26 鉄不足の防具屋

また数日後、フェイルが戻ってくる。2人は冒険者ギルドの印が付いた羊皮紙を持ってフェクトの元に相談しに来た様だ。

「なんだかミランダさんに体よく扱われている気がします。」

「勝手に店ほっぽってんのはアンタだろうがい…。」

2人は少しつんけんしながら木炭小屋に入った。当のフェクトはまずそうな顔で、ミランダが狩り取ってきた焼いたゴブリンの足肉を食っている。

「彼は叡智の結晶ですから。アナタには価値が分からないんでしょうねぇ。」

「バカ言うない。こいつの付与魔法は、魔法職のアンタにゃ扱えまいさ。」

「何か特殊なのでもあるんですか?」

聴かれたフェクトは嘆息する様に疑問形で答えた。

(何の話?よく使う、足に風魔法する奴か?)

「そうそれ。」

突如フェイルは血相を変える。武器や防具に付与魔法は聴くが、肉体を補助する魔法の使い方は初めて聞く。

「あー!あれ!なんでそれ教えてくれないんですかぁ!?」

(聴かなかっただろ。というか見せただろ、鑑定屋で初対面の時に。)

「すっかり忘れてました!そうか靴に付与魔法ですね!?防具が大事っていうのはそういうことですか!」

(いや違う。実際のとこあれは付与魔法じゃなくて、ミランダの足を媒介に足の指で魔法を使いながら歩いてるだけだ。足の指で落としたスプーンを拾う感じで使うんだ。)

フェクトはリザードマンの足を持ち上げて指を縮める。

「なんだその発想!?」

「なぁ?凄いだろコイツ。」

彼はミランダにおだてられて、よくわからないポーズをとる。

(ミランダはスピードを生かしてなんぼだからな。)

「あぁそうとも。遠距離戦で楽してばっかで近づかないから、新しい使い道が出てこないのさ。」

ミランダは便乗するようにフェイルを見下して言う。

(いや、魔法使うのだって全然楽じゃねえよ…お前の接近戦に合わせて使うのなんて、特にしんどいんだぞ。集中居るから複合魔法よりメチャクチャ燃費悪い。)

「なんだい、ケチくさいこと言うね。アレなら深層クラスのモンスターにだって引けを取らないじゃないか。」

深層入り口ぐらいに挑めるまでは、ミランダとフェクトは実力を伸ばしている。1人と1匹をコンビと取るか、単身と取るかはさておいて、出会った時に苦戦したスケアリーウルフなどは最早敵ではないだろう。

「…そうか、優れた剣士と共に活動しているからか…」

(ま、どんなに頭の柔らかくしろって言っても、着眼できるキッカケがないと難しいもんだよ。俺なんかは、ミランダを生かす為に必死こいてるだけさ。君と一緒に冒険したら、それはそれで新しいものが見つかるはず。)

「…また冒険者へ復帰も視野に入れないとですねぇこれは。」

フェイルはニタリと笑う。

「ウチは勘弁だよ。冒険中べらべらうるさいのは嫌だからね。」

ミランダが外に出ると2人も続いた。


羊皮紙を広げ、防具屋の依頼を確認する。。

「さて、本題に戻りましょう。やはり、言われていた通り鉄鋼の不足は免れないようです。皮製品などはスケアリーウルフのものもあるので、供給は満たせていますが…」

(鋲打ちのハードレザーアーマーですら値段が上がってるのか。確かに厳しいな…。)

「せめて代替品でもあればと…色々商店街を回ってきましたが…」

2人は自信なさげに言う。

「ありきたりだけど、木かな。小盾なんかは使われてると思って。なんの変哲も、発想力も乏しくて悪いんだけどさ。」

(ん~…木かぁ…)

フェクトはミランダが持ってきた樫の木の板を掴む。

(最も強固なのはリグナムバイタっつー木だが…金属にならぶ密度のある木は、ここより遥か南の温暖な地にしか生えてないし、生育も遅いんだよな。)

「ほう…」

(この辺にある固い木とすれば、ナラとかカシ。いわゆるオークの木だな。と言っても、もう盾に使われてるヤツだが…)

「まーそうだよねぇ。皮に木の板挟んだ程度じゃ、とても現行の防具としてはね…」

ミランダはため息交じりに地面に寝転がる。

(精錬所は木炭と石炭のハイブリッドだった。木炭の需要が思ったよりずっと増えているから、これ以上領地近辺から伐採すんのは気が引ける。)

「西の森は歪な木が多いから使い物になんないしねぇ。」

(やるとすれば木の輸入だが…大量に手に入る木材か…なんかあったかな。)

フェクトも胡坐をかいて頬杖をついた。

「輸入品の木材ですか。そういえば、こんなものがありましたね。なんといったか、バンブー?の扇子というらしいですね。」

フェイルは扇子を開いて自分を仰いだ。

「はっ、王女様のうちわかい。」

「折りたたみの出来るうちわで、中々快適なんですよこれ。いります?」

「いぃらないよそんなもん。カッコ悪い。」

ミランダは手を振って雑に断った。

(竹か…エジソンが電球のフィラメントに使ったってのは有名な話だったが…。)

「何の話ですかそれ!興味あります先生!」

(今関係ないから後で。)

彼は目を閉じた。フェイルはここ一番の落ち込みようで額を床につける。

(防具としての強度か…竹も強度的には悪くなかったな。東の国では弓にも使われてるし。)

「柔らかい素材に感じますけどねぇ?爪で押したらへこみますよ?」

フェイルが扇子の骨を軽く押すと、ぐにぐにと曲がる。ミランダはそれを見て、鼻で笑った。

「そんなんが防具になんのかい?」

(限定的なら…竹に限らず全ての草木は、根っこから水を吸いあげる細いストローで、束になった形で筒状に伸びる。草って真っ直ぐ引きちぎったり垂直に踏むと意外と固いと思ったことないか?)

「ですな。木目に沿って引き裂くのは簡単です。」

(竹はそれに特化した構造だ。目に見えないほど細い束が集まってパイプになっているんだ。3本の矢は折れにくいっていう諺、こっちの世界にもあるか?)

「えぇ、似たようなのはあります。冒険者の協力の標語ですよ。」

「ケッ、ウチには関係のない話だよ!」

ミランダは余計に不貞腐れる。フェクトは枝を一本折って、切り株に押し付ける。

(だが、3本の矢ってのも色々と間違いさ。なぜなら、一本の矢、つまり木の枝だってな。伸びる方向、上から押し付けてへし折るのには、3本の矢をまとめて折る以上に力が必要なのさ。)

「ふーむ。」

「当たり前じゃないか、長い分ブ厚いんだから。なんなら3本纏めたら、もっと強度は上がるだろがい。」

バカにする様に吐き捨てるミランダに指をさして、彼は頷く。

(そう。まさしく、その当たり前の事が重要なんだ。木目を横にして、矢は作らないだろ?)

「ま…確かにね。」

(横に割けない限り、とんでもない圧縮強度と引っ張り強度とせん断強さがある。それを証明しようじゃないか。)

彼はポンと手を叩いた。

(そうだ、検問前のバリスタは竹で作ろう。輸入しまくるんだ。木炭、竹酢、弓矢、建材、食器、水筒…思いつくだけでも用途はかなりある。)

「金かけたくないよ。苗でも買ってきてその辺に植えちゃダメなのかい?」

(頼むから絶ッッッッ対にやめとけ!街が滅びる!)

フェクトは身を乗り出して答えた。

「そ、そんなにかい?」

リザードマンの体は迫力がある。彼女は鼻先を掌で押し返した。

(あぁ。まず、竹の生育速度は尋常じゃない。若芽が出たら次の日には、腰より上まで伸びてる。)

「それほど生育が早いなら、ことさら資源として強いのでは?」

「確かにね。賢者さんの言う通りだ。」

2人は肩をすくめて聞くが、フェクトはかぶりを振るった。

(その分、成長の為に水を大量に吸い上げるぞ。いや、大量の水を一気に吸い上げる為にパイプの形状に発達したんだ。生きてるストローだよコイツは。)

「モンスターみたいな言い方だね。」

(実際モンスターさ。家一軒分の大きさの池をまるまる一つなくして、荒れた竹林に成り果てた事例が存在する。雨の少ないこの地域でそんなことしてみろ、干ばつでも来たら全員死ぬぞ。)

2人は息を呑んだ。

「そりゃ…怖いねぇ…」

「…異世界の未来で、事例があったんですね?」

フェクトは頷いた。

(洪水や土砂崩れが頻繁に起こる様な土地に生える木だからな。葉はシカも食わないし、背も高いから日光も遮る。他の草木は枯れて、葉が地面に落ちまくって土壌の栄養もなくなり、周囲の畑も終わらせて、シカやイノシシが消えていく。)

「肉が食えなくなるのはイヤだね。」

(だろ?)

「あぁやめとく。それだけわかりゃ大丈夫さね。はぁ、余計な出費が増えるよ。」

ミランダがため息をついて寝返りをうった。

「自炊して使えないのは残念ですねぇ。」

(だが、買う分にも安いし強いのも事実だ。防具になりうるポテンシャルはあるぞ。商人と掛け合ってみよう。)


ミランダは竹の丸太を銀貨5枚分購入する。数日後。


馬車ひとつから、はみ出てる青竹の丸太が50本、木炭小屋の前に到着する。

「うへぇ、銀貨5枚でこんなに買えるんかい…」

「多いですねぇ…輸送コストとリスクに見合っていないのでは?」

フェイルが聴くと、商人は苦笑いして答えた。

「ま、仕事っすから。いざって時に食えないもん運ぶのはしんどいもんでさぁ。」

「儲かってんのかい?」

「これで原価で銀1枚分ぐらいですよ。土地がもっと近けりゃ、倍の長さで同じ本数になるんですがねぇ。」

「生育が早いとは聞きましたが、それほど安価とは…」

彼は喉を唸らせていると、商人が横倒しにした竹筒をバッグから出した。

「しかし、竹とは目が高いっすな。流石は賢者さん。こいつぁ新芽がタケノコっつって、食えるんすよ。知ってましたか?おまけにこれ、どうですかい?」

「これは?」

パカっと半分に割れると、内側からやや茶色がかった炊き込みご飯が出て来た。

「弁当でさぁ。原産地の料理でしてね。竹の筒に、麦やライス、あとはお好みで山菜や魚を入れて、筒ごと焼くだけで作れるんすよ。」

「木をそのまま火に?燃えないんですか?」

「えぇ、不思議なことにね。銅5枚でいいすよ。」

ミランダは何も言わずに銅貨5枚を渡すと、その場で食べ始めた。冷えているが、みずみずしく塩味のある炊き込みご飯だ。

「…美味いねぇこれ。」

「え、本当ですか?」

フェイルと一緒に完食する。普段食べている主食の粥やオートミールとは大きく違う。まるで料亭に出てくる様な味だ。そんなものを持ち運んでいる。

「…これウチでもできないかい?麦でもできるなら、試してみる価値あるよ。」

「いいですね。調理法も手軽そうですし、持ち運びできるのは大きそうですよ。」


木炭小屋の中に入って、食事のことをフェクトに話すと、彼は関心する様に答えた。

(東南アジアではメジャーな家庭料理だな。汚水で育ってでもいない限り、未開封の竹筒の中は清潔だ。使い捨てれる食器として、サバイバル術としても知られてる。)

「へぇ…」

ミランダは珍しく興味津々だ。よほど味が気に入ったらしい。

「商人は、中に具材を入れたらそのまま火にくべると言ってましたが…どうして燃えないんです?」

(青竹は水分が中にまだ残ってるからさ。筒全体が水に浸されてるようなもの。湯煎と同じ要領で内側の水へと熱が伝播して、内側も茹で上がる。勿論、水が蒸発しきって、火にくべ続けたら燃えてしまうが。紙鍋っつって同じ要領の鍋もあるぞ。)

フェイルも遠く離れた異国の文化には知識は及ばない。知らないことばかりで頷くばかりだ。

大量に持ってきた竹を見る。

「1本で節が数十個ある。全てが使い捨てれる清潔で持ち運び可能な食器ですか…」

(多少嵩張るが、食べ終わったら全部燃やして捨てれる。大所帯の旅のお供にはうってつけかもな。植えるなよ?)

「分かってますって。」

釘を刺されてミランダは腕を組んで残念そうにぼやいた。

「水の多い地域はいいねぇ…羨ましいよ。」

(その分、常に高温多湿の環境下だぞ。蚊が疫病を運び、毒蛇や毒虫、ヒルや寄生虫も水の中に多い。土砂崩れも頻繁に起きて、建築物は腐りやすい。あっちはあっちで、しんどいはずさ。)

「暑いと装備を着てるのもしんどいしね…うまくは行かんもんなんだねえ。」

(さて、本題は防具づくりだったな。早速やるか。)


早速フェクトは加工を開始する。輪切りにした竹を、更に縦方向に細かく切り、竹ひご一つ一つを重ねてぎっちりと俵の様に結び付けた。

厚みはペットボトルのキャップ程度。丸い盾に張り付ける。

(とりあえず、こんなところか。)

「ただ縦に並べてくっつけただけじゃないかい。」

「ですねぇ。」

首を傾げるミランダとフェイルに、フェクトは自信満々で答えた。

(カタナで突くなよ、折れるからな。)

「…試してみようじゃないかい!」

カチンときたミランダはカタナを抜いて構えた。フェクトは彼女の前に立って止めた。

(やめろー!せっかく打ったカタナを折るな!弓矢でやれ弓矢で!)

ミランダは不服そうな顔で弓を構え、安物の矢を打つ。

ガツンという音がして、矢が傾き、止まった。遠目から見ただけでも、深く刺さっていないのが分かる。

確認してみると、元の盾の面にまで届いていない。がっちり刺さっていて、矢を引き抜くと矢尻が取れて中に埋まってしまっている。ミランダは尻もちを付いた。

「どうなってんだいこりゃ。」

フェイルは驚きの余り、絶句してじっくりと観察する。

(言っただろ、輪切りにされた竹は上に乗ってもビクともしない。圧縮引っ張り方向の強度がある。およそ1センチ四方で700キロだ。こちらの世界で例えるなら、人差し指の爪の面積で、リザードマン3体がのしかかってようやく潰れるぐらい。)

「こんな薄っぺらいのに、想像つかないねぇ…」

フェクトは腕を組んだ。

(勿論、そのままの輪切りの竹なんか、ハンマーで叩いたりすれば割裂して細かくちぎれ、てこの原理で、中間点ぐらいからくの字に曲がって折れ千切れる。それは外側への力の逃げがフリーになってるからだ。)

刺さった矢の近く、まとめ上げている外側のベルトが千切れていた。全く関係ないところが千切れているのを発見した彼は、フェクトが何を作ったのかを理解する。

「なるほど。鍵は外側の締め付けですか。常に内側に締まる力が掛かっていて、刃が入ろうとするのは広がる力。反発して止まるわけですな。」

(その通り、他の安くて柔らかい木とか、歪な生育をしたヤブを纏めたのでは圧縮強度が弱すぎる。簡単に潰れて貫通しちまうはずだ。)

「なら、スパっとぶった切るのはどうだい!」

ミランダは突きがダメなら叩き切ろうと、ドゥサックを抜いた。全力で面に向かって振り下ろすと、刀身が埋まって、抜けなくなった。

「ん…!ん!!!抜けない!」

(ま~だ分かんないか~?ねっちりと指でつまむ様に刃を抑えるから、面に対しての細い薄い攻撃は基本通らないのさ。)

ぐりぐりとレバーを上げ下げするようにやっているうちにスポンと抜けた。

「恐れ入ったよ。こりゃ凄いね。突きも切りもダメとは。」

観念してミランダは武器をしまう。

「コンポジットボウの威力を防ぐとなると、金属鎧より遥かに優れているのでは…計算上の強度はどれほどのものです?」

(針金でもっと強く締めれば、山賊が使う様な安物の矢なら10発は耐える。厚みをもっと持たせれば、銃弾も有効射程内で1発までならギリギリ止められるはずだ。)

フェクトは盾を取って、割けているベルトを見る。

(だが、板金鎧より遥かに優れている、ということは決してない。問題もある。平面方向でしか保った強度を作れないことや、修理が一切効かないことだ。)

「突きはまだしも、剣は横から振られてくるものだからねぇ。まず当たるのが、強度の鍵である側面のベルトじゃ意味ないよ。」

「…確かにそうですね。」

フェイルは残念がる様にため息をついた。

(ミランダの言う通りだ。常に攻撃は斜めや横、あらゆる方向からくるが、攻撃に対して垂直面でしか作れない。無いよりマシだとは思って作りはしたが…いまいちだな。)

「ですが、材料費も製造方法もシンプルでとにかく安上りだ。他の者にも簡単に作らせられる利点は大きい。使い捨てならまた買い求めもある。費用対効果は絶大ですよ。私は売れる気がします。」

「盾にしちゃダメなんかい?木なら軽いし、小盾に向きそうだけど。」

2人はミランダを見る。

(…それだ。ヴァイキングの木の円盾は剣を食いこませて絡めとると聞く。)

「流石は現場の意見ですねぇ。」

ミランダの左腕に、ひし形の小盾が新しく装備された。高さを調節して、中心を分厚くした山なり形状になっている。

単身で戦うこともあって、武器での防御もやむを得ない彼女にとっては、新たな防御手段は冒険の大きな助けになる。軽い木製の小盾は、強力な両手持ちの突き攻撃にも支障がない。

(決まりだな。鎧の方は、スケアリーウルフの皮のハードレザーアーマーをコイツのプレートキャリアとして作ればいい。)

フェクトは羊皮紙に製造工程を書き記す。長さをそろえた竹を縦に割き、膠で接着して渇く前にベルトで強固に固定し、更に前後面に竹を横に張り付け、皮の鎧の中に格納する。

「ニカワに木酢液を混ぜて耐食性のある接着剤ですか。また考えますねぇ。」

(その為にはウルフの死体をガンガン解体して持ってこないとダメだなこりゃ。材料が全然足りない。)

80キロ近い巨大なオオカミとなると、持ち帰るのには苦労するが、その分手に入る革の量は多い。リザードマンの体なら一度に3匹は持って帰れる。

(俺もこの体で4層通いすべきか?大量生産しないとだから、商店街のどっかで革細工屋でもおったてねえと。大量生産するなら壁の内側で他の人にも協力して貰わなきゃ、だ。)

「…また店が増えるねぇ。」

(あとバリスタも取り急ぎ作っておかねえと…木タールの収穫量もそろそろ頃合いなんだよな。)

フェクトはひとりでふらふらと仕事を再開する。ミランダは彼の背中に手を伸ばそうとしたが、フェクトは幽霊の様に仕事についてしまった。

「戦う以外にもやることが多すぎやしないかい…」

「なまじ他より知識がある分、自分で動いた方が早いとなれば働きすぎにもなりますねぇ…防具屋との交渉と革細工店は、私が考えておきましょう。」

「助かるよ賢者さん。」

「ふふ、フェイルで結構ですよ。ミランダさんは、どっかりと健康なリーダー面していてください。アナタが元気に奔走する姿は皆も活気づくでしょう。」


彼は防具屋に交渉しに行った。商品名は題してそのまま。使い捨ての木盾と使い捨ての鎧。


武器屋の試し切りの的として納入し、陳列もして貰った。見た目は貧相な皮の胸当てと盾。銅貨15枚と安く、宣伝文句は新人冒険者には懐疑的で売れ行きは細々としたものだった。

販売を始めて1週間。

サイズの調整や形状のデザイン変更が楽な盾の売れ行きは好調だった。腕の向きで自在に表面を動かせるため、強度の高い面を効率よく攻撃に向けられる。木盾も一般的なもので、売れ行きは好調だ。

ミランダも気に入っている様で、フェクトの餌用にゴブリンを狩る際、手首をひねり返して、突いてきたナイフごと腕をへし折ってやったと得意げだ。カタナの切れ味にも満足しているらしく、2匹まとめて空中で二つ胴にしたと、自慢げに笑っている。

反面、鎧の方は同じものを使っているのに売れない。

「鎧の方は売れないですねぇ…」

(やっぱり多少高くても実績や見栄えのいい方を買うんだよなぁ。命預けるなら当然か。)

「売れないならいっそ、未来デザインの方がよかったのでは?モールベルト、とか言うカスタマイズできる設計は画期的じゃないですか。」

(この時代には決められた長さの規格がないからモールベルト作ったって流行らないと思うぞ。それにロアフレンドリーじゃないMODはちょっとな…。)

「ろあふれん…なんですって?」

(なんでもない。とにかくダメ。)

未来知識を至高とするフェイルは、現代の防弾プレートキャリア型のデザインを特に推したが、フェクトは奇抜すぎて余計に売れないと却下し、時代に合わせたデザインに変更している。

(盾の評価は店もユーザーも高いみたいだし、それでいいんじゃないか?新しい挑戦にわざわざ満点を狙う必要はない。片方が好評なら半分以上の成功さ。上出来だろ。)

「…殊勝というか謙虚な志ですねぇ。私としては、戦争は弓が常で、これからは銃や大砲の時代ですから、もっと評価されていいと思うのですが…」

(飛び道具が常というのは言う通りだが、やっぱり冒険者に向かないのさ。一応、もう一種類を用意するか。鉄不足が解決に至ったわけじゃないし。)

「まだあるんですか…」

(次は普通のものだよ。未来の知識はちょっと使うがな。)


刃物での戦いは、ミランダの組み討ちが最もスタンダードな戦い方だ。接近戦でのバイタルゾーンは胸部腹部以外にも、首筋や脇、大腿がある

材料費節約の為に、首と脇と股の動脈部分だけを保護するラメラ―アーマーを開発することにした。固い鉄の小札を繋ぎ合わせた鎧だ。

焼き入れされた強固な鉄板の裏に、曲げた竹、レザー、ハニカム形状に切って厚みを増やした裏地の木綿の布を接着する。層構造になっている複合材は、鉄を錆びさせる汗から保護する役割だ。鎖帷子よりも快適で強固で錆び難い。

板金鎧で防げる攻撃なら、裏地に鎖帷子あっても重量が余分になってしまう。関節部分の急所に対し、より限定的に、より強固に、腐食の対策も兼ねて設計した通気性を要求したインナー用の皮鎧だ。


数日経過すると、フェイルが売り上げの報告に来た。

「新しいインナー用の方は好評です。涼しくて軽く、フィットして防御力もあると評判です。初動で売り切れたのはかなりいいんではないでしょうか。」

(防具屋が鎖帷子を供給できてないからな。とにかく代替品でもいいからと、新規の冒険者や鎖帷子がなくなったヤツがこぞって買いにも来るさ。)

「売れると分かってて作ったんですか…」

(まぁな。それで、竹甲鎧の方はどうなった?)

感嘆のため息交じりにフェイルは続ける。

「残念ですが、肝心の使い捨ての胸当ての方は売れてないので鉄不足の解決には至っていないですねぇ…」

(一緒に買って欲しかったのに意味ねぇ~~~…!)

売れ行きは良かったが、皆、キュイラスやブリガンダインの補助防具として買っていく。ミランダはインナーアーマーの利権で出来た儲けに笑いが止まらない様子だ。銭袋を4つお手玉している。

「いいですねぇ、金さえあれば幸せな人は…」

(仕方ねえ、防具屋での販売は取り下げて…旧市街区の商店街側で売るか。鉄不足はもうどうしようもねえ。)


旧商店街にも納入し、一般人向けにも販売する。冒険者の体格から、一般人向けにサイズや厚みを変え、商人が好みそうな鮮やかな色の布で胸当てを隠すことで安物の鎧としての見た目を消し、ハニカムのインナーパッドを竹甲鎧にも採用する。

長旅には通気性と着やすさも必要だろう。軽さも相まってか、移動が常の行商人には売れ行きのいい装備となった。

「この見た目なら冒険者にも売れたのでは?」

(どうせ壊れるのに見た目を重視しても話にならない。俺は嫌だ。)

「そこは売上を優先した方がいいのでは…」


それから数日後、ほどなくして胸に山賊の矢を数発受けながらも、体に傷ひとつ負わず生還したという口コミが行商人同士に伝わる。貧困街区に来る行商人たちがこぞって買いに来るようになった。


在庫切れ入荷待ち、需要過多で値上げ優先の取引交渉の報を受けて、フェクトは腕を組んだ。何より竹の原産地ではないから、需要過多になれば数瞬で枯渇して当然だ。

(う~む…手間がかかったインナーアーマーより、ずっと高額で売れるのは、なんか癪善としないな。)

「確かに私も評価すべきとは言いましたが…戦闘の最前線にいる冒険者が何故気づかないのかって話ですよ。嘆かわしいですね。」

(理解できないわけじゃない。行商人は積み荷の持ち運びの移動が仕事だ。日夜移動し続けるのに軽さは必要になる。山賊も待ち伏せには必ず弓矢を用いる。設計時に想定した状況に適してる。)

盾にも同じ素材が使われているのだから、少しぐらいは評価されてもいいのではないかとフェイルはため息をつく。

(商人のネットワークと口コミは侮れんのは知っていたし…ニーズってそんなもんだけどさ。)

「何があるか分からないものですねぇ…」

矢止めの鎧、などと勝手に名前を付けられて、他の街で売りたいという者も後を絶たない。

当たり所が悪ければ、プレートアーマーでも貫通する恐れがある鉄の矢尻を、遥かに軽い木で確実に防いでいるのだから。商人達は大騒ぎだ。

「出来る限り安く買おうとする冒険者より、金を積んででも買おうとする商人を相手にする方が儲かりますねぇ…。」

(ないならないでクレーム来るのが理不尽すぎる。人手が足りねえ~。)

仕方がないので雑貨屋とは分けて商店街に武具屋が新しくオープンする。数日すると、急激に馬車の往来が増えて、シトリン達は目を丸くした。

「アッハッハッハ、働かなくても金が入るっていいねぇ~!」

フェイルは苦虫を潰した様な顔で、銭袋を枕にするミランダを指さしルイーディアに訴えかける様な目で見る。木炭工場の中では、金槌の音が聞こえる。

「あ、そうだ!武具屋にカタナは売らないのかい!?」

(作るの大変だからダメ!お前も暇ならレンガ焼けよ!)

旧市街区の復興は、店の売上が更に店を増やし、順調に進んでいく。

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