27 薬と旧市街区

武具屋がオープンしてから1か月。商人の往来も増え収入も多くなって人を雇う余裕も増えた。ようやく薬に着手できる。

フェクトはルイーディア達に加え、シトリンとクレアを木炭小屋に呼んだ。

少しずつフェクトのリザードマン姿が痩せていっている。ゴブリンの肉を食わせて延命していても長くは持たないようだ。

フェクトは測り天秤を使う。

(蒸留した木タールを1の重さとして、ガンビールの木の若葉と若枝から搾った汁を固めたものを蒸留した木タールと釣り合わせ、それを半分。キハダの木の皮と、ミカンの皮の粉末2種類と、前述の2種類の材料と同じ重さにする。)

フェイルとルイーディアは真剣な顔で羊皮紙に製法を書き込む。

(キハダとミカンの皮はどちらも同じ重さだから、最後にどちらか片方をカンゾウの根をすりつぶしたものと同じ重量にし、それを半分。そうしたら、ひとまとめの丸薬にする。薬は配分を間違えると毒になるから注意しろよ。)

フェイルの顔は今まで以上にない楽しそうな顔をしている。ルイーディアも衝撃的だ。

「凄い。本当に、どれもちゃんとした薬草の選定よ。」

「物知りなんだねぇ。」

すり鉢に入れてかき混ぜて、まとめ上げる途中で、木タールを蒸留したものの小ビンを開けると、キツい匂いが充満し始めた。

「わっ、凄い匂い…!」

「あぁ、そういえば、随分最初の頃に言ってたね。キッツイ臭いの薬を作るって。」

ミランダとシトリンは鼻をつまんだ。

「この薬の名は!?」

(セイロ丸。カタナを生み出したニホンという国が、ロという国を征伐する為に作られた丸薬だ。下痢止めと…)

薬がペースト状に纏まってきた辺りで、フェクトは咽て、鎧側の目から涙を流す。

「大丈夫ですか先生!?」

(くぅ~~~目がいてえ…虫の俺には有毒っぽいな。かなり目に染みる。この薬は、強い下痢止めと、虫下しの効果がある。悪いルーイ、替わってくれ。)

ルイーディアがすり鉢を受け取り、ミランダは呆れながら見ていた。

「虫下しって、殺虫剤かい。自分に有毒なもん作るって…アンタ、アホなのかい?」

(仕方ねえだろ、お前らのためだ。これをちぎって、小粒の丸薬にする。大きさは、植物の種1つぐらいだ。それで出来上がり。)

布で涙をぬぐいながら、彼は部屋の隅っこで隙間風の入る場所に陣取る。

(川の生水を飲んだり、腐った食べ物で耐え難い下痢と腹痛が起きたりした時に使え。服用量は、大人は1回3粒を朝昼晩で水と一緒に飲め。子供は1粒に減らせば十分だ。苦しいからって一度に使いすぎると更に下痢を悪化させるから気をつけろよ。)

「薬屋で売る時は?」

(30粒で銀5枚ぐらいだな。使う木タールはブナの木に限定されるから、どうしても薬用に使える量が限られちまうのが困ったところだ。)

「原価からの2割増しかい?もっと取ってもいいんじゃないか?」

(それは客が増えたら、だ。)

ビンに百粒近くを入れ、ラベルを張り付けると、シトリンとクレアとミランダの前に座った。

(今回は、これが言いたくて、アナタを招いた。クレアおばさん…教会へ、責任者へ、お礼の品だ。)

彼は頭を下げてクレアに手渡した。ミランダは首を傾げる。

「お礼?」

(初対面のあの時…モンスターの俺を受け入れてくれてありがとう。成り行きとして思うところはあるだろうが。あの時、アナタが見逃してくれたから、今に至れた。今回の調合分は、俺からの教会への寄付替わりだ。役立ててくれ。)

クレアは真剣な面持ちで答えた。

「旧市街区を立て直した、アンタの影響は疑いようのない事実だ。」

シトリンとミランダは笑顔を見せるが、彼女は眉間のシワを緩めなかった。

「だけど、アンタの事を見ると、やっぱり嫌な予感が拭えない。私は、まだモンスターだと信じている。礼を多くは言わないよ…では、頂戴いたします。」

(はい。その時が来るまで、見逃していただきますよう。)

お互いにお辞儀をして受け取る所作に、厳格な空気を感じる。互いに作法も体格も違うが、失礼のない、外交のお手本の様な丁寧なやり取りにシトリンは見入った。

(大人だぁ…)

2人のやり取りをみて、クレアの知らない面を見た。ミランダと彼女にとっては、豪胆で頑固な厳しい母親だ。

よそ行きの、立場が上の人とのやり取りも、自分を叱る時の様な粗暴な態度を取っていたのかと、ずっと思い込んでいた。

ミランダは首を傾げ、フェイルは聞き入った。その時とはなんだろう、2人にしか分からない何かがあるのだろう。

受け取りのやり取りを終えると、シトリンとクレアは先に帰る支度を始めた。フェイルたちは追加分のセイロ丸を作る。

「生水の下痢対策ですか…どこの国でも通用する、かなり有用な薬ですねぇ。一体どれだけの利権が生まれるやら。」

(言っておくが、これがあるからって、生水を飲んでもいいわけじゃないからな。住血吸虫は人間の超大事な肝臓を蝕むから、ちゃんと水は煮ろよ。あと酸性雨の汚染水も飲むなよ。)

「分かってるよ。シトリン、それさえ使えば水が飲めるわけじゃないからね。」

「そうなの?」

「…シトリン?」

「わかってるわかってる。あはははは…。」

彼女達は帰っていった。

「ところで先生、住血吸虫とは?」

(あぁそれはだな…)


薬の調合が終わり、フェクトはルイーディアの家へ向かう。裏手に着くと、切り株の上に倒れた。

(この体も、もう寿命だな。動きが悪くなってきた。)

「どうなさるんですか?」

(決まってるだろ、切除すんのさ。またミランダに着てもらうことにする。)

「切除って…痛くないんですか?」

(痛いよ?右手首ぶった切るんだからよ。1日もすりゃ治るからいいけどさ。)

ナタを持ってルイーディアが裏手に出て来た。フェイルは白いマスクをつける彼女に掌を見せる。

「ルイーディア、そこでストップ。」

「はい?」

しゃがんでフェクトに耳打ちした。

「フェクト先生、吸血しなさい。リザードマンの体を干からびさせれば、砂になって触手はおのずと引っこ抜けるはずでしょう?」

(…。)

「アナタ本人が一番分かっているはずですよ。インフェクテッドアーマーは吸血性の寄生生物。私の血も飲んだではないですか。少しずつそのリザードマンから栄養を奪い取っていたはずですよ、アナタは。」

(…いやだ。血を吸うと、気分が変になる。)

「変、とは?」

彼は押し黙った。なんとなく、彼にも分かっている。強い動悸がして、耳が遠く、景色が遠く、意識が薄れていく。

その度にずっとクレアに言われていたことが頭に引っかかっていた。

【でもね、こいつの本能がいつ開花するかわからんよ。危険なことに変わりはないからね。】

間違いなく、血を飲む度、自分がモンスターの本性を取り戻していっている。リザードマンの血はゴブリンよりはマシなぐらいで不味い。それでも何か、空腹が満たされる感じがする。一瞬意識が遠のき、力が漲る。

こうしてリザードマンの体を手に入れて、鎧の体が出来上がっている間にも、自分の魔物化が進んでいるはずなのだと。

フェクトとフェイルは睨み合う様に見つめ合う。フェイルも彼とクレアとのやり取りを思い出した。

【その時が来るまで、見逃していただきますよう…】

その時の意味を、ハッキリではないが彼は理解した。フェクトから離れる様に立ち上がった。

「…わかりました。アナタがそういうなら。」

彼はルイーディアに声をかけた。鉈を持ったルイーディアが彼のそばにしゃがむ。

(…ルーイ、やってくれ!みんな離れてろ。)

酸を吐かない様にするには我慢するしかない。

(次は麻酔作らなきゃな…)

ふと彼は思い出す。全力で催眠光線を当てて混乱させたインフェクテッドアーマーは、体を傷つけても酸を吐かなかった。同じことをすれば、痛みを紛らわせることが出来るかもしれない。

メデューサは鏡をみて自らを石化させるという。ならば、光を反射させれば自分に催眠を当てられるはずだ。

(あそうだ、鏡、あるか?)

「鏡?」

(鉈の刃を見せてくれ。光を見るなよ。)

「…分かった。」

フェクトは鉈の刃に映る自分を見る。

(ヒュプノシスレイ!)

ピンク色の光を自分に当てる。ホワイトアウトの後に現れたのは、床も天井も紫色の水晶が全てを覆う景色だった。

(…ダンジョンか?ここは…)

全ての水晶の透明度が高く、強く輝いていてピンク色の様にも見える。広く、中心に巨大な紫水晶の柱がある。

深部へ行くほど、水晶は大きくなっていっている。最深部なのだろうか。自分の目線は人間大の高さになっている。

振り返ると、誰かが歩いてくる。人型のシルエットはぼんやりと光り輝いていて、誰かははっきりわからない。

その人物が歩くと、足元の紫水晶は水が波紋を立てる様に黄色く変わっていく。

(黄色い水晶…幻覚を見ると、いつもこれが出てくる…)

歩いている人物によく目を凝らす。どこかで見たと思った瞬間、全ての水晶の色が黄色くなり、視界を真っ白にした。

気が付くと、右腕に激痛が走る。

(い”っ…づ…!)

少しだけ、痛みが和らいだ。突然襲ってくるよりはマシ。じわじわと激痛が戻ってくる。

(あづぐ…いぎぎぎぎ!やっぱつらいわ!あ、漏れる!)

激痛に耐えていると、ちょろちょろと液状化した酸が出る。切り株が焼けて白い煙を出した。

「彼を着た状態でダメージを受けるのは怖いですねぇ。度胸ありますよミランダさんは。」

「あぁ…うん…。」

いつ見ても酸をばら撒く姿はぞっとする。フェイルは両手を口に添えて大声を出した。

「フェクト先生!ヒールライトですよ!使えたはずですよね!」

(忘れてた!それもっと早く言えよ!)

「今言ったじゃないですか。」

右手首にヒールライトをすると、傷口が塞がっていく。痛みも和らいでいった。30分もすると、彼は落ち着きを取り戻す。

(ふぅ…分かっていたが、しんどいな…)

「それでも丸一日回復を待つより、随分成長したんじゃない?」

(それは言えてる。行こう、久しぶりの宿場町だ。まだ仕事が残ってる。)

ミランダは彼を装備して、マントを羽織った。


数日後。


帳簿を確認する。フェクトがミランダの胸に戻ったことで、教会で帳簿を管理していたフェイルは自分の店に戻る余裕が出来た。

薬屋に入ったのはルイーディアだ。売上の一部を彼女の懐に入れ、税収分はミランダのポケットマネーから補填して出すことに同意している。

彼女が主にしていたダンジョンの研究は、長く滞っていた。フェクトの存在を記録していたなど、興味深いことはあったが、彼女のテーマであるモンスターの侵攻の理由は、深層の踏破がない限りはこれからも分からないまま。

穿鑿隊の様な、深層に挑戦するパーティーとの縁もあまりない。気分転換にとフェイルとフェクトの説得によって街への復帰を果たした。

弟子を取るなりして、店を引き継ぐ次期店長の教育を前提として働くことになっている。

(思ったより木炭もレンガもガンガン中央に買われてるな。売上はいいが、俺らの分まで買われるのはちょっとな…)

「万年資材不足さ。」

商店街はまだ閉鎖した店が半数を占めるが、馬車の往来が増えて立派な宿場町になっていた。馬小屋と宿屋も正常に機能している。

「人手不足をどうするかだねぇ。旧市街区の人間も、そろそろ雇用しきっちまうよ。」

空屋や街の規模に対して旧市街区の住人は少ない。今に至るまでに出た死者を物語っている。

ミランダは子供の頃に、飢え死んだ大勢の死人を見て来た。今彼女達が生きているのは、そうして間引かれた人間の分で余裕が出来ているからだ。

表情に出さないでいるが、悔しくてたまらないだろう。

(これだけ往来が増えてくれば、別の街から呼びかけるのも視野に入る。腰を据えたい商人なんてのは後を絶たないからテナント募集をかければいい。穿鑿隊の後押しのおかげで、関係者も増えていってる。)

「新しい住民か…」

(建物も新しく、な。)


テナント募集中の看板を打ち立てていると、シトリンが泣きついてくる。宿泊する商人が多くなり、特に飼葉が足りていない。

金で解決しようにも、行商人の入荷待ちという本末転倒なことになっている。


再び帳簿を読みに教会へ戻る。

(うーん…こればっかりは農地を増やさないと…馬用なら麦の種類は雑多なものでいいはずだが。)

「作るったって、どうやって?」

(木炭小屋から南の川を渡った先が農業地区だろ。橋を架けて直通の街道が作れれば、物流も大きく進む。そうすれば俺らに介入する余地は出来るはずだが…)

「橋の建設なら旧市街区長に頼むしかないけど…現実的じゃないね。」

川の大きさは幅が10メートルはあるものだ。橋は領主の家から更に上流と下流の新市街区と、中央街区にある。今から作ると言ったってまともな工期では終わらない。

(とりあえず、ダメ元で相談の手紙出して、代案がないかカイル旧市街区長へ伺おう。ハーバーボッシュ法と橋と農地、これが確保できれば、かなり安定するんだが…)

「どれも貧困街の権限で出来る規模じゃないねぇ。」

(そうなんだよ。これから先、復興の商業規模が増えれば市政と関わることが多くなるはずだ。今まではカイル区長の権限でどうにかなる些末な問題だったが、規模が大きくなれば必ず領主ともやりとりしなきゃならなくなる。)

復興が軌道に乗ってきてもなお、悩みは尽きない。

「…クソ野郎の親玉とお話かい…愛想よくできる自信ないねぇ。」

ミランダは右手を強く握る。自分達を滅亡寸前まで追いやった元凶だ。恨んでいないはずがない。しかし、彼は更に更に将来の事を見越して考える。

(だが…ぬぅ…)

「どうしたのさ。思いつめた声だして。」

(丸め込んで領主個人と良好な関係を築けたとしてもだ。領主が南側の国と関係を結んでいる以上、俺達の属する国との宗教上の対立は避けられないし、領主の人間性は変わらない。)

「…確かにね。あいつが力を付けたら、本格的に首都に反旗を翻すだろうさ。」

(俺達は教会側の人間だ。切り捨てられる可能性が高い。ヤツに必要なのは、旧市街区の土地だっただけで俺らじゃない。今までは放置していれば滅びていたものだが…)

「アンタのおかげで復興も順調だねぇ。」

フェクトはマントの下で鎧の目を細めた。


(ミランダ、時期尚早な話だが、領主は早期に暗殺するべきだ。)


「暗殺ねぇ…難しいこと…ん!!?んぇ??!」

彼の発言にミランダは思わず素っ頓狂な声を出した。火薬より農地の肥料。精錬所の停止より、出城での解決。暴力沙汰を忌避する言動をしていた彼の印象からは到底信じられない発言だった。

「…驚いたね。アンタの口からそんな言葉が出るとは…」

(厳密にいえば、逆だ。このままでいれば、先に暗殺を仕掛けてくるのは領主側になる。今までは旧市街区の住人を冷遇し、自然死させてから土地だけ乗っ取るつもりだったんだろう。それがなくなった今、邪魔なリーダーである君を暗殺して乗っ取る以外になくなった。)

「…あり得る話だね。」

(まず狙われるのはクレアとシトリンだ。特にシトリンちゃんは、余り人を疑うタイプじゃない。隙が大きいぞ。)

「そうだね…あの子は口車に乗せられやすい。」

今まで放置されていたから、これからも中央は何もしないだろうと、ミランダは考えていた。フェクトの言うことが、仮に本当だとすれば、甘い考えだったと痛感させられる。

領主は、今までと変わらず敵。報復の対象だ。この街で飢えて死んでいった人達の事を思うと、ミランダの手に力が入る。

(そうなる前に手を打つ…母国の教えに背いて、異端の技術を街に取り入れるという姿勢は評価に値するが…柔軟な発想ではなく、恨みからくるものだ。今から手を打とう。急いだほうがいい。)

「手を打つったって…どうやって?」

(クレアさんがいるだろ。彼女に伝えてくれ、本国の教会と密会する。領主に叛意ありだ。)

「…神官職を警戒するアンタが、自分から教会に関わろうとするとはね…」

ミランダは額を抑えた。考えてばかりで、頭がパンクしそうで熱っぽくなってくる。

(教会だって絶対に一枚岩じゃないぞ。俺を受け入れる人は必ず要る、既にクレアさんがそうなんだからな。)

「もう何があっても驚かない自信があるよ…とんでもないことになってきた。」

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