25 学者肌
数日後
(今!私は、最高に充実していますよ!ンンンフェクト先生!)
(ハイハイ…)
フェクトはシトリンと一緒に、道路整備の作業者の洗濯物を干していた。新造されたから木炭小屋から念話が通じてくる。最初はルイーディアも勉強していたが、途中から飽きて帰ってしまった。
(アナタがインフェクテッドアーマーとの戦闘で何をやったのか、大体理解できてきましたよ。)
彼はフェクトの書いた光についての基本原理を描いた5ページほどの教科書を読ませる。フェイルは喉を唸らせた。
(流星火を光の屈折で反らす。この反射の光学を学んでいないと、とてもできない方法です。最初に見た時は驚きましたよ。まさかアレを勘以外で避ける方法が存在するとは。)
氷魔法の結晶のプリズムでレーザー光を反らしたフェクトと違い、彼は戦闘時に、同じ魔法をぶつけ合うことで相殺した。レーザーの原理を知らない場合は、それぐらいしか真正面から回避する手立てはない。
発想は単純だが、発生の早いレーザー同士をぶつけるのは至難の業で、迎撃率は大きく下がる。
それでも、彼のやっていることは理にかなっている。同じ波長の光ぶつけ、干渉させることで爆発の発生する位置をずらしている。
(光の屈折はスネルの法則っつってな。俺らの世界で見つかったのは大体今と同じ時代じゃないか?)
(なんと…!)
(この時期は超偉大な、ガリレオも居る時期じゃないか?天文学者は天才が多いからな。囲い込んどけよ。)
(昔からも、星が読める人は遭難しないというのはありますね。しかし、光が最速の物質で星々は数年前の光だなどと…信じられません。身近で全ての生物が恩恵を受けているのに、凄いのですねぇ…)
フェクトは年表を思い出す。今この街は、恐らく1400年後半から1500年始まりぐらいだ。
(今はルネッサンス期ぐらいだろ。俺の時代の学問の基礎が出来始めた頃合いだ。そういうのが盛んな場所はあるんじゃないか?)
(それだと、首都ですねぇ。)
(ルイーディアが前に居たってところか。)
彼はふと思い出して一度とまり、フェイルの居る小屋を見て聞いた。
(そういえば、エルフを彼女以外に見ていないな?)
(絶対数が少ないのと、彼女と同じく北方出身で学者が多いですからな。この街は南方の帝都に近い。冒険者の街ですゆえ。それにここの領主は余り首都の人間からは好まれていないのですよ。)
(そういや領主は首都とは仲が悪いんだったな…彼女はダンジョンの学者なんだって?)
(えぇ。テーマとしてはありきたりです。雇った冒険者の冒険譚を聞いて編纂する。それに飽き足らず、自らダンジョンへ赴こうとしたのは彼女ぐらいなもんです。)
彼はため息交じりに続けた。
(実はこの街に着て古くからの知人でしてね。彼女と共にダンジョンへ潜っていた時期もあったのですよ。)
(気になるな、その話。続けてくれ。)
(6層に入った辺りで、脱落者が増えていきましてね。私と彼女が、今のミランダさんと同じぐらいの実力の頃でしょうか。逸る彼女の判断ミスで、数人犠牲になって以降、壁の外。)
(失敗したわけか。)
(ただの失敗ならいいんですがね。犠牲者がちょっとした偉い人でして。領主の怒りを買ってしまったんですよ。)
(ふむ…。)
初対面の頃、追放だとか冗談半分で発言した時に、憎しみが籠った勢いで叩かれた。それだけ彼女には根深い出来事なのだろう。
部屋の汚さは人それぞれだが、過眠気味な自堕落な生活を考えると、燃え尽きてしまったのは腑に落ちる。
(その後は…私は深層に挑戦するパーティーに参加して賢者へとクラスアップを果たしたわけなんですが…当時は情報が少なく暗黒戦士と戦おうものなら、絶対に一人は戦闘不能になるもんでしたよ。)
(そこで、モンスターの地力を危険視した君は踏破に否定的になって、仲間と折り合いが悪くなった、と。)
(そういうことです。最後はインフェクテッドアーマーにこっぴどくやられましてね。暗黒戦士も複数人で対処できないのに、更に深層へ向かおうとしたんです。結果は想像つくでしょう?)
(同じ土俵に立つべく、ヤツの魔法を研究して、再現したと。)
彼は、他にも地を走る氷の結晶など、同じ魔法を使った。
(出来る様になったその頃にはもう、知っている顔は誰もいなくなっていましたが、ね。)
(…むぅ。)
彼は背伸びをして少し休憩を取る。
(ふふふ、同情は不要ですよ。アナタとする冒険話は面白いですよ?これほど話が弾んだのは久しぶりですね。何か聞きたいことあれば、私からも教えますが。)
フェクトはリザードマンの手を見て、小さく魔法を発動させながら言う。
(俺には魔法がいまいち理解できない。炎とか発熱、氷は吸熱、雷は摩擦。やっていること自体は科学的にしても、魔力の媒体の理屈はさっぱり分からん。とりあえず念じれば動くが…レーザーの当たった場所が爆発する理由がサッパリ。)
(アレは遠隔操作なだけです。自分が発生させた光魔法の光子を当てた場所を、自分の体の一部として思い込んで、火炎魔法で自爆する魔法ですから。)
(あ~、なるほど…つまり、こうか。)
飛んでいるハエに向かって人差し指から魔法のレーザーを当て、パンと言わせて爆発炎上させる。隣にいたシトリンがびっくりして洗濯物の籠を落とした。彼は呆れた顔で木炭小屋から出て来た。
「原理が分かった瞬間一瞬で実現させましたね?やっぱり地の知識量の違いなんですよ魔法って。」
(あー、うん。そっすね。)
シトリンは何が何やらという顔で、フェクトとフェイルを交互に見る。
「なんという皮肉でしょうなぁ。まさか私の理解者が、私の冒険の足を挫いたインフェクテッドアーマーだなんて。」
彼はフェクトに詰めよって肘先でつついてくる。
(…なんかごめん。)
「いや、いいんですよ。貴方は悪くない。深層のモンスターが!当たり前の様に使ってくる得体の知れない魔法は複合魔法だった!私の発見は、誰に言っても信じられなかったんですよ!」
(…心中お察しする。)
流星火は光魔法と炎魔法の複合魔法、雪上藻は土と氷属性、もう一つ使ってきた、真空波と雷の複合魔法もあった。いずれも直撃すれば、生半可な防御力では即死するほど強力だ。
低レベルだが、魔法を覚えてすぐに爆裂礫を編み出したフェクトと、モンスターとしてのインフェクテッドアーマーの特性は合点するところが多い。
フェイルは魔物が人よりも優れている怪物だと主張していたが、知性の無い魔物が学者の魔法使い達よりも優れているわけがないと、誰も聴く耳を持たなかった。
それこそ中世らしいと言えば中世らしい。サルが人間の祖先なわけがないという、感情的な論調に似ている。フェクトは彼の言い分に素直に同意した。
全ての生物は、生態系の中で何かしら生存戦略に特化させた、叡智の集合体だ。昆虫の甲羅の材質や飛行の為の体の構造など、調べるほどスーパーコンピューターでも使ったのかというぐらい緻密な設計になっている様に。
「だから、みんな命を無駄に散らしていくんです!敵のやっていることも分からずに、ひとつしかない命で挑む!余りにも…!」
(無謀だな…)
彼は落胆した様子で部屋に戻っていく。彼なりに知識を振るって、仲間を守ろうと、戦力になろうと尽力していたのだろう。
始めて出会った時の鑑定屋に居た頃の気だるげで目が垂れたやる気の無さは、理解を示されず、帰ってこなくなった仲間に絶望していた名残だったのだ。
「どしたの?」
フェクトは地面に文字を描いた。
(ちょっとした懺悔を聞いてた。)
仲間がどうこうと言っていたのを聞いたシトリンは、元冒険者の賢者という評判の彼の過去を察してあげた。
「…後悔してるんだねぇ。」
彼はリザードマンの顔で頷くと、物干し竿を高い場所へ引っかけた。
更に数日後。
穿鑿隊の紹介で、別の街から大工がやってきた。宿屋が出来上がるとともに、ミランダ達のカタナが出来上がった。
彼女のカタナは、忍者刀や小太刀よりも僅かに長く、厚手で打刀よりわずかに短くその割に重い。今まで通り、一撃の突きを重視して切っ先を日本刀に存在しないほど長く、峰の中ごろまで焼きを入れて固くした刀だ。
「やっぱりなんか…綺麗だねぇ。」
刀身の波紋は細やかに、重なってぼやけた炎の様に見える。白んで輝く刀身は美しさを覚える。
ナックルガードの根本からハバキの先端にかけて、ソードブレイカーとして使える小さな櫛状のスキがある。背骨の様な有機的なフォルムは、フェクトのモンスターらしさを感じる一品だ。
(武器ガードするなら、櫛部分を使えよ。からめとって敵の刃をへし折ったり、捻って手放させたり、滑らせて詰め寄ったら、いつもの組み討ちだ。)
「考えるじゃないか…。」
(工夫した手前、どうせすぐダメにするんだろうけどな…今度から普通にデュサック買えよ。)
ミランダは苦笑いしながら鞘に入れると、外に出た。もう一振りを剣士へと手渡す。
「おぉ…こいつが…待ちわびたぜ。」
サーベル洋式の金色の拵え、両手持ちに適した見た目は現代で言うところの軍刀と言える。反りと切っ先の幅の少ないミランダのものと比べて、一般的な刀だ。スラっと素直に鞘が抜けると、白く輝く刃に鳥肌を立たせた。
太刀にしては長く、大太刀にしては短い。反りは並みで、切っ先はミランダのとは対照的に短く、扁平よりだ。切っ先まで幅広が続くため振る方の切断に向く。不均一に波打ち、波しぶきの様な刃紋が目に入る。
「始めて見た時から思ってた。なんなんだろうな。この魅力的な意匠は…」
彼は背筋を振るわせる。すぐに切りたくて仕方がないという顔だ。
(褒めすぎではないですかねえ?たかが剣じゃないですか。)
賢者のフェイルは呆れて興味がなさそうな顔だ。
(似てると思わないか、ミランダとあの剣士。)
フェクトは目を細めて2人を見る。
(刃物に興味があるのは共通していますね。)
作業の合間に教えられたカタナの製法を知って書にしたため終えてから、既に興味は失せていた。
(実際のところ、カタナの剣的な強度の特性はロングソードに劣るのさ。曲がりやすくて直しやすい点はあるが、パワーでは劣る。)
(どういうことです?わざわざ劣る武器を持たせているということですか?)
(結果としてはね。カタナがいくら切断力に特化していると言っても、板金鎧はおろか、ラメラ―アーマーや鎖帷子も切断は難しいだろう。)
(そういうからには、何か違いがあるんでしょう?)
(あぁ、東西問わず、鎧もあれば組み討ちの挙動もかなり似てくる。人の体同士だ。研究していけば、結局似たような戦い方になって当然なんだが…最も違うのは重心バランス。グリップの長さだ。)
(というと?)
(人の体を知り尽くした、斬り合いにおける流派の型に最も適した形だ。構えやすさ、刺しやすさ、斬りやすさ。片手両手の切り替え安さ。振りのコントロールのしやすさ。それを握った瞬間にわかっちまう。子供が棒を振る様にな。)
フェクトは一度大きくため息をついて続けた。
(言っちまえば、あのふたりには人斬りの才がある。戦士には2種類いる。野蛮で粗暴、叫び、殴り合いを好むバーバリアン。戦いの中の、より純度の高い悦楽の殺し。血の匂いが勝利に条件づけられた、刹那に魅入られている修羅。)
フェイルはぞっとして背筋を凍り付かせた。
(それらは戦術にも表れる。ミランダと剣士君は、後者だ。)
(ふむ…なんとなく、見ていて判る気がしますよ。戦闘以外のことに興味がないような感じとか。)
(あぁ。特にミランダはおっかないぞ。武器を選ばない辺りがな。)
アンロッテンや暗黒戦士との闘いでは、奪った杖で剣の腹を払いのけるパリィといった戦い方も取った。彼女なら、槍でもフレイルでも使うだろう。
フェイルは少し深呼吸してミランダを見る。彼の言う通り、単身でダンジョンへ挑み、自分自身の実力に固執するところが、フェクトの言う修羅の性格が少し思い当たる様に見える。
剣士は鞘に納めて、フェイルを見た。
「あぁそうだ。すっかり忘れてた。相談があるんだ。」
「…なんですか。」
彼は眉間にシワを寄せて手の甲から雷の音がすると、剣士は慌てて両手を前にだして振った。
「おっと、そう心配すんな!大したことじゃない別件だ。実は防具屋に鎖帷子を手入れして貰った時なんだが。」
「だが?」
「領主が鉄鋼を大砲につぎ込むもんだから、防具の生産が追い付いてないとかでよ。知識なら、アンタらの方がって思っただけだ。な?大したことじゃないだろ?」
フェクトが頷くと、彼も同意した。
(防具は大事だ。剣より盾の方が大事ってぐらいな。)
「ふむ。まぁいいでしょう。防具がなければ、特に新米冒険者なんかは困りますからね。」
「話が分かるじゃねえか!じゃ、任せたぜ!今後も斡旋は続けてやるからよ!お互い、いい関係でいよう!」
剣士は笑顔で手を振って帰っていく。フェイルがため息交じりに言うと防具屋へ向かって歩き出した。フェクトは手を振って見送ると、レンガを焼き始める。
(次は橋作らねえとな。検問の通行料を安くすれば、商人の通りもよくなるだろうけど…検問ごとに徴収の代金が減ると領主に目を付けられかねんからな。ここは区長と相談すべきだろうなぁ。)
出城の工事も更に進み、いよいよ地面が見えた。大砲を乗せる為に石材のくみ上げが始まった。
もうミランダと同じ盗賊のマスクをつけている人は、貧困街区にはいない。
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