に絞るか」


 残して迫力があるのは一番図体がでかいテラスネークだろう。

 他二体は魔法は使う上に、知性が高いため、隙を作らない限りは積極的に攻撃を繰り出さず、骨を折る割には配信画面が非常に地味な絵面になる。

 唯一動きはあるのは決めに入る時だけだ。

 リスナーは悠長にそこまで待ってはくれない。


「シャアアアアアア!!」


 歩いていくとまず最初にテラスネークがこちらに向けて、威嚇の声と共に襲いかかってくる。

 俺が使える唯一の属性魔法ーー光魔法を発動させて、体を強化する。

 ダンジョンにおいてほぼほぼ明かりを作ることと仲間を回復させることとに終始するため最弱という烙印を押されている魔法で、ダンジョンに入った当初は使える魔法については自分の意思で選べるものではないので、しょうがなくといった感じだったが、最近はこいつを使えたのはかなり幸運なことだと実感している。


「シャア!?」


 こうして格下相手なら強化をしていれば噛まれても、ダメージを受けず、終始自分のペースを乱されずにまったり対応できるからだ。

 他の魔法は攻撃特化で防御力を強化する手段はなく、格下からの一撃でも即死する危険性があるため、こういう芸当はできない。


「今日は急ぎじゃないし、ゆっくりやろう。一応休暇ではあるし」


 テラスネークの歯から抜け出すとそのまま背に登って歩く。

 背に登って歩くのに特に意味はない。

 ただ地面に降りるのが億劫だっただけだ。


「ガア!?」「ギャアス!?」


 静観を決め込んで、隙ができた時に攻めてくるだろうと思っていたが、ギガマーマンとメガオークの二体は予想外の行動にパニックになったのか、水魔法と土魔法を加減なしで打ち込んでくる。

 滝のような水の奔流と地面が無造作に隆起する。


「ジャアアアアアア!!」


 諸に直撃したテラスネークが悲鳴を上げて、のたうち回り、足場が揺れる状態で立つのは流石に身体能力を強化されているとはいえ、できるはずもなく、体制を崩し滑り台を滑る要領で背を滑っていく。

 水魔法がテラスネークの背を伝っている上、土魔法による地形変化があるせいで、完全にコースが無限に変化し続けるウォータースライダーを滑っているような状態だ。

 テラスネークが地形変化に対応するためなのか、身を捩ったことで頭と尻尾が繋がり、ウォータースライダーがさらに循環までし始める。

 コースが変更することで飽きが来ない上に、風と水が心地いい。

 加減なしの全力で魔法を使っているのでおおよそ魔力が切れるのはすぐだし、それまではこのままでいいかもしれない。

 


ーーー


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